170,箱
アノンは魔力で作った防御壁に手をかざす。青白い薄膜越しに、魔神は砂を蹴り上げ突進してくる。フェルノに誘われているのか、アノンに怒りを感じているのか。その判別は出来ないが、アノンにしてみたら、それはどちらでもよかった。
巨躯の背後に揺らめく尾がビンと張りつめ、的を絞る。
硬化させた尾が天高く伸び、鋭角に曲がる。一直線にアノンの眼前に尾の先端が落ちてくる。
涼しい顔のアノンは、杖を食み、両手を防御壁にぺったりとくっつけた。
壁と尾はぶつかりあう。火花と高音を響かせ、尾は弾かれた。その火花を蹴散らして、しなる尾が降り降ろされた。その尾で叩かれても、魔力の防御壁は破れない。
甲高い音に、火花が散り、砂が吹きあげられた。それらの隙間から、苛立つ魔神が突進してくる様をアノンは無表情で見つめる。
突進してきた魔神が防御壁に体当たりする。壁面に魔力の振動が輪となって広がった。金属的な高音が反響し合う。
(今だ!)
防御壁の縁が曲がり、魔神を四方から覆いつくす。
アノンは自身の身体を魔力で覆い、防御壁の内部へと侵入した。銜えていた杖を握りなおす。
魔神の両眼がアノンを捕らえる。尾がしなり、アノン一点に狙いを定めた。
アノンは壁面に背を押し当て、両手を前に突き出す。両方の親指に水平に魔法の杖をひっかけ、手のひらを魔神にかざした。
防御壁に弾かれ、魔神は空に跳ねた。日を背に受けた魔神の身体は陰る。
尾が八方から巨躯を包むように眼前のアノンに同時に迫る。先端が尖れば、全体はまるで花弁のような形となった。
すべての尾が眼前に落とされる最中、アノンは口角をあげた。
アノンは魔法の杖を通じて、魔力を操作する。魔術具を使えば、魔力は増幅し、操作性も上がる。イメージをそのまま鋭角に、ほころびなく具現する。
(僕が魔法の杖を使ったら、とんでもないんだ)
魔神の真後ろで防御壁が収斂し結合する。
ちょうどアノンの位置とは正反対の位置で、魔力の防御壁が閉じられた。
四方に揺れ動く尾を箱内部に押し込めるには、防御壁を薄く広く伸ばさなくてはいけない。そうなれば壁の魔力が薄れ、どこかでひび割れる恐れがあった。出来るならそれなりの強度のまま魔神を箱に押し込めたい。その為に、魔神の尾を一束にまとめたい。それがアノンの思惑だった。
目的を達したアノンは、目の前に魔力の壁を作り出す。その壁をもって、魔神の尾を受け止める。
ライオットは、アノンと砂漠で鉢合わせ、聖堂に到着するまで経緯をフェルノとリオンに伝え、「そういうわけで、アノンは魔神と一人で対峙しているんだ」と締めくくった。
「アノンなら、こちらまで誘い出す際に、周囲に被害がないように計らうだろうな」
「俺もそう思う」
「魔神が直進すれば、渡し場から都市部、王城まで潰されておかしくない」
「魔神は大きく俊敏なんだね。回復力も高いとは、なかなか厄介だね」
「自在に操る尾も本当に手を焼くよ」
ライオットは天を仰ぎ、ため息を吐く。
フェルノはご苦労様という表情で、苦笑する。
「ここに連れてくるのはアノンにお任せするのが一番とはいえ、あまりに遅かったら、砂漠まで行く方がいいよね」
「誰が絨毯を操縦するんです?」
「ライオット、ここで飛行する魔術具を使えるのは私だけだろ。二人乗りの絨毯はあるんだ。ギリギリ三人乗せて、運べるさ」
「そしたら、決戦は砂漠上でってことになりますね……」
「ちょっと不利だよね。できたら、こっちまで呼び寄せたいよね」
「渡し場周辺は民家はありません。渡し場は破壊されますが、足場はしっかりしていますよ」
「環の国の端っこで戦うのも、背後に人を守りながらとなれば、少々つらいね」
「砂漠の上よりましぐらいですね」
淡々としたリオンの説明に、フェルノがくすりと笑む。
「アノンがここまで来れないとは考えにくいけど、もう少し待って、影も見えなかったら、ここを出よう。一番大事なことは、四人揃うこと。次に、一般人が少ない場所で、魔神と対峙すること、だからね」
魔力の箱に魔神を閉じ込めたアノンは、その箱ごと魔神を空に浮かした。
(乱暴だけど、このまま環の国を横切って、中心の芝生まで飛んでやる)
アノンはほうきに座りながら、身をひねる。片手を魔神を包む箱に、もう片方の手は魔神へ向け、魔神の杖を駆使して、自身を守る防御壁を維持する。
渡し場上空へと魔神を包んだ箱を飛ばす。環の国は教会により魔物を寄せつけない。同時にアノンの魔力をも機能させなくしてしまう。影響を受けないため、より高い位置にまず上昇した。
巨大な物体が空に飛びあがっていく様は、環の国全体で目視された。学園でも、街中でも、人々は一瞬手を止め、ぽかんと空を見上げる。
アノンはそんな地上のことなど知ることなく、青空へと抜けていった。
空に魔神が飛んだことをいち早く察知したのはリオンだった。実際の色味より青白く見えたのは、魔力の箱に包まれた影響とまで看破する。
「魔神が空に浮かび上がった。アノンがこちらに向かってくるようです」
王城を背にしていたライオットが振り向く。
フェルノも、遠い空に目を向ける。
「ああ、本当だ。さすがアノンだねえ。技術も魔力も桁違いだ」
期待通りの働きを平然と為す魔法使いを勇者は賞賛する。
アノンは魔神を閉じ込めた魔力の箱ごと、飛行する。
その大きさは、どんなに上空にあっても、環の国に影を落とし、人々の目にとまった。
『あれが魔神』
話には聞いていた存在を目の当たりにして、環の国の活動は静止する。
魔神とアノンは王城上空を横切る。
アノンは地上を見ることなく、真っ直ぐに仲間が待つ聖堂を目指す。アノンの飛行速度にしては遅くても、その速さが精一杯だった。魔神を閉じ込める箱を維持し、自身を守りながら飛行する。三つの魔法を同時に駆使することはさすがのアノンにも負担を強いる。魔力量だけでなく、洗練された技術なくしては、できないことだった。
王城裏手の階段では、イルバーとデザイア。それに、中央部入り口でアノンとフェルノを見送ったアストラルとリュートが空を見上げた。
悲哀の色を瞳に滲ませ、アストラルがイルバーとデザイアに告げた。
「彼らはもう私たちの元に戻ってはきません」
森の民の二人は彼の言葉に絶句する。
アノンは王城から環の国の中心部へと延びる道路を目印に芝生へと突き進む。




