171,集う時
尻尾を振る魔神など知ったことじゃないとアノンは突き進む。
王城を越え、裏手の庭を過ぎた。聖堂へと続く芝生の道上空を進む。王城からはおおかた距離がとれた。
フェルノたちと合流する時間を稼ぎたいと考えていたアノンは、王城と聖堂の中間地点で停止する。
身体表面に魔力を通し、箱の壁面をすり抜ける。すり抜ける最中、箱に込めていた魔力を逆流させ吸収する。魔力が削がれた箱は強度が落ち、壁面を維持するために大きさを一回り小さくした。
魔法のほうきに乗るアノンは距離を取り、魔神を一瞥する。
縮んだ箱の中で、魔神は窮屈そうに体をうねらせる。狭いなかでも尾をしならせ箱の面を叩けば、きいんと高音が響いた。次いでミシッとひび割れたかのよう音が続く。まだ亀裂は見えない。
(どのくらいもつかな)
ほんの少し時間が稼げればよかった。フェルノの体質でも、アノンの嫌がらせにいきり立ってでもいい。聖堂の中心へと向かってくればいいのだ。
アノンはくるりと背を向けた。正面に聖堂が見える。
(あそこに、フェルノが待っている。リオンも到着しているはずだし、ライオットもいるんだ)
目的地に向かって、アノンはほうきを走らせた。
直進してくる魔神が停止した。魔神を包む箱が一回り小さくなる。
リオンは目を凝らす、何があったと探るように見つめる。
ライオットの握る槍に力がこもり、魔神側に半歩足が動いた。
フェルノはそんなライオットの変化に、魔神から気がそれてしまう。
「心配? ライオット」
「いや、まあ……」
「大丈夫だって、一番分かってそうなのに心配なんだね」
「分かってますよ。心配なんてしていたら、バカにするなって罵られるぐらい……」
フェルノがくすくす笑うものだから、ライオットも口元を歪ませる。
「飛んでくるぞ」
リオンの声に、フェルノとライオットも前方に視線を投げる。
一点の影は徐々に大きくなる。二人の視界にも見知った顔が飛んでくる姿が映る。
「やっぱり、心配なかったね」
「はい」
フェルノの涼やかな声に、ライオットは安堵の声で答える。
薄紫の髪をはためかせ、勢いよく飛んでくる姿に目を細めるライオットの表情の柔らかさに、フェルノも(おや)と気づくのだった。
直進するアノンにも三人の姿が見えた。
リオンが前方を直視し、フェルノがライオットに話しかけている。
ライオットはフェルノに答えてから、前を向いた。
目が合った気がした。どくんと心臓が鳴り、ライオットに焦点が絞られる。
こめかみに傷を負うライオットの前髪に血が付着している。日光に照らされる金髪にその赤はひどく目立った。
「ライオット!!」
アノンは彼の名を呼んでいた。
屋根に差し掛かるなり、ほうきを投げる。カランと軽い音を立てて、転がった。
飛び降りたアノンは足をもつれさせながら進む。両腕を広げ、ライオットにぶつかるように抱きついた。
「ライオット!!」
「アノン!?」
これには、ライオットの方が面食らう。今までにない反応に腕が浮く。
アノンの手が伸びて、ライオットのこめかみに触れた。
「ライオット、怪我したの」
「あっ、ああ……、これは。槍の白刃が刃こぼれした時にできたかすり傷だよ」
たいした傷じゃないと笑んで見せるライオットに、紫の瞳を柔和に潤ませるアノンの指先が伸びる。
目じりの横から差し入れられた中指と人差し指がこめかみの傷に触れる。ちくりと痛み、ライオットは片目を閉じた。
アノンの魔法で傷口は容易く閉じてしまう。汚れは取れないため、前髪に付着した血はそのままだが、ライオットのヒリヒリとした傷の痛みは嘘のように消えた。
「痛くない?」
アノンが覗き込んできて、ライオットは目のやり場に困る。首元からふっと熱くなる。これから戦いという場面で、何を照れているのかと恥ずかしくなった。
「……もう痛くないよ」
ライオットが呟くと、アノンは破顔する。
今まで散々邪険にされ、そんな顔を向けられた記憶がないライオットは、うろたえてしまう。
(なに、これ。どういうこと!?)
