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162,誘われる魔神

 ライオットはリオンと魔神の絶え間ない剣舞を眺めながら、顎を撫でた。


 魔神の尾がリオンの剣技で何度切られても、すぐさま再生する。その回復速度は、今までライオットが見てきた魔物の比ではなかった。


(回復が早すぎる)


 尾をしならせ天に高らかと掲げる間、本体に引き戻す間、そのわずかな時間でリオンに切られた傷が完治していなければ、繰り返し尾を振り下ろすことはできない。


 ライオットは指折り数える。

(でかい。尾が武器。魔物を狂暴化する。意外と素早い。回復が早い)

 ぐっと拳を握りしめた。


 樹上から顔を出す魔神本体は、両耳が立ったネコ科の肉食獣を彷彿とさせる面立ちで、手前の巨木を苛立ちまぎれになぎ倒す動きや手足は体躯部分が四足獣をしっかりと連想させた。


(回復する前に、核を破壊しつくさないと屠れないってことだよな。接近戦だと、爪や牙もあるかもしれないなら……)


 ライオットは眉間に皺を寄せた。厄介、と言う二文字が脳裏に鮮明に浮かんだ。


 その時、魔神の尾の動きが停止した。しゅるしゅると魔神の佇む位置まで尾が巻き戻され、尖りを帯びていた尾が花開くように膨れ上がる。表面が波打つ。緑の毛並みがなびく、何本もの尾をひらめかせる魔神が動く。

 

 魔神の面が砂漠に向く。その表情に怒りの色は失せていた。口は閉じられ、双眸がしずかに彼方を懐かしむように向けられた。

 

 一瞬、標的が自分に変わったのかとライオットは焦った。すぐさま思いなおし、背後に広がる砂漠とその向こうにぽつんとたたずむ環の国へと意識が流れる。


 フェルノに魔神が誘われる。

 大きな体躯が前進を開始した。


 リオンは剣を鞘に納めた。

 ライオットは槍の柄を強く握りしめる。


((始まる))


 二人にとって魔神がフェルノに誘われてこそが始まりだった。






 リオンは、降りそそぐ尾の斬撃が停止したことを察知するなり、剣を鞘に納め、ジャンの単車に飛び乗った。

 リオンが背後に戻ったことで、正気に戻ったジャンは肩で息を二度繰り返した。突如変わった情勢が飲み切れず、肩をゆすって、大きく頭を振る。玉の汗が飛び散った。

 

「ジャン、行くぞ。魔神が環の国へ進む」

「おっ、おう」 

「砂漠へ突き進む魔神の眼前を通り抜けろ」

「はっ!」


 今度は何を言い出すとジャンは青ざめたが、とうのリオンは冷めている。ジャンの背に無言の圧力がかかる。

 後ろを見返すジャン。リオンの目は冷ややかだ。

(口答えも、言い訳も聞かねえってか)

 ジャンの恐怖の対象は、魔神からリオンにすり替わっていた。

 

「ああ、ああ。分かった。分かったよ。引き返して、魔神の前に躍り出ればいいんだろ!」

「そうだ。頼む」


(どうにでもなれ、ちくしょう)

 内心、悪態をついても、ジャンは真面目に単車を走らせる。





 魔神は砂漠に向かって歩き出した。リオンを追いかけていた時のような怒りの表情はなく、天高く鼻を突き出し、匂いを嗅ぐようなしぐさを見せた。

 魔神は体躯をもたげ、顔を右から左に、左から右へとゆっくりと動かす。


(まるでフェルノの誘いがどこからきているのか、確かめているみたいだな)


 ライオットは魔神の動きを凝視する。


「どうする、ライオット。先に環の国に向かうか」

「いや。動きを見てからだ」

 

 ライオットは樹上に停車する車両から森を見下ろす。蜥蜴は地をはい、大蛇は樹上を進む。それらの気配が薄れている。


(魔物が消えた?)


 居住区で放たれる炎もない。森全体が静かになった。


(なぜ?)


 リオンの攻撃に高ぶった魔神だけが残る。その魔神も今は、フェルノに惹かれ始めた。魔神は前足で地を蹴って跳躍した。着地するなり走り始める。


(早い!!)

 ライオットが慄いた。


「ライオット、逃げるぞ」

 ブルースは感応し、単車を旋回させ始める。


 その時、ジャンが運転する単車が、リオンを乗せて、ライオットの左端に映った。リオンは弓を持っている。


(もう、ここに!?)


 跳躍した魔神は、旋回する間にライオット達に追いつくかと思うほどの速度で走りこんでくる。

 

 ライオットは腰に備えたアノンから受け取った拳銃に手をかける。槍であっては、車上から俊敏な魔神に一撃を加えられる気がしなかった。


 ブルースが旋回させる単車は魔神に対して側面を向ける。

 ライオットは手にした拳銃を大きく振り上げた。その銃口を魔神へと仕向けようと腕が動く。


 直進する魔神がライオットに迫りくる。


 左にいたはずのリオンがライオットの視界から消えた。


 ライオットの腕が旋回し、手にした銃口が魔神へと向けられる。


 突如、右にリオンが現れた。


(なぜ、リオンが!? 左にいたはずが、右に!)


 リオンに気を取られた刹那。魔神の顔面が爆ぜた。

 爆風が、ライオットの髪を揺らす。煽られた単車がわずかに傾く。


 黒々しい煙と炎が魔神の顔を包む。魔神が身をよじって、顔に降りかかる炎を前足でかきむしる。炎は執拗にまとわりつき、首から背へと流れて行く。


 魔神が吠えた。その怒号にライオットとブルースの乗った単車がびりびりと痺れる。


 煙を突き破って、魔神の顔が現れた時、ライオットは魔神へ向けていた拳銃の引き金を引いてしまった。


 ブルースは魔神の起こした風にもバランスを保ち、車両を砂漠へ向ける。

 

 ライオットは放たれたアノンの魔力の行方を確認できなかった。ブルースが旋回させた単車は砂漠側に向き、全速力で走り出した。




 炎と煙から顔を出した直後、ライオットの放った魔力が暴発し、魔神は身をよじってもだえていた。



 


 ジャンは、リオンに走れと命じられて単車を操縦していただけだった。周囲の状況を知覚する余裕もないままに、投げやりな気持ちで、魔神の眼前めがけて走り抜けた。


 ジャンの姿がライオットの視界がとらえた時、リオンは時を止めた。


 ジャンは世界が色を失い、時が止まったことも気づかなかった。


 その止まった時間の中で、リオンは最後に残されたナイフを魔力で矢に転じた。素早く弓を構え、弦を引く。


 止まった時の中で、魔神の眉間へ矢を放った。リオンの手から離れた瞬間、眉間とナイフの矢は拳一つ分の距離もない状態で、色のない世界で停止した。


 ジャンが走り抜け、ライオットの姿が後ろに消えたから、リオンは時を動かした。




 リオンの背後で、彼が持っていたアノンが残した最後のナイフが爆ぜた。魔神の眉間をえぐったのだ。


 その爆風に煽られながら、リオンはジャンに告げる。


「砂漠まで走るぞ」


 ジャンは返事もせずに、単車の向きを砂漠側へと向ける。内心で悪態をつく余裕さえ失っていた。



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