147,一撃
ライオットはさらに上に登っていく。枝葉には細く白い筋が張り巡り、触れると魔力の冷気が指先にひんやりと伝わってきた。凍るほど冷たくはない。
樹皮にからまる氷結魔法をなぞりながら、樹上を目指す。最上部から周囲の様子を見たかった。
影の魔物はサイクルに任せた。ブルースには下方の魔物への応じ方の伝言を頼んだ。
アノンがナイフに残した魔力がライオットの僅かな魔力を起爆剤に発動し、樹上を守っていた。
(俺は一人じゃない。一人ではないんだ)
後方から感じる熱気がライオットを煽る。包み込み、支持するように。『そうだよ』と無言の肯定を与えるように。
アノンが去り、リオンもいなくなった。心細かった。いつも強い者と行動を共にし、誰かを信頼し、頼ってきただけに、一人でたくさんの人を守るなんて、本当はとても怖かった。
そんな気持ちを察したブルースは、重圧を和らげてくれた。
それだけじゃない。見知らぬ土地に投げ出され、食事と寝床を提供してくれた。アノンが茫然自失して、突拍子長くなり、支えなくてはいけなかったときも助けてくれた。サラも、イルバーも誰もが助けてくれた。
森の民には十分すぎる恩があった。そんな助けてくれた人たちを、助けられる力を備えていることにじんわりと胸が熱くなる。
ライオットの芯が痺れ、じわじわと肚を駆け上り、脳天まで震えた。熱くなる両眼が潤む。
(やべっ、泣きそう)
打ち震えるライオットの表皮を魔力が薄く這いのぼる。ぴりぴりと心地よいしびれを皮膚感覚で味わえば、頭皮までたどり、毛先まで浸透する。
満たされたライオットが一歩を踏み出す。体を一振りするだけで、きらきらとした粉雪のような魔力が溢れ散った。
駆け上る速度は衰えず、魔力が充満するごとに早くなった。
最後に枝を踏みあげる頃には、ライオットの体は魔力で充満し、半透明な朱の世界に白銀の雫を振りまくように輝いていた。
魔力に満たされた体で樹上に躍り出たライオットは、いつもより飛躍的に高く飛べていることに驚いた。
人を想い。守りたいと願う時に、あふれる力の質量に震撼する。限界と自認していた堰が決壊し、奥から魔力が溢れてくる。
森の民を守る。居住区を死守する。誰かのために、見返りを求めず、投げ出す。自分のために力を使い切った果てに、誰かのために力を使う。そんな心の在り方だけで、魔力の振れ方が違うのかと驚く。
(俺、こんなに誰かのために戦ったことなかった)
魔物と戦うのは騎士としての仕事であり、フェルノの護衛としては当たり前だった。給料をもらうために、魔物を屠っていたと言ってもいい。
自分のためであり、与えられたものをこなすだけだった。出来なくても誰かがフォローしてくれる安心感も背後にあった。
今は誰もいない。ライオットが矢面に立ち、責任を負っている。そしてそれをちゃんと背負っている自分に、改めてライオットは驚くのだった。
(ここまで俺を引っ張ってくれたのは……)
脳裏に浮かぶのは薄紫の髪を揺らす、不満そうな表情の魔法使いだ。ライオットの目元が歪む。
(畜生! 思い出す時ぐらい笑ってろよ。絶対に笑ったら可愛いのに……)
赤い魔力の炎は細くなり、ライオットの背後ですでに消えかかっていた。
青空に目を向けた。太陽とは違う輝きがキラリと光る。
ライオットはその光に顔を向けつつ、槍を持たない手で大樹の頂点を掴んだ。両足を屈し、幹の頂点部分に足をかける。細い幹の先端はライオットの重さで屈曲し、しばらくの間、その重さにしなっていた。
ライオットの両眼が見開かれる。
光の実態が露になる。まるで流れ星がライオットのめがけて直進してくる勢いで迫ってきた。
ライオットは両足に力を籠め、体を縮め、力を溜めた。枝がライオットの重さで、ぐんにゃりと曲がり切った瞬間、再びライオットは跳躍する。
ライオットに蹴り飛ばされた幹の頂点は大きく揺れた。
空中でライオットは槍の柄を両手で握りしめた。歯を食いしばり、体を大きくひねり上げる。槍の白刃に魔力が込められ、白い粒子を飛ばしながら、光り輝く。
空から迫るそれがなにかも分からないままに、ライオットは直進するそれに狙いを定める。
それとは魔神の尾である。魔神の尾が硬質化し、一直線に迫ってきた。
見知らぬ攻撃にもライオットは柔軟に対応する。それが魔神の一部であるなどと考える間もなかった。後方の居住区に突き刺されば、被害が出る。それを防ぎたいがために、体の方が先に動いていた。
細く長い魔神の尾に槍の先端を叩きつけた。緑の硬質な得体のしれない物体に槍先が突き刺さる。
魔神の尾に槍の衝撃が加わると、地上へと突き刺さる方向がわずかにずれた。
突き刺した槍は尾の勢いに押された。槍を掴むライオットは体ごと後方に押し返される。
ぐっと奥歯を噛んで、空を見上げた。横切っていく逆光を受ける影を目撃する。ライオットの脳裏に人名が浮かぶ。
(リオン!!)
ライオットは両手で柄を掴んだまま、魔力を込めた両の足裏を硬い魔神の尾に押し付けた。両手で柄をぐっと握る。屈した膝をばねに、槍を抜きつつ、飛んだ。
横にあった居住区に、転がり落ちる。
魔神の尾は、ライオットの足の力で方向をまた僅かに逸らした。そのまま、下方の居住区の一部を破壊し、地面に突き刺さる。
ライオットは態勢を整えて、その硬質な物体が目の前で地面に突き刺さる様を睨んだ。地面に突き刺した魔神の尾は一瞬停止した。直後、硬質で直線的な細長い棒がしなる。柔らかい縄のように波打ったかと思うと、上下に揺れる。一気に天空へと消えていった。
ライオットは肩で息を繰り返した。ぶるっと身震いする。
緑の鞭を扱う魔物など見たことがなかった。こんな新たな、見たことがない攻撃を仕掛けてくる魔物。帰ってきたリオン。つながれば、答えは一つしかない。
(魔神がきた!)
下層の居住区の一部は破壊された。ライオットは今、中層あたりにいる。
(上方に戻り、ブルースと合流しなくては!)
空を見上げると、目の前に単車が一台現れた。乗っているのはブルースだ。
ブルースは、尾に槍を刺し下方に落ちていくライオットを見止めて、駆け付けたのだ。
「そろそろ、行くだろ。ライオット」
ライオットの横に降り、ブルースはにやっと笑った。ライオットもすぐさま後ろに座る。
「行こう! 魔神がきた。リオンも戻ってきた。俺たちの、本来の役目を果たすぞ!!」
ライオットの掛け声とともに、単車は空へと駆り出した。




