14,茶席のはずが
フェルノは心持ち気が重い。
せっかく女の子のお誘いを受けても、これではまるで密談である。
(せっかくの初めて誘われたのになあ)
一つ分かったことは、彼女にとって街道や街道に住む人々はとても大切なものということだ。女の子の大切なものを壊すようでは、仲良くなる以前の問題だ。フェルノもそれぐらいは分かる。
(警戒、されちゃっているよね)
街道を守るぐらい、フェルノにとって造作もない。
椅子に座り直す。淹れてもらった紅茶に口をつけながら、天井を仰いだ。
(どうしようかな)
フェルノは静かに紅茶を飲んでいる。
人間の国から魔物の国へ勇者を送る。彼らの目的地は、魔王城。魔王を討つための旅である。魔王を守るのは、四天王。テンペストたち四姉妹。今回の勇者の魔王討伐における表向きの情報だ。あくまで人間の世界に出回る風聞である。
魔人たちには伏せられる。
(そもそも、私たちはなぜ彼らの邪魔をしなくちゃいけないの?)
勝手に魔王城まできて、魔王に白旗をあげさせたら終わるものを、仰々しくも回りくどく示す。テンペストたちに真意は伝えられない。役目だけ押し付ける人間の国が何を考えているのか、欠片も見えない。
魔物の国と人間の国は表向き交流はない。そもそも魔物の国は小さすぎ、国と呼べるほどの規模はない。なのに、人間の国では魔物の国を、魔物が住まう恐ろしい地と大々的に展開し、人を近づけさせないようにしている。
森には魔物が住んでいる。人間の国と魔王城を繋ぐ街道には魔人が住む。魔人はほぼ人間と同じだ。魔人の中で、魔力の強い者が魔王城に住む。
魔王城に住む魔人の仕事は、街道に住まう一般の魔人たちの安全を守ること。時々現れる巨大な魔物が、街道や人々の生活を脅かす時に戦う。それがテンペストたち四人姉妹の一番の仕事だった。
四天王なんて、人間の国から勝手につけられた肩書だ。
(そりゃあ、ちょっとはカッコいいとは思ったし、少しは魔王の家族っぽいと思ったわよ)
しかしだ。
今この場で、勇者を目にしたテンペストは変わった。
(この男は、危険だ!)
危険でありながら、排除するのも、難しい。
テンペストがおぼんを持ったまま転びそうになった時、当たり前に足音もなく近寄った。攫われる時も、能力を隠し、抵抗せずついてきた。出来るのに、しない。そういう選択ができる仄暗さを彼女は恐れた。勘に近いかもしれない。
馬鹿な名誉欲や嬉々とした正義感を振り上げる男じゃない分、底暗さが目に付く。
冷ややかな汗が伝うようだった。背中はもう鳥肌が立っている。テンペストは膝にのせていた片手を腕に添えて、ぐっと握った。
(この男、街道に魔物が現れても、自分たちで退くと言ったわよね)
口内が渇く。対立しても無駄だ。
(ならば、やるというならやってもらえばいい)
「街道を歩いても、集落に害を与えないでもらいたいわ。私たちの本来の仕事は、街道に住まう魔人たちの安全を維持することよ。あなたの体質を知った以上、私たちも普段以上に警戒を続けるわ。街道に住まう一般の魔人に害を成すことを私たちは決して許さない」
フェルノは顎に手を当てて、考えるしぐさを見せた。
アノンとライオットは、うっそうとした木々が囲むくぼみに、エメラルドに輝く泉を見つけた。水の湧き出る音が耳朶をうつ。
木々に手をかけ、アノンが水底を凝視する。
ライオットには、少々幻想的な湧水がわいている程度にしか見えなかった。
「なにかあるのか?」
「ある」
アノンの確信する強い一言に、ライオットも水底を見つめる。わきあがる気泡がそこここから浮いてくる以外、目につくものはなかった。
ぴちゃんと水が跳ねる音がした。なんだとライオットが水面をすべるように見回すと、また水音が鳴った。ところどころから、水球が弾けるような音だけが響く。
その時、水面から、小ぶりな鶏卵サイズの球体が飛び出してきた。
「【根絶 サイコ】か」
アノンは呟くなり、水際に寄った。ローブの腕をまくると、水底へと手を突っ込む。ふにゃりと柔らかい感触の球体をつかまえた。
握ったものがするりと抜けた。アノンは、くっと奥歯を噛んで、目じりをゆがめる。もう一歩、前へと気が急いた。手を伸ばし、物をつかんだと思うと、前のめりになりすぎた。
泥にまみれている地面はぬかるんで、踏ん張っても意味をなさない。
(……やばっ、ころぶ……)
腕がつかまれた。ぐいっと引かれて、半身が持ち上がる。ライオットが、アノンを引き上げていた。
ライオットに引かれた腕側の手に握られていたのは、白濁した膜に覆われた明滅する球体だった。はずみで破れたのか、時が来て破れたかは知れない。ただ、その白濁した膜が裂け、その裂け目から、小さな【根絶 サイコ】が生まれて、飛んだ。
アノンの手に、乳白色のぬめりが強い膜だけが残る。
明滅しながら【根絶 サイコ】が誕生した。
エメラルドの水上に、無数の小さな、光の玉が浮遊していた。水からぴちゃんぴちゃんと球体が飛び出すと、あたりを昼間のように照らす。
エメラルドの水面は光沢を放ち、木々の葉も艶っぽく照り返す。
「だから魔物の気配が強かったのか」
アノンは感嘆し、水面から背を向ける。
「戻ろう、ライオット」
彼が魔物の核を食すと知るライオットは問うた
「食べないのか?」
「いいよ。生まれたばかりの、魔物だろ。まだ核が一つしかなかったら、抜き取ったら死んでしまう」
歩き始めるアノンの後ろをライオットは追った。
「魔物の核って一つじゃないんだ」
「大きくなると、増えるんだ。体内で核が分裂し、成長する。大きいものだと、核は百を超えるよ」
テンペストの茶席にて、フェルノは自分がいかにいびつかということを、強く意識していた。
存在が他者を脅かすにもかかわらず、不都合な事実は柔らかい膜に包み込まれる。フェルノは守られているようで、黙殺されていた。扱いに困り、隠匿されたのだ。
過去に護衛だった現将軍が、当時守っていたものは、フェルノ自身ではない。
リオン、ライオット、アノン。三人に至っては、フェルノに言えない秘密を持つ。
空っぽという言葉さえも成立しないほど、フェルノは虚無の中に生きている。存在しないということを、言葉にすることは、ひどく難しかった。
そんなフェルノから見れば、テンペストは存在する側の人間に見えた。正確には、魔人に属すのだろうけれども。
テンペストの言うことは最もだとフェルノは思う。
彼女には守るものがあり、それを脅かすフェルノを警戒することはよくよく理解できた。




