149,駆け抜ける
背を低くしたジャンは必至の形相で単車を駆る。背後にいるリオンは涼しい表情でアノンが残したナイフの矢を放つ。
ナイフは空中で矢に変わり、勢いを増し魔神の頭上に飛来すると、大きな爆音とともに爆ぜた。その度に、魔神は炎に巻きこまれて、忌々し気に炎を掻き散らかした。魔神の激しい動きに、炎は霧散する。周囲に散り散りになった炎は木々に燃え広がることなく、消滅していった。
炎がかき消えても、魔神の瞳に宿った激情の火は消えない。むしろ爛々煌々と怒りに震えた。
炎で一時足止めを食っても、すぐさま魔神は駆け出す。その尾もまた高らかと天に突き抜けてゆく。
太陽さえも串刺しにするかの如く伸びた魔神の尾は、頂点で屈曲し、ちょこまかと飛び退る一点を目指して突き進んだ。
狙いは正確無比。ジャンの単車の真上に落ちる。
新たに握ったナイフへ魔力を通したリオンは、燃える刀身を生み出した。アノンの魔力で補完された刀身は大きな炎を纏い燃えさかる。
落ちる魔神の尾に向けて一振りすれば、大きな炎の傘を作った。揺らぎながらも炎は硬質な膜となり、落ちてきた魔神の尾の先端を受け止める。焼け焦げる音と臭いを放ちながら、尾は狙いを逸らされ、単車の横へ、後ろへと、無意味に落とされた。
地上に尾が落ちるたびに、地面が吠え、木々が悲鳴をあげる。
リオンの攻撃は魔神の頭上で爆ぜるのに、魔神の攻撃はすべてリオンによって阻まれる。魔神からしてみれば、理不尽この上ない。
忌々し気に荒ぶる魔神は、駆けながらも、歯をむき出しに、喉を低く鳴らし続けた。
尾の一撃がかすりもしない。コバエはからかうように逃げおおせる。魔神の怒りはいよいよ激しくなってゆく。
魔神は速度をさらにあげて疾走する。尾が届かないなら、叩き落してやろうと、火の玉を飛ばして動く小物を目で追いかける。
巨木を薙ぎ払い、踏み込まれた水辺からは高い水しぶきをあげながら、地響きを立て、魔神は大地を踏み進む。
周囲に、どごん、どごんと硬質な物体が落ちる音がしても、ジャンは瞬きもせずに前だけを凝視し続ける。
ジャンの目前に森の民の居住区が迫る。懐かしいなどと気を取られている余裕はない。居住区の樹上を横切ろうと単車を更に加速させた。
アノンが残したナイフは後一本しかない。リオンは、その最後の一本をどのように使うか決めていた。居住区の樹上を目指す最中、リオンはジャンに話しかけた。
「ジャン、このまま、真っ直ぐ進め」
「居住区を横切るのか?」
「そうだ。そして、ひたすら俺が引き返せと言うまで直進してくれ」
「ああ、わかったよ」
投げやりに返答する。
そんなぞんざいな態度と声音でも、ジャンは役目を必死でまっとうするとリオンは信頼していた。
(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう)
ジャンは内心悪態を繰り返す。
(簡単になんでもやれって、こいつに恐怖ってものはないのかよ!)
不満を抱いても、口にはしない。負けず嫌いな性分であるジャンは、出来ないとは言わない。
「やってやる。やってやるさ」
玉の汗を光らせながら、ぎりぎりと奥歯をかみ合わせれば、割れんばかりに奥歯はきしんだ。涼しいリオンとは裏腹に、ジャンは意地で単車を駆っていた。ジャンはギリギリと締められる緊張感に耐えながら、全速力で走り抜ける。
前しか見ていなかったジャンに、樹上のライオットの存在は視界に入らなかった。
余裕のあるリオンだけが、樹上で構えるライオットの存在を認知した。美しい白銀の粒子を散らしながら、ライオットは樹上の先端に捕まっていた。
リオンはそのままジャンとともに飛び去った。ライオットが魔神の尾に槍を突き立てたのは、その直後である。
ブルースとともにライオットは空に駆り出した。遠くに見たこともない巨躯を視認する。
「あれが魔神か!」
ブルースが驚嘆した。ライオットはちらりと魔神を見てから、直進していくリオンとジャンの背を見つめた。二人の背はどんどんとちいさくなっていく。追いかけるように魔神の尾がなんども弓矢か槍のように二人を襲っている。
「どうした、ライオット」
「いや、リオンとジャンが向こうに行ってしまって……」
ライオットは、どこに向かうべきか迷った。このまま、リオンを追いかけるべきか否か。合流して、魔神と相対すと思っていただけに、とるべき行動を見失ってしまう。
魔神はリオンとジャンを敵視し追いかけていた。ライオットとブルースはまだ標的として認知されていない。
「ブルース、俺達もジャンとリオンを追うか?」
「どうする? しばらくは魔神にこちらには向いてほしくないんだが」
「向いてほしくない?」
「魔神が現れたら、罠を見張っている面々が居住区に撤退することになっているんだ。さっきの居住区の一部を破壊する一撃で、森に散っていた仲間は全員戻るはずだ」
「罠を捨てて撤退するのか?」
「ああ。俺たちが森に残って、直進する魔神の進路上にいたら、ライオットもリオンも気になるだろう。だから俺たちは、その時点で罠を放棄し、撤退すると決めていた」
森の民の判断にライオットは目を見張る。
「そんなことを考えていたんなら、俺たちにも教えてくれよ」
「二人には、自由に行動してほしかったんだよ。俺たちのことは俺たちで何とかする。魔神をどうにかできない俺たちは、足手まといや足かせになっちゃいけないだろ」
「すげえな」
ははっとライオットは笑った。
「ならさ。俺たちは、森の民の面々が居住区に戻れるまで盾になるか」
「いいのか」
「いいさ。どうせ、環の国は後ろにあるんだ。リオンたちもいずれこっちに戻ってくるよ」
「余裕だなあ。じゃあ、どこに陣取る?」
「罠の際あたりに行こう。円形に張っている罠の魔神側の端っこで、あの鞭が飛んできて、誰かに当たらないよう守るぞ」
「本当に、いいのか? リオンたちを追いかけてもいいんだぞ」
「いいさ。どうせ、飛んでったのも、魔神をそっちに寄せて、森の民の居住区から離すためだろ。また戻ってくるさ」
「気楽だなあ」
「緊張しても、仕方ないよ」
「さっきはあんなに張りつめてたのに、リオンが戻ってきた途端、余裕になるって、どうなんだよ」
「一人よりは心強いんだよ。リオンはめっぽう強いんだ」
「ああ、そうかい。じゃあ行くぞ」
目的が決まり、ブルースは単車を走らせる。罠の端に向かう途中で、居住区へ向かうラディ隊三人とすれ違った。




