144,衝突
びぃぃんと極限まで張られていた枝が跳ね飛ぶ。ラディ隊が監視する罠に、蜥蜴がかかった。
片足を絡めとった鎖が蜥蜴の足を締め上げている。自由がきかなくなったことに苛立った蜥蜴が、体躯をよじらせ鎖を引いた。
足にからむ鎖が肉に食い込む。蜥蜴が吠える。もう一頭の蜥蜴がのし上がり、罠にかかった蜥蜴の頭部を抑えこんだ。
鎖に片足を絞められ、頭をもおさえられた蜥蜴が身体を左右に振り乱す。左右の木々に体を打ちつけると、ラディたちが立つ木々もその振動を受け揺れた。
サライとファブルは困った。これでは罠にかかった蜥蜴を狙撃用散弾銃で狙えない。一頭しか屠れないにもかかわらず、二頭がもみ合っているため、狙いを定めきれない。
それでもいつ何時、チャンスが来るか分からない。子どもの身の丈ほどあるずっしりとした狙撃用散弾銃をサライがいつでも引き金を引けるように肩に乗せ構える。
ファブルは、次弾の装填準備と状況判断のため、すぐ横で息を殺す。
ラディが動いた。近くにとめていた単車に飛び乗る。すかさず駆り出し、まっすぐ二頭の蜥蜴の眼前に躍り出た。
二頭の目がハエを見つけたかのようにラディを見た。
ラディは蜥蜴の目の前を走り抜けた。動きに誘われ、のしかかっていた蜥蜴が体をひるがえした。罠にかかった蜥蜴は体の一部が拘束されており動ききれない。
ラディは単車を駆る。一度ぐっと地面ギリギリまで低空飛行し、追ってくる蜥蜴の片足が伸びるか伸びないかと言うところで、上空に浮かび上がる。
蜥蜴の前足が振り上げられた。叩くように振り下ろされる。
ラディはハンドルを振り切った。急旋回し、向きを変えて直進する。目前に迫る大樹が現れるなり、ハンドルを引きながら、僅かに斜めに傾ける。単車は大樹の幹に沿いながら、上方に向かい走り出す。
ラディの背後で、どおんと蜥蜴が振り上げた前足を地面に叩きつけた。空振りした怒りをたたえた両眼がギラリと光る。
蜥蜴はラディが昇る巨木に向かって体ごと襲いに行く。どおんと巨木に体当たりをした。
吠える蜥蜴はラディを見送る。蜥蜴は木を登ることができない。
サライは肩にのせた狙撃用散弾銃の照準を合わせる。
のしかかっていた蜥蜴がいなくなり、頭が軽くなった罠に足を取られている蜥蜴が頭部を高らかともたげた。
その首元に向けて、サライは狙撃用散弾銃の引き金を引いた。どおんとくぐもった音が響き、硝煙が銃口から昇る。
首元が吹き飛んだ蜥蜴は、頭と胴がばっくりとあき、そのまま四足を千鳥足のようにふらつかせて、倒れこんだ。
幹に沿って浮かび上がったラディは、樹上へと躍り出る。
第二の罠に魔物がかかったなら、最も居住区に近い罠へと移動する。ラディはハンドルを切り、サライとファブルと合流するために単車を居住区側へと向ける。
木々の頭が並び、そここで波打つように盛り上がっていた。蜥蜴だけでなく大蛇も迫っているとうかがい知れた。
(どっからわいてくるんだ。こんな数の魔物が!!)
