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164,それぞれの魂

 アノンとフェルノが外に出ると、影の魔物は増えていた。空も太陽も遮る影は、左右に上下に揺らいでいる。

 アノンはうんざりする。フェルノは(やっぱりね)と笑んだ。


「どんだけ呼び込んでいるんだかね」


 嫌味を零しながら、アノンはポケットからナイフを取り出し空間を裂いた。家に手を添え、腕一振りにより空間内にしまい込む。

 遮るものが無くなった空をフェルノはぐるっと見回した。


「アノンは、この箱をすぐに取り払うつもりかい」

「そうするつもりだったけど、何か?」

「この中で、ライオットやリオンを待つ手もあるだろ」


 アノンは軽く頭を振った。


「僕は砂漠に戻ろうと思っているよ。フェルノが力を取り戻したら、次に心配なのは、ライオットたちだからね」

「魔神が復活しているかもしれないものね」

「そう。ここまで来たら、自分の身は自分で守れるだろう」


 アノンはまっすぐにフェルノの灰褐色の瞳を見つめる。 

 フェルノは淡くほほ笑む。


「アノンは、戻って加勢するつもりなんだね」


 再び一人になるフェルノだが、それほど、辛くはなかった。満ちてくる魔力がフェルノを補強する。あふれる力は今まで感じたことがないほど、穏やかだった。心身から無駄な力が抜けている。


「フェルノが魔力も剣技も失って一人でいるのは僕なりに心配だった。そんなフェルノに魔神が迫った時に、何もできないなんて護衛として失格だろ」

「……、アノン」魔法使いの珍しい本心にフェルノはじんとくる。「来てくれた時は、本当に嬉しかったよ。私のために駆け付けてくれて、心からありがとう」


 思いもよらない謝辞にアノンは一瞬目を剥いて、また元の表情に戻った。


 いつもの二人に戻れば、太々しくアノンは口角をあげ、フェルノはくすりと笑むだけだ。


 屋敷にいたころから二人はそんな感じだった。

 親戚とも言えるが、近しい間柄ではない。


 二人の間に流れるのは元々の空気と大差ない。 


 なのに、どこか違う。言い表せない部分でどこか違った。

 近くにいた頃は、交わらず、心は遠いものだった。異世界に飛ばされ、数日会っていないのに、二人は互いの変化に気づいてしまう。


(フェルノがありがとうって言ったよ)

(あのアノンが人のために行動するのか)


 アノンからは片意地が降ろされ、フェルノからは疑心が払われていた。

 互いに性根の奥底に隠れていた良心をもって向き合う。


「僕は最強の魔法使いだ。

 僕を最強足らしめるのは、力ではなく、僕の魂だ。

 この力は、世界のためにある。

 それだけの力を世界から預かり、受けとめ、世界のためにこの力を解放することができることが、僕が最強たる所以だ。

 だから僕はフェルノを助け、ライオットとリオンを助け、森の民を助け、環の国を助ける。

 僕が強いから最強なのではない。

 強さをどのように使うか、その道を示せる魂があるからこそ、僕は最強なんだ」


「私はアノンほど強くはない」

「それだけの力を有していて、何を言うのさ」


「力の問題じゃないさ。

 私は無目的な人間だ。

 アノンのような崇高な魂はない。でもね、私より力はなくとも、守りたいものを、大切なものを持つ人々はたくさんいる。

 私の存在価値は、彼らと共にある。

 私は約束に縛られる。私の意志で結んだ約束は私自身だ。

 テンペストは街道を守りたいと言った。

 アストラルは環の国、ひいてはこの世界を守りたいと言った。

 私は約束した。私は私の意志で結んだ約束に従って、街道や環の国、ひいては世界を守るんだよ。

 私という存在は、そんな約束に抱かれた時に在り様を見いだせる人間なんだろうね」


 意志が灯された灰褐色の瞳と、隠していた矜持を露にした紫の瞳が交錯する。その視線は、上方に向けらた。


「私は聖堂の屋根で待っているよ。黒と赤っぽい影だから、そんなに悪さはしないはずだ」

「屋敷で見たらすぐに屠ることにしてたけどね。今は、無駄な戦いはしたくないよね」

「中心地で魔力も回復した。体がとても軽くなったよ。今の私なら、十分に身に降りかかる火の粉を払い、待っていられるよ」


 フェルノは魔法の絨毯を宙に敷き、そこに必要な武器をばさっと乗せて、自身も乗り込む。あぐらをかき、鞘に納めた細身の軽い長剣を抱いた。


 アノンはほうきに足を揃えて、横に座る。杖を親指にひっかけた片手をもって、ほうきの先端側の柄を掴む。

 もう片方の手のひらをフェルノに開いて見せた。


「ライオットの槍をちょうだい」

「届けるのか」

「うん。酷使しているからね。そろそろ辛いと思うんだ。なんにしろ、変えておいた方がいいと思う」


 アノンは槍を受け取り、ほうきと水平になるように膝に置いた。片手でしっかりと柄を掴み、太ももに押し付け、落ちないように固定する。


「さあ、行こうか」


 フェルノの声掛けとともに、アノンはほうきを走らせる。あっという間に魔力で作られた箱の天井にたどり着くと、ほうきの先端をぶち当てた。


 その一点から魔力の箱に亀裂が走る。縦横無尽に全体へ走った亀裂が音もなく割れる。


 アノンはそのまま、空へと突っ切っていく。残されたフェルノは、青く透明な魔力の破片が舞い散る中を、聖堂の屋根に向かって、絨毯を走らせる。


 影の魔物がフェルノの勢いに左右上下に退けた。あっという間に、聖堂上空にたどり着き、振り向く。


 青々とした芝生が広がり、王城へと続く長い道が伸びている。その上空、走り去る魔法使いの影が点となって、小さくなっていく。


 聖堂の中央は円形の丸い屋根となっており、足場がない。その横が左右とも長方形の平らな屋根になっていた。右側の屋根にフェルノはおり立った。


 空を見上げると、青を背景とした、黒い影が渦を巻きながら、フェルノを取り囲む。


(根競べか、にらめっこか……)


 力を取り戻したフェルノには、浮遊する影の魔物が何体いても平気であった。



 


 アノンは、影の魔物など見向きもせずに、王城へ続く道の上空を最高速で移動する。王城裏の庭を抜け、庭を走る道路にアストラルがのる車両を見て、王城裏の階段にイルバーとデザイアを見とめても、無視して直進した。


 脳裏には反芻する物語があった。

 アノンの価値観は、物語により紡がれた。

 

 熱に浮かされ、薬を飲みながら、荒い息の中で、額に当てられる、ひんやりとした氷嚢を取り換える魔法使い。

 主治医ゴシックは語る。


『この世界で最初に誕生した魔法使いは公爵家の祖先なんだよ。

 彼はこの世界を統一し平和をもたらすために、始祖から魔力を得る手ほどきを受けた。

 始祖は彼を気に入った。彼と出会うまで、始祖は自身が誰を求めているのか、何を求めているのか気づかなかった。

 世界最初の魔法使いは、世界を導く力を手に入れても動じない魂を持っていた。


 彼は始祖に宣言した。


 たとえ強大な力を手に知れても、それは俺のものではない。

 数多の血を流し、肉体から魂を奪われた者たちの、声なき声援を受けたものだ。

 力は世界のものだ。


 力には価値はない。

 力を行使するものの魂こそが、力を真に輝かせる。

 

 始祖は、公爵家の祖と出会い、脳天を打たれたんだ』



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