158,私心の謝罪
自動車の後部座席に、フェルノとアノンが並んで座る。車は王城から環の国の中心地の入口へと向かっている。
「私の体質にそんな特性があるなんて知らなかったよ」
フェルノは、腕を組み、アノンへ不満を露にした視線を投げた。
「鏡の前で私に言ったことは半分は本当で、半分は嘘なんだね、アノン」
「うん。僕が語ったフェルノの体質は作り話、森の民のところでアストラルが話してくれたことが本当。それ以外の僕が語ったことは辻褄合わせだよ」
「アノンがあんな風に私の前に現れると思わなかったし、私を陥れる側にまわることも想像してなかったよ」
「フェルノも僕らのことをちゃんと待っていたんだね。信じ難かったけど、ショックな顔をしたフェルノを見て、本当に待っていたんだなって思ったよ」
「待っていたさ。待つしかないだろ。この状況で……」
「弱くなったから」
「そうだな。拠り所が無くなって、初めて頼るしかなくなったんだ」
「誰かに頼るって普通のことだよね」
「アノンが言うか」
「僕らしくない?」
「一人でいるばかりだったろ」
「前はね。間違っていたんだよ。
一人でなんでもできることを目指したり、頼らないことが大人だと思っていたり、何より迷惑をかけないために一人でいようとしたことが間違ってたんだ。
僕は魔力と魔法は一人前でも、それ以外はからっきし子どもだったんだよ」
フェルノは苦笑する。
(年齢からみたら、普通のような気もするけどね)
そんな風に思っても、せっかく気づいたアノンの言葉を遮ることはなかった。フェルノ自身もアノンのことを言えた義理はない。
「こっちにきて、たぶん向こうにいた時から、きっと僕は人に助けられてたんだよ。そういうことをさ、なにもかも見過ごしていたんだ。
ライオットに迷惑だってあからさまな態度とってただけじゃなくてさ。
こっちにきて、一人で突っぱねることも出来なくなって、ライオットに助けられるばかりで、不甲斐ない自分がいて、やっと気づいた。
強いって意味も色んな意味があって、一人で突っぱねているだけが強いわけじゃないんだ。
僕は弱くなって、初めて、周りが見えるようになった。強さに溺れて見ないようにしていたものと向き合わなくちゃいけなくなったんだ。
それはきっと、一番は、僕の弱さだったんだよ」
フェルノは、車窓の向こうに視線を流し、(わかるな)と思ってから、またアノンに視線を戻す。
アノンは紫の瞳でフェルノを静かに見つめていた。
「フェルノだって、変わったろ」
「そうかい?」
「僕を待ってた。前のフェルノは、信じて誰かを待つような人間じゃなかったもの」
アノンと同じようにフェルノもまた、色々な自分を隠していた。
強さから生まれるおごりは、弱さを隠ぺいするにはちょうど良かった。
「こうなったら、私だって嫌でも変わらざるを得ないさ。今までの自分のままでは対応できないだろ。力もない、魔力もない、素の私しか残されていなかった。
本当の私はいるのに、いない。
弱い私は受け入れられる。辛かったよ」
「フェルノも大変だったよね」
「アノンもだろ」
フェルノとアノンがふっと笑う。
変わった者同士通じ合い、リオンやライオットには伺い知れない不条理を体験した苦悩を分かち合った。
「しかし、体質が、まさか私の感情によるとはね」
「僕も思わなかった。魔神も同じなんだってさ。フェルノの体質が届くといいなと思うよ」
「もし届かなかったら」
「聖堂についたら、僕は一旦一人で環の国を出るよ。上空は、魔物が自由に飛べるところを見ると、地上みたいに魔力が抑えられていないはずだ」
「私も一緒に行こうか。絨毯なら二人乗りだろう」
「いや、絨毯は使わない。一人乗りのほうきでいく。それが一番早いから。魔神をここに連れてくるか、魔神が見えたら、絨毯を預けておくから、フェルノも飛んできてよ」
「場合によっては砂漠で戦うか」
「砂漠だと……、足場が悪いよね。出来る限り、平地の方がいいかな」
「魔神をここまで連れてくるか」
「できるなら、そうしたいよね」
車が停車した。フェルノとアノンの会話も自然と止む。
アストラルが車外へ出て、後部座席の扉を開けた。
「ここからは、お二人で行けますよね」
開いた扉側にいたアノンが飛び出した。
車は道の真ん中で止まっていた。左右に広がる地面がすぐ目の前から芝生に切り替わっている。
上空には、今まで以上に影の魔物が漂う。白い聖堂まで、何重にも重なり合っていた。
環の国上空はまだ教会の働きがあり、入ってくる魔物に制限がかかっている。これから先は、その制限も取っ払われるのだと、見せつけていた。
アノンは、芝生に一歩を踏み入れる。ポケットからナイフを取り出して、空間を裂いた。裂け目に手を入れ、愛用の魔法の絨毯を捜す。
アノンに続いて、フェルノも車から降りた。
アストラルの表情は沈んでいた。
車から降りたフェルノが車の扉から離れると、フェルノから目をそらし、アストラルはパタンとその扉を閉めた。
「アストラル。ここまで、連れてきてくださり、ありがとうございます」
顔を背けるアストラルが振り向き、フェルノと向き合う。
「フェルノ、すまない。あのような手段に出て……」
「約束通り、私をここまで連れてきてくださいました。感謝しております」
「あなたに剣を向けるつもりは毛頭なかった。だが、そんなつもりはなかったと言ったところで、向けた事実は消せない」
「あれはアノンが策を練ったのでしょう」
「その案を吞んだのは私だ」
フェルノは笑った。
「あんな画策を平然とできるのはアノンぐらいですよ。リオンなら決してあんなこと考えません」
「しかし」
「アストラルが許せないのは自分でしょう。私は、あれはあれで、仕方がなかったと思えていますよ」
アストラルが肩を落とす。片手を額に寄せて、心痛をこらえる。
「フェルノの体質と特性は、私たちも二日前に知りました。今回の魔神に関しては、預言者も慎重に神託を与えるものですから、急な展開に、どのようにフェルノを絶望させるか悩みました。
アノン様の協力があってうまくいったようなものです。
昨夜、鏡の預言者は消えていましたが、その代わりなる人物も協力を申し出てくれまして、あのような喜劇が演じられたのです」
環の国の人たちは、とても親切で人がいい。復興という目的意識を共有し、対立する国もない。穏やかで、人を陥れることには不慣れなのだ。
「フェルノ、私はあなたに悪いことをしたと心より思っています」
(気にすることないのにな)
今まで散々、人を疑い、茶化して生きてきたフェルノには、懺悔するアストラルがまぶしく見えた。




