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167,帰還

 アノンは膝に乗せていた槍を握る手に魔力を込める。飛翔中にもかかわらず、魔力をそそいだ槍が宙に浮く。開いた手をかざし、ほうきと並走する槍に更なる魔力を追加する。


 かざされた手首をくいっと動かす。指先が前方に向けられると、槍はアノンのほうきより早く、飛び出した。


 ブルースが必死の形相で単車を駆る。その背面で、ライオットは槍を駆使し、魔神の尾を薙ぎ払う。


(あれじゃもたない)


 空走する単車の背後に見える魔神の大きさは尋常ではない。通常の巨大な魔物の数倍はある。攻撃に使う細長い尾は、縦横無人に動く。しなりもすれば、硬化もする。

 その働きの多様さに、今までの魔物とは違うとアノンは看破する。


 ライオットの槍があらぬ方向にひん曲がった。かと思うと、弾いた尾とともに、槍半分が投げ捨てられ暴発した。もう半分も反対側に尾とともに投げ出される。


 アノンは自然と手を伸ばした。平手をライオットに向ける。

(届け!)

 念じれば、投じた槍がライオットに届いた。






 ライオットの目の前に尾の先端が迫る。

 ブルースとライオットの顔側面を、一陣の風が通り過ぎる。


 拳銃を引き抜く間もなく硬直するライオットの眼前で、一本の槍と魔神の尾が正面衝突する間際、空間に青白い半透明の防護壁が渦を巻いた。

 きいんと高音が反響し、円形の壁に尾は跳ね飛ぶ。尾の動きがひるみ、一気に引き下がった。


(槍? なんで、槍がここに……)


 ライオットは誘われるように腕を伸ばし、新たな槍の柄を掴んだ。底から浸透してくる魔力には覚えがある。


「アノン!?」

 振り向くライオットの斜め上に、ほうきに乗ったアノンが現れた。





「ライオット! ブルース! 大丈夫か」


 アノンを見たライオットとブルースが一息つく。単車は一旦速度を落とした。アノンはほうきを旋回させ、単車にほうきを並走させる。


「大丈夫だ、アノン。助けてくれてありがとう」

「ブルース。環の国の中央へすぐ行ける?」

「いや、一度補給してからじゃないと心もとない。砂漠上に走る運搬車に寄ってから向かいたい」

「分かった。ここは僕が何とかするから、ブルースはすぐに移動して」


 ブルースがハンドルを切り始める。

 ライオットは走り去る単車に揺られながら、アノンに槍を掲げて見せた。


「アノン、槍をありがとう!」

「フェルノが待っている。環の国の中央に急いで!」


 アノンは空中で止まり、魔神を凝視する。


(でかすぎ……)


 あの巨躯がそのまま環の国に踏み入れれば、都市部は破壊される。尾が降り降ろされれば、甚大な被害を及ぼすだろう。


(あのまま環の国に侵入したら大変じゃないか)

 アノンは、都市部に損害を与えず環の国の中央に魔神を誘い出す方法を考えた。





 ブルースの単車が運搬車におり立った。ライオットもブルースも降りるなり、座り込む。あぐらをかき、肩を落とす。荷台に視線を落とし、荒い呼吸を繰り返した。汗も溢れてくる。砂漠の熱気だけでなく、森から砂漠まで魔神に追われながら走る緊張感にやられていた。緊張が解かれることで、徒労感に襲われていた。


 コラックが水筒をもって走ってきた。二人に手渡し、単車の点検と補給に動き出す。


「コラック。補給終わり次第、すぐ出る!」

「はい」


 ブルースは怒鳴り、激しい呼吸を納めるために胸を二度叩いた。

 ライオットが顔をあげる。

 ブルースは水筒をひっくり返し、浴びるように口内に水を注ぎ、残った半分をライオットに渡した。

 二人は砂漠へと視線を流す。


 ほうきにのるアノンが少しずつ環の国側に後退していく。

 魔神は砂漠をものともしないで、歩みを進める。単車に乗った二人組と違う存在を、警戒するかのように、緩慢かんまんと進む。


「いいのか。アノンさん、一人に任せて……」

「アノンが良いと言うなら、いいんだ」

「補給終わったら、環の国に飛ぶ。それでいいんだな」

「かまわないよ」


 アノンと魔神の動向を眺めながら、力なく二人は次の工程を確認し合った。






 ジャンの目の前に道が開く。


(真っ直ぐに飛んでいけってことかよ!!)


 異世界から来た強者の為すことは常軌を逸している。ジャンの常識は通用しない。

 だからこそ、森の民や環の国の人間ではできないことを為し、魔神と対峙できるのだ。ジャンも、それぐらい分かっている。


(それでもさ、二度と異世界から来た奴となんてかかわりあいたくねえよ!!)


 ジャンは聖堂の真上を目指す。屋根にちらりと視界を流す。そこに小さな人影が見えた。


「ジャン。よくここまで連れてきてくれた」


 リオンが背後で呟いた。

 

「ありがとう」


 静かな謝意とともに、後部から人の気配が消えた。


 聖堂の真上を通り過ぎた時、ジャンは一人だった。渦巻く影の魔物を潜り抜け、環の国の中央部を全速力で抜けて行った。







「ジャン。よくここまで連れてきてくれた。ありがとう」

 リオンは謝辞を述べるなり、単車を飛び降りた。

 眼下には、屋根の上に立つフェルノがいる。



 


 フェルノは上空に走り抜ける乗り物の動きを目で追う。

 人影は二つ。運転する者と、リオン。高速で走り抜けていく乗り物


(また変わった乗り物があるものだね)

 悠長なことを思うフェルノの真上で、リオンが飛び降りる。逆光を受ける姿が眩しくて、フェルノは目を細めた。

 

 軽く膝を屈して、難なく着地する黒騎士は、只今戻りました、と言わんばかりに胸を張り、フェルノへと身を向ける。


(来てくれて嬉しいよ、なんて言ったら、どんな嫌な顔をするだろうね)

 笑むフェルノの胸に、いつもの悪戯心が湧いてくる。





 円型の屋根近くに立っていたフェルノの反対側にリオンはおり立った。羽が生えているかのように静かな着地だ。

 黒髪をなびかせ、涼やかな琥珀の瞳を守るべき人物へと向ける。


 五体満足、傷一つない姿に、柄にもなく安堵する。

 素直ではない黒騎士は何も言わない。

 ただ思う。


(無事でよかった)


 フェルノは動かない。彼は主であり、従ではない。わきまえているリオンは、己の意志で彼の前に進みゆく。


 風が二人の間を抜けていく。風に煽られた髪を、フェルノは耳にかけて、朗らかに笑む。

 その笑顔から陰りは取り払われていた。魂を映す美しい微笑を称え、リオンをむかえる。

 あと二歩で、フェルノの前に立つ距離で、リオンは足を止めた。彼と自分の距離は、わきまえている。


「お待たせしました」 

 ただ無感情な声で告げる。





 リオンとの二歩の距離をフェルノは軽やかに詰める。


 剣の柄を握ったまま、後ろ手に手を組む。

 リオンの顔を覗き込み、更に嫋やかな笑みを深める。


「待っていたよ。リオン。来てくれて、本当に嬉しいよ」


 黒騎士リオンは動じない。

 悪戯者の勇者はそんな護衛の騎士に微笑みかける。

 二人は並び立ち、王城側の空を見据える。


「リオン、最初の仕事を命じる。この黒々しい邪魔な魔物を打ち払え」

「仰せのままに」


 黒騎士リオンは、業物に手をかけた。



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