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168,開かれる心

 アノンは魔神と正面から対峙する。

 巨木の森を背にする魔神は、広大な砂漠を前進する。


(でっかい四足獣だな。砂漠をものともしないのか)


 アノンは仕掛けてこない魔神と適度な距離を取りつつ、徐々に後ろに下がっていく。


 魔神の攻撃をかわし、被害なく環の国を飛び越えて、中央の聖堂にいかなくてはいけない。

 どうするかと考えた時、リタの横顔が脳裏に浮かんだ。


 魔術師姿の青く長い髪を揺らす彼女は、小さなアノンの手を引き、よく一緒に歩いてくれた。振り向きほほ笑む顔が懐かしい。


(僕、たぶん……、リタと同じこと考えてるよね)

 

 膨大な魔力に翻弄された幼少期のアノンは、自意識を失い暴発したことがある。自我を取り戻した時、リタとアノンは魔力の箱の中にいた。巻き込まれたリタは片足と片腕を失っている。


(咄嗟だからかな。過去の似た状況を思い出してしまうなんて……)


 過去のリタは今のアノンに、幼少期のアノンは魔神に、立ち位置が重なる。

 アノンは魔神と対峙しながら、リタと同じことを試みようとしていた。


(リタ。貴女は、あの時、何を思っていたの)


 今までアノンは、怪我を負わせた側の視点だけで事故を受け止めていた。それは、彼女に怪我を負わせたという事実への罪悪感にまみれていた。

 片腕と片足を失い、血の海に倒れたリタを眼下にとらえた絶望をアノンは生涯忘れないだろう。


 打ちひしがれ、床に倒れ込んだアノンにむけ、血にまみれたリタは僅かに顔を傾ける。顔半分は血に汚れ、青い髪は赤く染まっていた。

 リタの唇が動く。

『怪我はない?』

 ケガをしたのはリタの方だ。なのに、彼女はアノンを思いやる。


 この過去は、アノンにとって悪夢でしかない。


(リタ。リタはどんな気持ちだった。なんで、僕と一緒に箱内部に残ったの)


 今まさに、アノンはリタと同じ立ち位置にいる。

 これをもって、初めてアノンは、リタ側へと意識を向けることができた。


 アノンは穏やかだった。力を駆使し、周囲を守ることに躊躇はない。世界に対し、魔神に対し、憎しみも悪意もない。

 ギリギリまで魔神を引き寄せ、魔力の箱で包み、環の国の中央まで飛んでいく。行動は定められた。

 そこには犠牲の意識さえなかった。


(これは守るための行動だ)


 強いから何もかも大丈夫だという過信はない。ライオットが自ら槍を蹴りおった相手が弱いなどないのだ。魔神を見くびる気は毛頭ない。

 だが、魔神が憎いわけでもない。

 ただ人々を傷つけられたくないのだ。アノンは魔力をもって誰かを守りたい。人を傷つける力を正しく使う道を示すのがアノンの役割だ。


(リタが守ろうとしたことは何?)


 問うまでもない。それはアノンだ。

 分かっていても、分からないふりをしてきた。


(魔力で周囲を傷つけた様を見て、僕が傷つかないように守ってくれたんだ)


 突発的な事故だからアノンだけを閉じ込めることができなかったのかもしれない。荒れたアノンが覚醒した時に、そばに居ようとしただけなのかもしれない。

 リタではないアノンは、彼女の小さな心理は分からない。


(リタは、幼い僕を守ってくれたんだよね)


 罪悪感で蓋をしていた、見ないようにしていたもう片方の側面をアノンは受け止める。

 

(僕は貴女から逃げて、まだ謝罪さえしていない。人間として、誰かを怪我させて、罪滅ぼしに、目の前のすべてを守ろうとしたって……。それが貴女への謝罪に変わるわけじゃないのに……)


 あれ以来、強くあろうとした。

 人を寄せ付けず、守る対象を狭めた。

 

 誰よりも魔法術を学んできたのは、アノン自身が魔力の危険性を理解したからだ。深く理解し、その力を制御する。力によって、人から認められることは副産物にすぎない。


 強い魔力を抱え、押しつぶされそうだった時、ゴシックの寝物語がアノンを支えた。


『強大な力は世界から預かったもの。その力を保持しうる魂こそ価値がある』


 強大な力を有し、それに潰されそうになった時に、その思想がアノンを支えた。


 アノンは魔力を世界に預けた。リタを傷つけたように魔力を使わない。強大な力の出口、それがアノンである。

 出口の方向性を決めることが、アノンに許されたことだ。それを正しく選択できる気高い魂を宿しつづけること。崇高な魂そのものがアノンなのだ。


 ふいに、アノンの内部でライオットの台詞が反響する。


『アノンはその魔力を持って、自分で道を模索している。その意志があるなら、アノンは人間だ。拳銃やナイフみたいな物としての兵器と同等なわけないじゃないか。

 物には意志がない。使う人間の意志に、道具の価値はゆだねられる。己の意志で力の使い方を定めているアノンは、人間だ』


 寄るな、近づくなと、冷たくいなし続けた相手の言葉にアノンはもう一度打たれた。






 ライオットとブルースは補給を終えた単車に乗った。コラックに礼を言い、二人は急いで環の国へと向かう。


 アノンと魔神はにらみ合いながら、徐々に環の国へと近づいていく。今までの斬撃が嘘のように静まっている。


「このまま真っ直ぐに中心部に突っ切っていいのか」

「行ってくれ。その中央にリオンとフェルノが待っているはずだ」


 ブルースは単車を最高速度で走らせる。環の国へと最短で突き刺さる道を選ぶ。





 小さな単車の動きに魔神は気づく。アノンに向けられていた眼光が逸れる。

 さっきまで追いかけていた対象を見つけた魔神が尾を降り回す。


 単車がそれていった方向にアノンの眼球が一瞬動き、戻される。


(対峙しているのは僕だろ)


 握った魔法の杖を眼前に立てる。手首を返し、左に薙げば、青い炎が渦を巻いた。魔法の杖の先を肩に水平に伸ばせば、青い炎に白色が添えられる。

 青白い揺らめきが破裂音をもって巨大化した。


(僕に手を出さないのは、怖いからかよ。臆病者)


 魔神もアノンの生み出した炎の存在に気づく。ひるむことはないが、身を低く構えた。単車を狙って揺らいだ尾の狙いがアノンにうつる。


 アノンはすぐには投じない。青白い炎は見世物だ。魔神を誘い出し、箱に閉じ込めるための餌なのだ。




 


 ライオットは魔神の動きが一瞬変わったことを意識した。前方だけを意識するブルースは気づかない。


(飛んで来たら、俺が受けねば!)


 アノンが運んでくれた槍を片手に握りしめ、単車の背面で先端を魔神に向けた。


 その時、アノンの真横に青白い炎が渦を巻いた。炎に気づいた魔神が、単車に向けていた尾を引っ込める。

 その一瞬で、魔神と単車の距離は大きく開いた。

 環の国の上空へと差し掛かる。


 身をよじるライオットが彼方を見つめる。

 白騎士は後ろ髪を引かれながら、魔法使いの背を見送った。

 


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