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166,槍を蹴り折る

 森の際にたどり着く手前で、ブルースは目を見張った。

 球体の魔物が森の際に突如浮かび上がる。進路上に現れた障害物に、身がすくみ、強張った。


(なんで、ここに魔物がいるんだ)

 フェルノの影響力を知らないブルースは吃驚きっきょうする。


 ライオットの槍が弾いた魔神の尾が真横を走る。火花と氷の飛沫を飛ばした。

 横にハンドルを切っても、砂漠に出るには魔物の群れが邪魔だ。魔神が狙う車体の的も大きくなる。横にも、背後にも道は断たれていた。

(逃げ道なしかよ)

 ハンドルを握る手が汗ばむ。

 魔物と魔物の間をすり抜けようと試みる。

 速度は落とさなかった。背中越しに、ライオットの槍が魔神の尾と対峙する。真横から飛び散った氷の飛沫が肌にかすった。


 球体の魔物の間をすり抜け、ブルースは砂漠へ飛び出した。





 ライオットは槍を使い、魔神の尾を弾く。白刃が刃こぼれし、ライオットのこめかみをかすっていた。血が飛び散り、前髪の一部を赤黒く染める。

 魔神との距離は徐々に狭まっていた。


 砂漠へ単車が躍り出た。ライオットの目の前に、球体の魔物が並ぶ。


(フェルノか! あの体質に呼び寄せられたのか!!)


 真下にあるはずの渡し場は大蜥蜴に踏みつけられ、反り返った床板がはがれかけている。穴があき、下に組まれた柱が露になっていた。


(蜥蜴もかよ!!)

 

 魔神の尾が直進する。その尾は球体の魔物を刺した。走り去る単車の目の前に尾の先端が落ちる。

 球体の魔物は地に叩きつけられ、砂を弾く。そのまま尾は横殴りに砂地を這った。球体の魔物は引きずられ、尾が天に戻る時、半死のまま砂漠に置き去りにされる。振り上げられた尾は、そのまま高く空へと消えていった。

 

 球体の魔物たちが左右に散り、森へと沈む。

 幹の間から顔を出していた大蜥蜴が引いていく。

 より巨大な魔物の気配を察知し、他の魔物たちが一斉に身を潜めた。


 魔神が森の際へと到着し、躊躇なく砂漠へと一歩を踏み出す。前足は、渡し場を踏み抜いた。床板は破壊され、木片が砂漠に散る。床板を支えた柱もへし折られた。


 魔神の眼光はライオットを捕らえている。数本の尾が魔神の背後で揺らめく。まるで、ライオットがのる単車をどうやって叩き落そうかと思案しているかのようだ。


 環の国へ向かう単車は、開けた砂漠の上空を飛ぶ。魔神の目には、叩き落してくれと見えていたに違いない。


 ライオットは背を正した。魔神の眼光が自身を捕らえていることを痛感する。悪寒が走る。

(無茶苦茶、怖え)


 尾が横殴りに飛んできた。槍の刃先をぶつけて、魔力を伝わらせる。尾が凍りながら、裂かれていく。柄がしなり、みしっと嫌な音を立てる。


 反対側からも魔神の尾が迫る。石突を立てて、受ける。勢いに、槍がしなる。


 ライオットの眼前で、柄に亀裂が走る。


(槍が持たねえ)

   

 尾から刃を引き抜き、石突側の尾を押し返す。頭上が陰る。見上げると硬化した尾が落ちてくる。


 ライオットは槍を立てた。頭上に突き立て、尾を受ける。衝撃に、ブルースの単車が下へ押される。バランスを崩しかけたブルースが必死で車体を持ち直した。


 直後、眼前に魔神の尾の先端が猛然とライオットを狙い直進してくる。


(間に合わねえ)


 ライオットは歯を食いしばる。

 足を振り上げ、柄の亀裂に足をかけた。足裏に力を込めて、前に突き出せば、柄は真っ二つに分断される。

  

 飛び散った破片がライオットの衣類を裂き、頬をかすった。血の飛沫が散る。

  

