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155,僥倖

 アストラルが訊ねてきたことで、騒然とした森の民の居室も、徐々に落ち着いてくる。テーブルを拭き終えたヴァニスが台所へ足音も立てずに戻る。


 アストラルとアノンは向き合っていた。


「僕は聖女か……」

「神託の聖女は二人。今回召喚されたフェルノ様とリオン殿がその役割の方かと思っておりましたが、やはり約束の聖女は女性二人だった……」


 感動に打ち震えるアストラルの眼球が湿り、きらりと光る。

 

「リオンは男性だから、聖女とは言えないよね」

「フェルノが聖女様なので、二人という神託を解釈するには、聖女フェルノとリオン殿が一対で二人と解釈していました」

「神託を与える預言者は、詳しく語らないの。彼らは、僕らが何人で飛ばされたか、名前も()()も全部知っているはずなんだ」


 アストラルが困ったように笑う。これ以上は言えないことなのだろう。


 アノンは話を変える。

「アストラル。さっき、リオンが戻っていないかと訪ねてきたそうだね。リオンに相談事でもあった?」


 アストラルはまだ困った表情のままである。

「言えないの?」

「そういうことではないのですが……」


(僕だと、頼りなさそうなんだろうな)

 面白くない気持ちをのせて、アノンは口を折り曲げる。


「フェルノの望みを叶える役を担っていただきたかったのです」

「その残念そうな顔はリオンがいないから、それとも自分が希望を叶えられないから?」

「強いて言うなら、両方ということで……」


(あのフェルノが、アストラルに頼みごと! 信じられないな)

 穏やかな笑みを浮かべ、周囲を誤魔化し続けていたフェルノが人を信用するなどアノンには想像ができなかった。

「でっ、フェルノがどんなお願いをしたの」

 

 アストラルの視線が天井に向く。言うべきか言わざるべきか悩んでいるかのようだった。


(善良なのか、裏がある者なのか、よく分からないタイプだな。隠さなくちゃいけないことがあるのは、立場上ってとこなのか)


 そう思って、アノンはさらに考える。ここで手の内を明かさないで帰しても、明日の魔神復活は止められないのだ。そして、フェルノに魔神が引き寄せられることも。


(これって、分岐点だよね)

 ここで、第一王子と出会えたことが森の民たちにとっても僥倖であることをアノンは願った。


「アストラル殿下、アノンさんも、まず座ってからお話しませんか? 粗茶になりますが、召し上がって、落ち着いてお話しください」


 僅かな沈黙を縫って、マートムが二人の間に入る。その気遣いに、アストラルは目礼する。アノンはくるりと踵を返し、テーブルへと向かった。

 追うようにマートム、アストラル、リュートが続く。


 台所近くの壁に寄っていたイルバーとデザイアは座ったアノンの後ろに立った。リュートも同じようにアストラルの背後に立つ。


 タイミングを見計らっていたヴァニスがテーブルに近づき、人数分のお茶を淹れる。立っている男たちにも、「粗茶ですが……」と勧めていた。


 アノンは、アストラルの正面に座る。そして、表情を変えずに切り出した。

「アストラル。僕は、先日遺跡で文字盤を読んできた」


 唐突に何を言い出すと周囲は仰天する。イルバーだけ、まただなと眉をひそめて天井を見上げた。ライオットもいない。アノンを止める者はいなかった。


「それは……」

 答えようとするアストラルにアノンは畳みかける。

「明日、魔神が復活する。君たちに神託を与えている預言者は、僕たちがいた異世界の魔王城にいることも知っている。三百年前に【地裂貫通 グラインドコア】が僕らの世界に渡ってきて、魔神に対抗する力をこちらに送り込むことになっていることも読んできた」


 リュートは絶句する。

 アストラルは無表情でアノンを静観する。


「そんな状況下で、魔物を寄せ付ける体質を抱えたフェルノを迎える宴を開くとはどういうことだ」


 アストラルは、真一文字に結んだ口元を動かすことはなかった。


「なにも言わなくても構わない。

 僕は勝手にしゃべるよ。後ろの護衛に聞かれてもいい? 僕は君たちが秘密にしたいことが何か分からないから、これからべらべらしゃべったら、護衛にも全部筒抜けになるね。護衛の顔を見ていたら、もう言っちゃいけないことを僕はしゃべっていたりするのかな」


 胸元にリボンをしつらえたワンピース姿の女の子が大胆不敵に暴露する。

 アストラルは、息を吐き、微笑する。


「リオン殿とは、まったく違う性格で、驚いてしまいました」

「そりゃあ、別人だ。当たり前だろう」


「アノン様。あなたは、まるで男性のようですね。愛らしい容姿と、華やかな髪色からは連想できない性格です」

「褒めてもなにも出ないからな」


 アノンの背後で、イルバーは(褒めてはいないぞ)と思った。マートムは震えあがり、デザイアとヴァニスはおろおろしている。


「アノン様のおっしゃる通りです。

 私たちも、明日魔神が復活することを知っていて、宴を開きます。しかし、魔神が復活することを知っているのは、一部の者です。ですので、まさか森の民の方に漏れているとは思いもよりませんでした。

 誰が漏らしたか、言わずもがなですね。

 リオン殿でしょう」


「御名答。リオンが預言者から直接聞いている。

 でもね、そんなことはどうでもいいんだ」


(どうでもいいのか!)

 その場にいたアストラル以外の全員が内心叫ぶ。


「大事なことって、魔神を屠ることだろう。

 僕と魔物を寄せる体質のフェルノが魔力が使える環の国の中央部に一緒にいれば、手っ取り早いじゃないか。フェルノが寄せて、僕が魔神を屠ればいい」


 平然と言い放つアノンに、居合わせた者達は開いた口がふさがらない。イルバーだけ、目を閉じて口を引き結んでいた。

 アストラルは動じずアノンを見つめかえす。


「さも当たり前に、簡単におっしゃいますね」

「この世界の魔物に対する基準と僕の基準は違うからな」

「まるで、ご自身をお強いと認識されているようですね」

「強いよ。大蛇の魔物ぐらい簡単に丸焼けにするんだからね」

「それは、それは……」

 

 アストラルは、なんだかおかしくなってきた。微笑を通り抜け、肩を丸めて、口元に拳を寄せてくっくと笑いだす。


「魔神はフェルノに呼び寄せられる。今のまま呼び寄せたら、環の国はぐちゃぐちゃになっちゃうよ。それなのに、なんで……」


 アストラルはアノンに向けて手のひらを向ける。アノンは黙る。笑いをゆっくりと治めて、アストラルが顔をあげた。


「アノン様。現状では、魔神が復活しても、フェルノの体質に引き寄せられることはございません」

 


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