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148,再会の期待

 学園長らは王家の挨拶へと向かう。フェルノは彼らの背を見送り、新たな人々がのぼってくる足音に耳を澄ませた。


 心音が高くなる。王城に直接訪ねて来るより、アノンかライオットが、このような宴を利用して会いに来てくれることを期待した。

 

 しかし、階段をのぼってきたのは年配の男女だった。少女となったアノンも、金髪のライオットもいない。


 半歩前に出たフェルノは目を剥く。

 年配の男女は、他の人々と同じように司祭と言葉を交わす。聞こえてくるのは、他の区長と同じような賛辞だった。


 最も可能性が高いと思ったアノンがいない。しかし、アノンなら、階下にいた段階で周囲の注目を集めていたはずだとフェルノは結論付ける。

 紫の髪の少女など、異世界からきたことを証明する色彩だ。


(目立つことを避けて、この場を避けたか。他にこちらに来る手段があるのか。ないともあるとも言えない。分からない。信じて待つだけではダメだったのか)

 フェルノの頭の中で疑問が飛び交う。


 森の民の二人は司祭との挨拶を終えて、フェルノの元へと進み出た。

 彼らはフェルノに「マートム」「ヴァニス」と名乗った。


 フェルノはショックを顔に出さずに応じた。

 アノンとライオットという名を王城では明かしていない。横に神官がいるなかで、この場で突然二人に訊ねるのもどうかと、フェルノは口をつぐんだ。

 ただ一言、「リオンは、こちらには戻ってはいないのですか」と訊いた。

 マートムは「まだ、戻っておりません」とだけ答えた。


 アノンやライオットが現れないどころか、リオンさえも戻っていない。顔に出さずとも、その事実にフェルノの内心青ざめる。


(魔神が復活する状況下……、力のない私はどうしたらいいのだ)

 急に体の力が萎えた。立っていることもつらく感じた。


「座ってもよろしいでしょうか」

 隣にいたリュージョン神官にフェルノは問うた。


「かまいません。長い挨拶のため、お疲れになられたのでしょう」

 了解を得るとフェルノは力なく、椅子に座り込んだ。


 謁見時間は終わり、森の民の方々も階下へと降りていく。場には、関係者しかいない。フェルノの顔に疲れが滲んだ。


 疲労感に目を閉じ、神官に問う。

「挨拶が終わりましたら、なにか大事な発表があるのでしょう」

「さようでございます」

「その間、私はこの椅子に座っていても、差支えはないのですね」

「はい」


 気分は優れない。裏切られた期待に、今まで押し込めていた緊張が解ける。


 リオンどころか、いまだアノンやライオットの手掛かりもないことに、フェルノはうちひしがれる。そんな感じ方をしている自分にも驚きを覚えていた。


(こんなにも、待ち望んでいたのか、私は……)

 人に頼る弱さを痛感し、居心地が悪くなる。


 魔力を失い。剣さえ抜けなくなった。アストラルに助けを求めた。リオンを旅立たせもした。出来ることは為したと思っていた。


(足りないことがあったろうか)


 振り返っても、出来ることはしたという自意識だけが顔をもたげた。


 座り込んだフェルノをよそに、宴前の式典は続く。


 王が人々の前に出る。ちょうどフェルノの目の前に立ち、その背がよく見えた。


 その時、フェルノの背後で、場に不釣り合いな、ごとごとという物音が鳴る。横を向くと、大きな鏡を持ち運ぶ者たちがいた。彼らはその大鏡を司祭の横へと運んだ。


「この晴れやかな日に、我々は聖女を迎え入れることができた。

 そして、この日を信じ待っていてくれた環の国を支えるすべての国民に私は感謝する」

 王が語り始める。


「三百年前、我々はこの水辺に集い、共に手を取り、長い年月をかけて現在の姿まで復興を果たした。百五十年前、この垂れ幕に誓った祖先たちの想いを私たちは継承している。


 その誇りを胸に刻み、日々の糧に感謝し、日々の平和に感謝し、残された希望を絶やさないことを使命として受け継いできた。


 環の国は、教会の祈りにより、砂漠の魔物から守られている。どんな狂暴な砂漠の魔物であっても、祈りがある限り、環の国に入り込むことは不可能である。


 国教は、国の安寧を維持してきた。

 その価値はこれからも変わらない。神官は、祈りを捧げ、この国を魔物から守り続けるだろう」


 王はそこで一度言葉を切った。

 拍手がわき上がろうとするところを、片手をあげて止める。


「国教は、数多の神託を伝え、この国の発展に寄与してきた。


 各区の長ならば、もたらされた神託により、新たな技術を生み出すきっかけになった逸話を両手に数えるほど思いつくだろう。

 神託は、我が国の復興を支えてきた」


 フェルノは顔をあげた。ただならない気配に、王の背を凝視した。


「これより、語ることを心して聞いてほしい」


 王は一呼吸置く。


「今後、環の国に、神託は、失われる」


 会場中に小さなささやき声のさざ波がわく。


「繰り返す。

 本日をもって、環の国から神託は失われる」


 重ねて念を押した王の言葉に、ざわめきがうなりのぼる。

 

「神託は魔神の復活を伝え、そのために必要な聖女の召喚を導いた。神託をもたらす預言者は、古からこの日をもって予言が失われることを伝えていた。


 故に、我々に技術の閃きをもたらすきっかけのみを示し、思索し探求するのは我々に任せてきた。すべては、魔神復活をもって、神託が失われることを前提にしていたためだ。


 我々は研究都市を発展させた。神託はなくなれど、優秀な研究者は誕生している。

 近年、技術開発に対する神託が減っていることは肌で感じていたことだろう。

 神託は、この地にほおり出された私たちを導く、父の言葉だった。その言葉は失われても、我々は神託の導きにより、考える道を示された。

 今後も、自ら考え、自ら試し、過去の伝説のように残された産物を、蘇らせるために努力し続けよう。


 神託に導かれる幼子の時代は終わるのである」


 場がしんと静まり返る。


「最後の神託を伝える」


 王の静かな言葉に、息をのんだ。フェルノでもわかる。これは環の国の転換点だ。


「召喚された聖女は、二人、いる」


 ざわめきが再び沸き起こった。

 フェルノの腰が椅子から浮いた。


 王妃とアストラルの背後にある円形の扉が開く。

 開く扉に合わせて、王妃とアストラルが左右によける。


 フェルノは震えた。待ったかいがあったと胸が躍った。やはり、森の民から駆けつけてくれた者がいたことに喜びを感じ、身震いした。


 開いた扉から出てきたのは、薄紫の髪を結った、眼光鋭い紫の瞳の愛らしいドレスを纏う少女っだった。彼女は、ふんっと生意気そうな表情を浮かべる。


「来てくれたのか」


 アノンらしい仕草が懐かしい。出会えた悦びに、フェルノは震えた。


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