 刃先を刺した尾を振り払い、刃先側の柄を握る右手を左下へと振り下げる。石突側の柄を握る左手を右上に振り上げる。


 直進する尾をぎりぎりまで引きつける。振り下ろす左手。石突を尾にぶつけ、進行を逸らす。魔神の尾は砂漠へと突き刺さった。

 ライオットは左手の槍を手放した。投げ落とした石突側の槍半分は、砂漠に落下する最中、魔力に耐えられず暴発した。


 さらに魔神の尾が正面から迫る。


 右手に残る、白刃がついた槍半分。左下から振り上げる。刃先が尾に突き刺さり、そのまま投げ放すと尾は右にそれた。

 壊れた槍は空中で発破し、尾は逃れるように右へと消える。


 尾の背後に、更なる尾が隠れていた。


 ライオットは腰に据える拳銃に向け、右手を動かす。それより早く、魔神の尾はライオットの頭部を狙い飛んでくる。


 

 


 リオンを乗せたジャンの単車は王城の上空を飛んでいく。



 イルバーとデザイアが、ジャンの単車を見とめた。


「行ったな」

「ジャンですね。リオンを聖堂に連れて行くのでしょう」


 リオンがここに飛んでくるとしたら、森の民の居住区は守られたということであってほしい。二人はそう信じ、単車を見送る。


 聖堂の中心部は影の魔物の数が増え続けていた。話に聞いていた魔寄せの体質の影響力を、改めて二人はすごいと感じ入る。




 影の魔物たちをものともせずに単車を駆るジャンにとって、すでにリオンの方が恐ろしい存在だった。ナイフの弓矢で魔神を怒らし、石切り場を駆けのぼる魔物の胴を真っ二つにし、魔神の尾を恐れることなく振り払う。それだけのことをしながら、平然としている。更には、ジャンにまで(これぐらいできるだろ)と要求する。


(二度とやるか、二度とやるか。異世界からきたやつなんて二度と単車に乗せねえ)


 悪態を吐きながらも、リオンに対する恐怖心から、一心不乱にジャンは単車を駆る。襲ってきてもどうせリオンが蹴散らすと分かっていた。

 信頼はこの数時間で、恐怖へとすり替わっていた。



 

 

 フェルノは、渦巻く影をぐるりと見渡す。様子を見るように浮かぶ彼らをどうする気もなかった。


(私って、待つことの方が多いよね)


 故郷の屋敷で暮らしている時も、王城で暮らしている時も、今も、ずっと待ってばかりいる。


(もっと能動的に、魔神に打ち勝とうとか、退治しようとか、そういう意気込みがあった方がいいのだろうか)


 腕を組んで、身をよじって考えてしまう。


(でも、リオンにもアノンにも、ここで待つと約束してしまったしね。約束した以上、待つしかないか……)


 口元に片手を寄せて、思い至る。


(私は、やっぱり、元からものぐさな性格なのだろうか)


 人任せ王子とアノンに揶揄されていたことなど露知らず、暇なフェルノはどうでもいいことを悩むふりをして時間をつぶしていた。


 その時、王城側の影の魔物たちの動きが止まる。上下に空間を開き、青空が円形に開かれる。その円の中心から、ほうきのような速度でなにかが近づいてくるのが視界に入った。


(誰か来る! リオンか、ライオットか。一人なら、きっとリオンだ!)


 フェルノの心が躍る。高速で走り去る乗り物であっても、リオンなら飛び降りてくるだろう。


(ならば、あの乗り物を運転している者に、道を開けてあげなくてはいけないよね)


 くすりと笑み、手にしていた細身の長剣を抜いたフェルノは、流麗な動作で王城側に背を向ける。


(リオンがきたってことは、もうすぐライオットもきて、アノンが魔神をつれてくるはずだ)


 肩の高さで肘をまげる。剣を水平に構え、白刃で風を練る。長剣の周囲に風が旋回し、フェルノの髪は煽られる。

 長剣を真横に薙ぐ。切っ先を単車の進行方向に突き出せば、強風が巻き起こり、直進する。見えない風の刃は、影の魔物を蹴散らして、青い出口の道を作り出した。


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