魔法使いの変化の受け止め方に白騎士は戸惑う。
アノンはただ素直に(ライオットが無事で良かった)とだけ思っていた。
アノンに抱きつかれているようにしか見えないライオットの姿に、さすがのフェルノも両目を瞬く。鉄面皮のリオンにそっと寄り、囁きかる。
「リオン、二人はずいぶん仲良くなったんだね」
「大変だったそうですよ」
「なにが?」
「女の子になって……」
「ふうん」
「とても献身的に頑張っていたそうですから」
「そういうことねえ……」
なにがあったか分からないものの、今までの二人の姿とは真逆の関係にしか見えない。
(これはこれで、ライオットが頑張ったということなんだろうね)
口元に拳を寄せたフェルノは、二人の様子を見開いた目で見つめ、もう一度瞬きする。
その時、四人が立つ聖堂が揺れた。
リオンとフェルノが並び、アノンがライオットに寄り添ったまま、彼方を見つめる。
箱を破壊した魔神が突進してくる姿が見えた。
フェルノは苦笑し、リオンは嘆息する。
ライオットは真顔になり、アノンの目はすわる。
「来るね」
フェルノの涼やかな声に、リオンとライオットが反応する。
リオンは剣を抜くために柄に手をかける。
ライオットは握った槍先を魔神に向け、アノンの肩を抱く。
アノンはライオットの顔を盗み見て、魔神に目を向けた。
(最初に先陣を切るのは俺の仕事だよな)
(僕は、後方支援が妥当かな。騎士の方が近距離は向いているしね)
(ライオットから行くなら……)
槍の矛先が魔神に向けられている様を見て、リオンは剣の柄を柔らかく包み込む。
三人に走る緊張感をよそに、フェルノはのんきなことを口走る。
「本当に大きくて迫力ある魔物だ。さすが魔神と異名を誇るだけはあるよ。尾が鞭のように動く魔神を屠るのは、なかなか骨が折れそうだね」
迫る魔神の尾が伸長する。
振り上げらた尾が、あいさつ代わりとばかりに、聖堂に突き刺さった。
急に足場がぐらつき、四人がバランスを崩す。崩れゆく足場から宙に逃れようと、四人が膝を屈した時だった。
聖堂の下方から光が放たれた。半壊した建物の隙間から光が帯状に次々と放たれる。
((((聖堂から光!?))))
四人が同時に崩れかけた屋根と放射する光に意識を奪われた。
刹那、魔神は恐れるように尾を引いた。走りこんでくる勢いだけはすぐに止めれない。動作は流れるように続き、聖堂の真上に飛び上がった。
崩れた聖堂からさらなる光が放たれる。
頭上からは魔神が飛び込んでくる。
四人はその狭間に置かれた。
アノンの内部で、マグマのようにたぎる魔力がうねり始めた。渦をなした魔力は、無理やり引き剥がされるように外部へ漏れていく。
(なに、なに……)
魔力を吸い出される不快感にアノンは鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出てきた。
体内の魔力が放出されるごとに光が増す。まるでアノンの魔力によって光が強まっているかのようだった。
(やだ、なに、これ……)
吸い上げられる魔力の流れにアノンの意志は介在しない。なすがまま、抵抗を許さぬ勢いで魔力を奪われる。
アノンは目を見開いた。ライオットにしがみつく諸手に力がこもる。
ライオットはその変化に即座に気づいた。
うろたえるアノンは顔を左右に振る。開かれた両眼は怯えと恐怖に彩られ、戦慄く口元が何かを訴えようとするも声は出ない。
その尋常ならざる表情にリオンとフェルノも気づく。
「アノン、どうした!!」
「……奪われる。全部、引っ張り出される」
「奪われる?」
「魔力が、全部、全部。抜き取られる!!」
アノンの言葉を光は飲み込んだ。
輝きを増した光は、四人を包み、更に天高く昇ると魔神をも照らし出す。魔神が光に目を閉じた瞬間、魔神の姿さえ光の中に消えてしまった。
円柱の光は周囲に広がる。それは環の国の中心部をすべからく飲み込んだ。




