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157/223

154,訪問

 時はさかのぼり、魔神復活の前日。

 アノンのドレス姿のお披露目も終わり、用事の済んだ夕刻。それぞれが明日に備えて、くつろぎ始める。


 アノンはむっすりとふくれていた。

 ドレスを脱いだら、黒いローブ姿に戻れると思っていたのに、服を持っていないと勘違いしたヴァニスに日常着も購入されていたのだ。

 

 砂埃にまみれた魔法使いの衣装は「洗濯します」とぴしゃりと制され、取り上げられた。返す言葉もない。

 女物の日常着だけ押し付けられ、広げれて見れば、ひらひらのワンピース。胸元にリボンを結ぶ仕様になっており、脇から下はゆるくふわりと広がる。膝小僧を隠す程度のスカートに、花柄の靴だけが残された。

 

 幼女ならいざ知らず、自分がこれを着るのかと、手にしたアノンは本日何度目になるかしれない絶望に凍り付く。

 店で口を出さなかったつけの大きさを痛感し、半殺し状態で目をむいた鳥、はたまたうちあげられた魚のような顔になる。

 

 着る服がない以上、袖を通すしかない。渋々着たアノンが、居間へおり立つ。男たちが少し目を見開いたが、アノンの冷たい一瞥にそっぽを向いた。

 アノンは、一言もしゃべらずに、黒々しい雰囲気を放ち、周囲に当たり散らす。


 距離をとる男たちはひっそりと酒を飲む。砂漠の運転手の二人は、アノンたちが街へ出る時に、森に戻っていた。明日に備えて残っているのは、イルバーとデザイアのみ。マートムは二人としみじみと語りあいながら、ちらちらとアノンを横目で盗み見る。イルバーとデザイアは努めて見ないようにしていた。

 男三人、苛立つ少女になんと声をかければいいか分からなかった。


 そんな時、玄関先に誰かがきたと知らせるベルが鳴った。


 太陽は沈み、残光が徐々に引いていく時間帯だ。

「こんな時間にどなたかしら」

「いいよ、私が行く」

 台所から顔を出したヴァニスが玄関に向かおうとするのを、マートムが止めた。台所仕事を止められるより、酒のつまみでも早く出してほしかったのかもしれない。

 頬杖をついて周囲をちらりと見てから、不機嫌なアノンはまた目を閉じた。


 マートムは席を立ち、居室を出る。

 イルバーと、デザイアは、悶々としているアノンを見ないようにしながら、暗がりに沈んでいく砂漠の景色を眺めていた。


 玄関先から、形をなさない人の声が届きその騒めきが消えるなり、マートムが転がり込んできた。


「テーブルを片づけろ! ヴァニス、茶はあるか。台所仕事は後だ。急げ!!」


 マートムの形相に、今まで不機嫌だったアノンもさすがに目をむく。

 イルバーとデザイアはただならない雰囲気を察知し、テーブルの上にあった品々を台所に運び始める。


 ヴァニスは、お湯の準備をしてから、しぼったふきんを手にしてテーブルへと向かう。イルバー達と入れ違い、すぐさまテーブルをきれいに拭きあげた。


「マートムさん。なにかあったんですか」

 テーブルに座っていたら邪魔になると判断したアノンが、問いながら近づく。


「アノンさん、実はな……」


 マートムが口を開きかけたところで、彼の背後に人影が二つ立った。その気配を感じてか、マートムの表情が青ざめる。

 アノンは、何事かと、背後の影を見つめた。

 マートムが腰を低くして横にずれる。


 一人目の男を見た時、ヴァニスが言った。

「リュート様、このような時間に……」

「すまない、ヴァニス夫人。これは忍びでの訪問だ。今日は一日忙しく、約束もないまま訪問し、大変申し訳ない」

 リュートと呼ばれた男が深々と頭を下げる。


「いいのです。リュート殿、これはただならないことであると私にも分かります」

 手のひらをリュートに向けて、マートムはさらに頭を垂れ、腰を低くする。


 イルバーとデザイアは台所側の居室の隅に立つ。

 ヴァニスは、拭き終えたふきんを持ってテーブル横に控える。

 身分の高い人物が急に訪問しているのだとアノンは理解した。


「二人とも頭をあげてくれ」

 澄んだ声が場をうった。


 その清らかな声音に、アノンの視線が引き寄せられる。

 リュートと呼ばれた男の背後に、茶色いフード付きのコートを羽織る者が現れる。前に進み出ると、リュートはマートムとは反対側によけて、頭を軽く垂れた。フードに隠れた面は見えない。


「急な訪問、申し訳ない」

 謝罪とともにフードを剥ぐ。

「明日の宴前に、どうしてもリオン殿と会いたかった。彼ならば、宴前にフェルノのために戻ってくると思ったのだが……」


 艶のある黒髪に静かな意志を宿す黒い瞳をした、美しい青年が現れた。マートムとリュートがよけたことで、居室全体が彼の視界に入ったのだろう。

 いるはずのない髪色と瞳をしたアノンに、彼の視線はくぎ付けになり、瞠目し絶句する。


 何者か分からない彼が口にした、『リオン』という名だけアノンの印象に強く残った。 リオンを知っているなら、フェルノのことも知っていると瞬時につながる。するりと問いが口から滑り落ちる。


「フェルノを知っているのか」


 不遜に話しかけるアノンに、マートムが慌てる。意に介さないアノン。ライオットという歯止めになる人間もいなかった。


「リオンは、森の民の居住地に残っている。リオンの代わりに、こちらに来たのは僕だ」

「リオンの代わり、あなたが……」


 青年は呟く。

 リュートと呼ばれた男もいつの間にか、顔をあげて、まじまじとアノンを見ていた。


(珍獣でも見るような目で見ないでほしいよ)

 

 ふんといつもの太々しい表情で、アノンは腕を組んだ。


「僕は魔法使い【忌避力学 アンノウンクーデター】。

 アノンと呼ばれている。

 フェルノ達と一緒に、こちらに飛んできた者だよ」


 茶色いコートを脱いだ青年は、一緒に訪ねてきたリュートにそれを渡し、流れるようにアノンの前に進み出た。彼は恭しく、アノンに頭を垂れる。胸に手を当てて、微笑する。なかなかの美丈夫だとアノンも値踏みしていた。

 

「初めまして、アノン様。私は【焚刑制御 アストラルインフェルノ】。

 この国の第一王子になります。

 どうぞ私のことは、アストラルとお呼びください」

 

(第一王子? フェルノと同じ立場だね)

 ふうんと値踏みしていると、アストラルはアノンの足元に膝まづいた。


「あなたが、二人目の聖女、アノン様。

 今宵、忍びで訪れ出会えた僥倖に心より感謝致します」

 

 アノンに膝まづくアストラルに、周囲にいた森の民は呆気に取られていた。


(やっぱり、僕も、聖女なんだろうね……)


 やれやれとアノンは嘆息した。

 

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