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153/223

150,誘導

 リオンに従い、ジャンは単車をまっすぐ走らせる。背後の居住区はすでに遠い。


 魔神の攻撃色は衰えることはなく、その尾は矢を仕掛けるリオンへと迫る。天から落ちてくる鉄槌を、ナイフを炎の剣に切り替えリオンは、容赦なく薙ぎ払う。尾はそれるばかりで、狙いに一つも当たらない。それは魔神の怒りの琴線を刺激した。


 魔神を挑発することは、リオンにとって造作もない。涼しい顔で、魔神の尾を蹴散らしていた。


 方や、ジャンは半泣きだった。リオンが魔神に応じているとはいえ、その攻撃が右に左に落ちて、そのたびに巨木が割れ倒れ、地面に大石が投げ捨てられたかのような轟音が響くのだ。

 恐れを抱かずにはいられなかった。


(こんな状況になるなんて聞いてねえよ!)


 ジャンはただ単車を駆っていればいいと思っていた。まさかこんな恐ろしい目にあうとは想像していない。たった一人で魔物に狙われる獲物になり、逃げまどっている気分である。


 無言のリオンが背後で漂わす圧迫感も空恐ろしかった。


(できて当然! みたいな空気でさらっとなんでも要求すんじゃねえよ!)


 怒る魔神よりも、リオンの方が冷血で凶悪な存在にジャンは感じていた。こんな危険な状況さえ平然と(できるだろ)と要求する神経が理解できなかった。





 リオンは涼しい顔で魔神の動向を見つめていた。彼の目的は、魔神を少しでも居住区から引き離すことにある。

 

 ジャンが単車をまっすぐに走らせたことで、魔神の進行方向が少しだけそれた。このまま直進しても、砂漠には至らず、森を斜めに横切っていくことになる。


 魔神の速度は衰えることはなく、ジャンの単車めがけて突進してくる。


 魔神の姿が白日の元へさらされた。遠く離れたライオットの目にも、その姿はくっきりと刻まれた。


(そろそろだな)

 リオンは涼やかに現状を受け止める。そして、前にいるジャンに話しかけた。


「ジャン、止まれ」

「止まる?」

「この単車は空中で止まっていられるよな」

「できるが……」

「しばらく、ここで待とう」

「待つだってぇ!!」


 リオンの意図が理解できず、ジャンは素っ頓狂な声をあげてしまう。リオンはそんなジャンの反応にも冷静というより、無関心だった。


「ああ、待つんだ」

「いったいどういうことだよ」

「魔神を引き付ける。フェルノに引き寄せられるまで、できるだけ居住区からは引き離しておきたい」

「はあぁ!」

「森で魔神と相対すにしても、居住区近辺からは離れていたいだけだ。他意はない」

「そうかよ、そうかよ。ああ、ああ、わかったよ」


 ジャンは悪態をつきつつも、リオンには逆らわない。逆らうことを許さない。そんな冷気を背筋に感じるからだ。


(炎を操るくせに、なんて冷血漢だ!)


 ジャンは単車の速度を落とした。ゆっくりと大きな円を描くように旋回し、今まで走ってきた方へ向きを変えた。魔神が血相を変えて、迫る姿を直視し、思わず「ひぃぃ」と悲鳴をあげてしまった。


 的が動かなくなったと察した魔神が尾をうねらせ、数本同時に空へと放った。


 リオンは最後のナイフをしまい込み。「持っていてくれ」と弓をジャンに預けた。ジャンは受け取ると慌てて、弓を肩にかけた。後部座席では動ききれないと判断し、跳躍するなり、近場の巨木の枝へと飛び乗った。


