163,砂漠へ
森側の渡し場で、青空に溶けるように影の魔物たちが一斉に消えた。何事もなかったかのような静けさの訪れに、一通りの作業を終えたばかりのコラックは呆気にとられる。
その時、かすかに体がふわついた。
(今のなに?)
周囲を見渡す。大樹の枝葉が揺れていた。
(風?)
砂漠から吹いてくる風を辿るように真っ青な空を弧を描くように見渡す。
さっきまで上空には影の魔物が踊り狂っていた。なのに、今はまるではじめからいなかったかのように消えている。
ただよう魔物にビクビクしながら荷物を車両へと運んだのが嘘のようだ。作業中、日陰が差し、森へ向かって影が飛んでいったのは幻かと疑いたくなる。
再び、ふわつく感覚に襲われる。
(なんだろう)
背後の樹木に目をやると、枝葉が上下にしなっている。風はそんなに強くはない。
「コラック、乗り込め。行くぞ」
「今、行きます」
運転席に座るドミックから声がかかり、コラックは走り出す。数歩で足がもつれて転びそうになりながら、片足でとんとんと跳ねて踏ん張った。
背後でざわざわと木々がさざめく。
「早く乗れ!」
ドミックの怒鳴り声に引っ張られて、コラックは駆け出した。走って走って、荷台の後部に飛び乗った。車両がざざっと走り出す。いつもなら、渡し場に砂がかからないようにゆっくりと走り出すところ、車両は一気に速度をあげる。
コラックは荷台に両手両足をつけた四つん這いの恰好で振り返った。
渡し場に木が敷かれた床に魔物の足がせり出してきた。大ぶりな蜥蜴の足は、床板をミシミシと割る。次いで、渡し場の小屋が建つ小ぶりの幹が斜めに傾いだ。
大蜥蜴の顔が大樹と大樹の間から現れる。
「魔物がこんな端まで!」
蜥蜴が数匹、森の際に顔を出す。森の魔物は砂漠には出てこない。魔物たちは、これ以上進めないことを怒るように、大口を開けて、吠えた。
渡し場は、蜥蜴に踏み散らかされ、床板が捲れ上がり、床を支える足場も踏み折られた。
コラックはしりもちをつく。あわあわと涙目になり、口も震えた。
走る車両により、破壊された渡し場はどんどんと小さくなる。
ざんと球体の魔物が蜥蜴の頭上を飛び越えて、泡のように現れた。
青ざめるコラックは、両手を床につけ、しりもちをついたまま、後ずさる。球体の魔物が砂漠に向かってゆっくりと進出しようとする。
キラリと金属を照り返した一筋の光が差した。球体の魔物をなにかが飛び越えてくる。
運搬車が横にそれ始めた。いつもは一直線に環の国の渡し場へと向かう車両がルートを変えて走行する。
遺跡、森の渡し場、環の国の渡し場、王城、環の国の中央にある聖堂は一直線上にある。このまま車両が直進すれば、運が悪ければ、森から飛び出してきた魔神が砂漠を突き進む際に巻き込まれるかもしれない。
車両はその直線を迂回し進む道を選んだ。
球体の魔物は、森の際上空で浮いている。砂漠に入ることを躊躇うように、ただそこに浮き続ける。
ブルースが運転する砂漠へ向かう単車の後ろに乗るライオットに向けて、魔神は尾をしならせ振り下ろす。危うく叩かれるかというところで、車体が斜めに傾けられる。
尾は木々の隙間へと叩き落された。
枝葉が薙ぎ払われ、土埃と葉が舞い散った。すぐさま尾はうねり、空へ引き上げられて行く。
(どうすんのよ、これ)
ライオットは背後に目をやると、魔神が勇んで走ってくる。たなびく尾は、いつ再び襲ってくるか知れなかった。
ブルースは前方を直視する。ひたすらに砂漠に向かって単車を駆るに集中する。
魔力で補強された身体を持つライオットは、走る車体の上で、体の向きを反転する。背をブルースと合わせて、槍と拳銃を意識する。
(尾が単車に当たらなければいいんだ)
環の国まで単車が走りこむ間、走行する車体を守ればいい。ライオットは単純に考えた。その単純なことがどれほど難しいか。分からないライオットではない。
槍を握る手に汗がにじむ。
縦横無尽の尾が、魔神の背後でゆらゆらと揺れる。
走り出した魔神の速度は全速力の単車より速い。魔神の巨躯が迫り、ライオットは歯を食いしばる。
魔神の猛る両眼に狙いを定められた。リオンが焚きつけた怒りも含む憤怒はライオット一点にそそがれる。
(横で見ている時と圧迫感が違う!)
手練れのリオンが易々と対峙してる様を見て、安直に考えすぎていたとライオットは悔いる。
迫る尾に気を取られていた横から風切る影が視界の端に映りこむ。
ライオットが横を向く。槍を握る手も同時に動き、切っ先が側面に向けられた。
単車を薙ぎ払らおうと魔神の尾が水平に迫りくる。
鞭のようにしなり迫る側面にライオットは槍先をぶつけた。前方の手を上に、後方の手を下に押せば、槍の切っ先は持ち上がり、突き刺さった尾の動きを上方に逃す。
槍と尾の力比べの力に煽られ車体が斜めに傾ぐ。ブルースは体を傾いだ反対側に無理やり動かし、倒れそうになる力をしのぎならが、更に単車の速度を上げた。
なりふりなどかまっていられなかった。ブルースはただ走ることに集中する。
薙ぎ払われた尾は上空に逃げた。一息つく間もなく、反対の側面からも尾が迫る。ライオットは槍の口金まで片手を引く。もう片方の肘を曲げ、脇を閉めた。石突側の柄を長く伸ばし、背面から飛んできた尾を叩く。
石突に魔力を集中させる。尾は氷結し、走る車体に流され、尾と石突はこすれ合う。氷の粒子を周囲に散らしながら、魔神の尾が部分的に凍り付いた。
冷気に晒された尾がビンと張りつめる。直線状に硬化した尾と槍の石突は、こすれ合いながら、氷結した粒子とともに火花を散らした。
ライオットの正面か陰る。迫る魔神の姿が大きくなる。それでもまだ距離はあった。
「森の際は近い!」
ブルースが叫んだ。
ジャンの単車は大きく魔神の直線ルートから逸れていた。大きな楕円を描き、進行方向を砂漠に向けて走らせていた。
リオンの扱いは、まるで物のようだった。単車の金属部分の一部であるかのように、ジャンの人格を無視する。
(人間じゃねえ。絶対、こいつ人間じゃねえ)
悪態を心の内で連呼しながら、意地だけで単車を駆る。
リオンは背後で、悠々とライオットと魔神のやり取りを眺めていた。暴れまわる魔神はいても、その他の魔物は見えない。
魔神が魔物を狂暴化させうるなら、軍隊のように迫りくる一団となるかと危惧していただけに拍子抜けしていた。
(速度は、早い。しかし、魔物への影響が小さくなっているのか。はたまた、フェルノの引き寄せる力の方が増しているのか)
疑問は浮かぶが答えはでない。分からないだらけのなかでは、状況に対して応じていくしかないのだ。
二人がのる単車は、ライオットとブルースより早く、森の際に到着した。
森の端、木々に隠れるようにせり出しているはずの渡し場は崩壊していた。数頭の大蜥蜴によって、踏みつぶされている。球体の魔物が蜥蜴の頭上にせりあがってきた。
球体の魔物を飛び越えて、ジャンが駆る単車が砂漠の領域へと飛び込んだ。




