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156,感情と体質

(フェルノに、魔神が引き寄せられないだって!)

 アストラルの答えに、アノンは目を見開き、声にならない言葉が唇を動かした。

 

 アストラルは、平然とマートムに目をむける。

「私は、アノン様と二人きりで話がしたい。どこかに場所を設けてもらえないだろうか」

「私たちが席を外せばよいでしょうか。それとも、この部屋の端に机と椅子を設置し、衝立を立てればよろしいでしょうか。別の部屋を用意するにも二階になりますが……」

「アノン様とだけ話ができる環境で、他の方には聞かれないように配慮いただければ、どちらでもかまいません。ただ、衝立の案の方が、アノン様も安心かと思います」

「かしこまりました」

 マートムが立ち上がり、男たちがばたばたと動き出す。

 

 端に寄せていたテーブルと椅子二脚を壁につける形で用意し、部屋から目隠しするように衝立を立てた。

 居室の中央に置かれていたテーブルと椅子は台所側にぐっと寄せた。

 その間に、ヴァニスは茶を淹れなおす。

 アノンと移動したアストラルは、茶を置くヴァニスに「夕食時にお邪魔してすまない。食べていてくれてもかまわない」と伝えた。


 席を変えてアノンはアストラルと向き合う。

 アストラルは、おどけた表情を作り、笑った。


「これ以上、リュートや森の民の方々に聞かれてはまずいと踏みました。あなたは、フェルノよりずっと向こう見ずだ」

「フェルノは警戒心が強いんだよ」

「その様ですね。彼女は言葉を選ぶ。本心もよく隠されている。アノン様は見た目と違い激情家のようで、結論を急ぎ過ぎです」


 アストラルは、ヴァニスの淹れた茶で口内を潤す。

 アノンも一緒に茶を含んだ。


「話を戻すよ、アストラル。フェルノに魔神が寄ってこないと言うのは、どういうこと?」


 今まで、魔物がフェルノを見つけて直進してこなかったことはなかった。強力な魔神が蘇れば、必ずフェルノに呼び寄せられる。アノンたちはそれが当たり前だと思っていた。


「言葉のままです。フェルノ様の体質が効果的に発現するには条件があります」


 フェルノの体質は常に一定で、体質に強弱があるなど、アノンは考えてもいなかった。

(やっぱり、僕らが知らないことも出てくるか)

 始祖が仕組んでいることが読み切れない。掌で踊らされているようで、気持ち悪い。


「その顔は、やはりご存じなかったのですね」

「ああ……、知らなかったよ」

「あなた方の知っていることは、私たちも知っています。ただ、ここに飛ばされてきた人数や()()までは知らされていなかった、というだけです」


「あそこが、魔王城であることは?」

「魔王城? 私たちは、あそこは【地裂貫通 グラインドコア】が元々住んでいた館だと認識していますよ」


「あそこに始祖が!」

「ええ、始祖が去った後は、その立場を預言者が担い、私たちは神託を受け、環の国を治めていました」


 穏やかにかまえるアストラル。方や、アノンは今にもとびかかっていきそうな勢いを殺していた。二人の立場はいつの間にか逆転していた。


「神託とは何なんだ、アストラル」

「神託とは、主は失われた技術のヒントの伝達です。次いで、魔神に対しての応じ方のヒントの伝達になります。

 それらを神の啓示のように受け取り、人々に広めます。教会を建て、祈りを持って魔物を寄せ付けないことで信仰心を高め、宗教国家として成り立つような仕組みを作っています」


 アストラルがとうとうと語る内容に、今度はアノンが呆気にとられる。そこまで明かされるなど考えてもいなかった。


「よく、そこまで言えるね」

「フェルノにも、語ることを我慢していました。ただ、彼女が本当に、私の望みを叶え、この国を守ると約束してくれたのです。だから、彼女の気持ちに私もこたえたかった」


「ねえ、それと今の話がどこにつながりがあるの」


「アノン様のおっしゃる通り、フェルノは魔神復活と同時に環の国の中心部である聖堂へと行きたいと申し出てくれました。

 それは彼女の本心であり、彼女の善意でもあったと私は受け止めています。

 しかし、彼女をただ、環の国の中心部に連れて行っても、魔神は引き寄せられないのです」


「それが、解せないんだ。僕らは今まで、何度もフェルノに向かって直進してくる魔物と遭遇してきた。彼はいつも魔物に取り巻かれていたんだぞ」


 森を歩けば、魔物がフェルノを取り囲んだ。魔王城につながる街道上でも、大蛇が直進してきた。アノンの記憶では、フェルノには常に魔物がついて回る。


 アストラルの闇夜の瞳から感情が失せる。

 アノンはその眼にたじろいだ。


「アノン様、フェルノの体質は感情の影響を受けるのです」


 アストラルの宣告は静かだった。

「感情」

 アノンは重要な一言を呟き、頭の中に響かせた。


「フェルノが穏やかであれば、彼女に取り巻く魔物は減ります。

 彼女が危機を感じ、周囲に対し警戒心を高めれば、魔物が寄ってくるのです。

 魔物を引き寄せる強さは、彼女がその時立つ環境の影響を受けているのです」


「環境影響……」

 アノンは血の気が引いた。自身が受けていた密命が脳裏をよぎる。


「フェルノは危機的な環境に置かれ、そこで警戒し、不安になるほどに、魔物をよせる力が強くなるのです」


 そこまで言われて、アノンは合点がいった。


 なぜフェルノを暗殺しろと言われていたのか。

 フェルノに危機感を与えるような密命を、相互に意識するようにさせられていたのか。


(気づかなかった)

 アノンは項垂れる。

(まったく想像もしていなかったよ)

 

「じゃあ、今は、それほど、危機的な状況にないから、魔物が寄せられないということなのか……」

 アノンはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「僕らは、フェルノを、暗殺しろと言われていた。そして、それをフェルノも知っていた。フェルノの体質のために……」

 意味のないと思っていた密命に、意味はあった。

 表向き護衛としながら、裏では暗殺しろというのもすべて、フェルノの体質のためだったとは……。想像もしていなかった。


「でも、なんでだ」

 アノンは無性に引っかかる。

「なんで、僕らが魔神がいない世界で、フェルノの危機意識を高める役目を負わなくてはいけなかったんだ」

「フェルノ様にこちらに来た時に、安心感を強く感じていただくためです」

「それは、なぜだ」

 

「我々は宴の席にて、彼女を断罪する準備を行っております。人を信じられない環境から、人のぬくもりを感じる環境に身を置き、その信頼を築いた中で断罪する。


 信じた者に裏切られる絶望は、より強く魔物を引き寄せることでしょう」  


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