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160,聖堂へ戻る

「フェルノ、遅いよ。時間だってないかもしれないんだよ。もう行こうよ。絨毯に乗ってよ」


 アストラルと立ち話を続けているフェルノに、アノンが大声を張り上げる。

 アノンは、すでに芝生の上で絨毯に乗ってた。


「今、行くよ」

 気づいたフェルノも、声を張り上げた。


「すまない。それでもなお、フェルノにお願いするしかない私を許してほしい」

「すでに許しているよ。許せないのは、アストラル自身の問題だ」

 

 言われて、アストラルは両目を瞬かせる。肯定したくはなくとも、その通りだった。

「手厳しいな」

 図星をつかれたと苦く笑う。


「約束を守りに、行ってくるよ」

「すまない。本当に。弱い私は、あなたに頼るしかない」

「アストラル。これはお互い様だ」


 フェルノは、しびれを切らしつつあるアノンに向かって走り出した。

 浮かんでいる絨毯にフェルノは乗り込んだ。すぐさまアノンは振り返りもせずに、絨毯を走らせる。


 アストラルは、二人が乗った絨毯の飛んでいく影が小さくなるまで見送っていた。




「お待たせ、アノン」

 フェルノが乗り込むなり、アノンはすぐさま絨毯を走らせる。


「遅かったね。魔神をさっさと倒して、またすぐに戻るだろうに」

「そうだけどさ。色々と、話したかったんだよ」

「そんなに仲良くなったの?」

「仲良くというか、似た者同士なんだよ」

「似てる?」

「お互い窮屈な第一王子なんだよ」


 芝生の上は、影の魔物がうようよとしている。まるで暗雲の中を直進しているかのようだった。いちいち屠ることを面倒くさく感じたアノンは、指先に四角い魔力の箱を作りだした。それはみるみる大きくなり、フェルノとアノンを包み込んだ。


 外を漂う魔物たちはこれで一切フェルノとアノンに手出しができなくなった。


「この箱の中だと、私の体質の影響が薄れないか」

「どうだろう。一応、空気穴は開けているから、外気とは触れているんだよ。ひとまず、中央まで走り抜けるよ」

 出せる限りのスピードで、アノンは絨毯を走らせる。四方に影の魔物がいても今はかまう気にはならなかった。


「アノン、ずいぶん急ぐね」

「早く聖堂につきたいじゃないか」

「それにしても、形相がひどいよ。可愛い顔が台無しだ」

「僕たちの恰好、気にならないの。このままでは戦えないじゃないか」


 フェルノはまじまじと自身の姿とアノンの姿を見つめた。理由は簡単に納得できた。

「ドレス姿では、動きづらいよね。とても似合っていたから、気にならなかったよ」


 のんきなフェルノに、アノンはぎょっとする。

「気持ち悪い。似合っているなんて言わないでよ」

「そうかい。アノンの愛らしさを十二分に引き出してくれる衣装じゃないか。選んだ方のセンスを賞賛したよ」

 フェルノは本心かあら褒めたつもりだが、アノンの目付きがぎらっとさらに鋭くなる。


「こっちは我慢して、この格好しているんだ。ふざけるなよ」

「なんて、もったいない」

「もったいないだって!?」

 フェルノの残念そうな顔に、アノンは素っ頓狂な声をあげる。


「それだけ愛らしいのに、満足できないなんて」 

「はあ!!」

 アノンは絶句する。


「アノンは可愛いし、私はなかなかの美人だとは思わないかい」

「なんで僕がフェルノを美人だとか、言わなきゃいけないの。気持ち悪い!!」

「リオンだって、アノンが女の子になっていると聞いて、私よりましだといっていたのに……」

「リオンもかよ!」

「どっちでも変わらないってさ」

 

 アノンの全身に鳥肌が立った。

「なんだよリオンもかよ! ふざけるなよ。僕が可愛いなんて言われて喜ぶと思っているのか」

「喜ぶとか、喜ばないじゃないさ。客観的な事実だよ。折角、女の子になったのに、鏡を見て、可愛いと思えないなんて損じゃないか、アノン」


「それって、フェルノは鏡を見て、自分の姿を美しいと思っていたってこと……」

「美人は美人だろう。目の保養だ」


「はっ、気持ち悪い。寄るな、バカ」

「つまらないなあ。アノンはもう少し、可愛い自分を自覚したらいいのに」

「口閉ざせ、もうしゃべるな。それ以上しゃべるなら、絨毯から降りろ。フェルノなんか、魔物に喰われて死んじゃえ」


 忌々し気に目をそらし、話していられるかとアノンは前方を見た。その途端、背後にぬくもりを感じ、悪寒が走る。


「アノン。もったいないよ。折角、こんなに可愛いのに自覚が持てないなんて。可愛いは時に魔力より大きな武器になるのに……」


 フェルノのささやきに、アノンはこらえ切れなくなる。

「いい加減にしろよ、フェルノ!!」

 叫ぶとフェルノはぱっと離れた。その楽し気な表情に、アノンはわなわなと怒りに震えた。

 

 フェルノはちょっとだけ、アノンに仕返しができたことをほくそ笑んだ。





 

 フェルノとアノンが聖堂に到着する。建物に入らず、広い芝生におり立つなり、魔力で作った四方の壁をアノンは押し広げた。広い空間内の端に立ち、アノンは再び小さなナイフを取り出すと、空間を裂き、中をまさぐる。程なくアノンは家を引っ張り出した。


 フェルノとアノンは、家に入る。台所で探し当てた植物油でざっと化粧を落とし、軽く洗顔を終えた。すぐさま二階へあがり、それぞれの部屋に入る。そこには、各自の衣類が備えられていた。


 アノンは魔法使いの恰好に戻った。黒いローブのポケットにはナイフと魔物の核を少し入れておく。

 フェルノもまた、備え付けられたクローゼットから、男性物の衣装を取り出し、着替え終えた。


 部屋を出ると、通路でフェルノとアノンは鉢合わせた。互いに元の姿に戻っただけだが、さっきまでの印象の違いに、いささか奇妙な沈黙が降りる。


「……変な感じだね」

「久しぶりだから、違和感を覚えるな」


 アノンは昨日まで魔法使いの恰好でいたのでさほどではないが、数日女性の姿をして慣れてきていたフェルノはいささか、男装気分になっていた。

 実際に、女性の体つきのまま男性の衣類を着ているので、胸や腰のあたりの着心地はいまいちだった。


 二階から一階へ階段を降りる。


「武器庫もあるんだ。剣と魔法の杖どっちが使いやすい」

「両方あると便利だよね」

「必要な武器は預けておくよ。ライオットも槍を酷使しているかも知れないし、リオンの剣もあった方が良いかな」

「ライオットの槍と、魔法の絨毯。剣と杖。これ以上は私が持てないよ」


 玄関横に納戸があり、扉を開けるとそこに武器が数点並んでいる。

「エクリプスは、細部まで気がきくよね」

 アノンは、準備の良さに感心するばかりだった。


 それぞれに必要な物を携え、玄関で靴を履き、向かい合う。フェルノはアノンから借りた二人乗りの絨毯に、ライオットの槍と予備の剣に魔法の杖を用意した。魔法使いでも、騎士でも、魔力を効率よく操るには、魔術師の道具を使う方が良い。


「さあ、ライオットとリオンと合流しようか」

「ボロボロだったら見ものだね」


 フェルノとアノンは向き合って、拳をぶつけた。


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