 リオンは剣を抜き、飛び込んでくる魔神の尾に備えた。






 ライオットとブルースは、森の民の面々が居住区へと撤退する様子を片目で見ながら、進路を斜めに変えていく魔神を傍観していた。


「どうする。ライオット」

「このままでいいよ。まだフェルノに誘われていないから、あっちに行っているんだろう。フェルノに誘われたら、リオンたちなんか見向きもしないで砂漠に向かって行くさ」


「リオンを助けに行かなくていいのか? やられる心配はないのか?」

「どうだろう。リオンがやられたら、俺じゃあ太刀打ちできないだろうしなあ」

 ライオットは、うーんと唸る。

「差し当たって、もっと魔神が近づいてから動こう。こちらから仕掛ける必要もないだろう。無駄な戦いは避けたいしな」


「信頼しているのか。いいかげんなのか。協力する意思があるのかないのか、分からない関係だな」

「昔からこうだよ、俺たち。ただ、いつも俺の方が先陣を切るから、俺とリオンの立場が逆なんだよな」

「危機が迫っているはずなのに、無駄口叩く余裕があるってどうなんだろうな」

 くくっとブルースは笑う。


「いいんじゃない。ほら、魔神はリオンたちに向かって行く。すごいな、鋭い尾っぽを振り上げたぞ」

「高いな」

「あんな天高くよく伸びるよな、あの鞭なのか棒なのか、よく分からない尻尾」

「まったくだ」

「ここからもリオンの戦いぶりが見えるから、ひとまず観戦してようぜ」


 無理に魔神へ突っ込んで、居住区近くへ引き寄せる必要はないのだ。今はリオンたちのいる位置まで魔神が引っ張られていく方が望ましかった。


 リオンと同様、ライオットも、もし魔神と戦うことになるなら、できるだけ居住区から離れた地で対峙したかった。





 その頃、砂漠側の渡し場では、コラックが荷台に単車用の燃料を載せていた。ほんの少し前に、頭上を大きな影の魔物が森の上空へ飛び込んでいった。影の魔物が森へと飛んでいく様を初めて見た。

 異様な状況を予感させるには十分だった。


「魔神や魔物が来るのか……」

 森の際にある砂漠の渡し場で、高い樹上を見上げながら、運転手と運転手見習いは息を潜めて出発の時を待っていた。





 リオンの頭上に魔神の尾が降ってきた。腰の業物に手をかける。リオンはあえて、フェルノから預かった剣の柄に手をかけた。


(試してみるか)


 リオンの剣は、フェルノの護衛についた際に将軍から譲り受けた品だった。それはそれで平民の身分からしたら十分すぎる品だ。


 フェルノから預かった品は、これをはるかに凌駕する一級品だ。おそらく国随一の鍛冶師と魔術師として高名な伯爵家の名工が手掛けた逸品である。


 暗殺しろと命じながら、真に暗殺する意思はない。追放しておいて、一流の武器を与える。異世界まで飛ばすにしても、護衛付き。


(なんて事前準備の良い、予定調和的な追放か!)

 

 三百年前に異世界からやってきた人間がいた。あらかじめ決められていたようにリオンとフェルノは召喚された。環の国は魔王城とつながっている。魔神の存在だとて、人間の国は魔物の国と結託し、すでに知っていたと考えるが妥当。

 リオンは、矛盾する糸をつむぐ。紡ごうとしても紡ぎ切れない。今も分からないことがたくさんある。


(それでも、俺たち四人で魔神を討伐することになるなら。勇者が本当に討伐する相手は、最初から魔王ではなく、魔神だったということか)

 

 始めから、敵は魔神【凶劇 ディアスポラ】だった。

 差し当たって、その結論に至れば、黒騎士リオンに迷いはない。


 長剣に火炎を灯し、降り落ちてくる魔神の尾を蹴散らした。

  




 その様を遠くで見つめるライオットとブルースは歓声をあげた。

「さっすがリオンだな」

「あの炎の大きさはなんだ。アノンの武器とそん色ないだろ」

「だろ。やっぱりリオンがいれば、俺の出番なんかないんだ」

「ジャンもあんな強い奴と組んでたら、余裕だろうな」

「今頃、安心して、リオンに任せて悠々と観戦しているんじゃないか」

 リオンの演武を楽しむ観衆は他人事のように楽しむ。


 ライオットは頭部に両手を添えて、へらっと笑う。


 背後で火柱が立った。居住区を包む炎が高く燃えさかる。

「あっちも、やっているな」

 アノンの炎が居住区を包み、人々を守っていた。




 

 ジャンの目の前に、幾本もの魔神の尾が落ちてくる。跳躍したリオンが、火炎を纏う剣を振り裁きなら、木々の枝を足場に跳躍し、躍るように、切り散らかしていった。


 左右の木々や地面へと、魔神の尾は轟音を轟かせ、突き刺さった。


 ジャンは震えあがる。ぐっしょりと背は濡れそぼっていた。リオンが一度でも外せば、その一撃を身に受けるかもしれないのだ。


(目の前でこの斬撃は寿命が縮む!!)

 顔色は真っ青で、口元はひくひくと引きつっていた。


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