忌々しく思っても、ラディたちにできることは限られている。二人の元へ戻るため、ふたたび木々の中へもぐりこもうとした時、居住区の砂漠側の空が黒ずんでいるのが視界に飛び込んできた。
(あれはなんだ)
今まで見たこともない光景に驚きながら、森の中へ飛びこんだ。
サイクルは本当に影の魔物【闇黒 イリュージョン】が近づいてきたことに仰天した。
「影の魔物がなんで本当にくるんですかあ」
情けない声を出して、親方に縋り付く。
親方は、飛んでくる影の魔物を凝視した。
「あれに、これをぶっ放すんだろ」
アノンが加工した狙撃用散弾銃は金属製の三角形の足場に支えられている。向きは固定され留め金で容易に角度を変えられるように細工していた。狙いを定めやすい土台を作った親方本人は、留め金を外し、銃口を空に向けてから、もう一度留め金を戻した。
青と黒のまだら模様をうねらせる空に向かって銃口を突きつけた。
「親方ぁ、どうしましょう」
「俺たちはあいつに飲まれるまで待つんだろ」
くいっと親方は顎で影の魔物を示した。
サイクルはあわあわと慌てふためく。ライオットに強い姿勢を見せれても、現実に魔物を前にすれば、腰が抜けそうだった。
ブルースは、金属製の三角形の足場の留め金を外し、狙撃用散弾銃を足場から切り離した。居住区の大樹真下に撃つなら、外さなければ撃つことができない。
「私、ここの担当の人を呼んでくるね」
サラはそう言って、居住区の中央に向けてかけて行く。その背を見送ることなく、ブルースは狙撃用散弾銃を肩に担いだ。一人で操作するのは初めてだった。実戦ではいつも誰かが一緒にいた。デザイアでもジャンでも、誰かがいたのだ。
(できるのか? できるのかじゃないな。やるしかない、か……)
一人で操作するのは、訓練でだけだった。
再び居住区の幹に魔物が体当たりしたのか、居住区全体が揺れ動いた。
振動にびくともせずライオットは枝葉を睨む。幹が揺さぶられる動きに重なって、より激しく枝葉が揺らぎ始めていた。
(なにか、潜んでいるな)
おおかた大蛇だとライオットは睨む。
サラはブルースに場を任せ、森の民が集まり、肩を寄せ合って座り込む間をかき分けて、左右を見ながら歩いていた。
(どうしよう、見つからない)
その時、サラの頭上でかさりと葉がすれる音が聞こえた。そんな音は珍しくもないのに、上を見てしまったのは、足元に葉が一枚落ちてきたからだった。
枝葉が荒ぶっていた。左右に大きく揺さぶられている。
(何かくるの?)
周囲の人々も異変に気付き、枝葉の様子を凝視する。
ライオットは、踏み出した。槍の柄を握り直し、背後に引く。
枝葉が強く揺さぶられるなかで、再びどおんと居住地が揺れた。
サラが樹上を仰ぎ見た時、鋭い両眼が葉陰に光った。背にざわっと悪寒が走ったかと思うと、両足が硬直した。
(なにかいる)
魔物が頭上に現れるなど誰も思っていなかった。
サラは(みんなに知らせなくてはいけない)と思っても、声さえ出ない。
突如、樹上の枝葉を分け入って、大蛇が躍り出た。
悲鳴をあげる間もなかった。立っていたサラに大蛇は大きく口を開く。
真っ赤な口内に白い尖った歯が並ぶ。ひときわ目立つ尖った犬歯。その手前から口外に垂れる舌。大蛇の直進する勢いにより後方に煽られている。
サラの両眼が見開かれる。
(食べられる)
死を覚悟した時だった。
後方から、声が飛んできた。
「サラ! しゃがめ!!」
駆け込んだライオットは、跳躍する。
樹上に垣間見えた大蛇が出現し、人々に向かって大口を開ける。その狙いの中心には、ライオットが世話になった人が立っていた。
「サラ! しゃがめ!!」
びくっと肩を震わせたサラが両手両腕で頭部を抱え込んだ。膝をわずかに屈し、身を守る態勢をとる。
大口を開けた大蛇とサラの間にライオットは割り込んだ。身を下げて、両手で槍の柄を握りしめた。槍に注ぎ込んだ魔力が氷結する。居住区全体に重い冷気が垂れこめた。
突如、大蛇の動きが止まる。蛇の胴体がピンと張りつめた。ぐんと胴体が引っ張られたことで、蛇の口が閉じた。
ライオットは、意に介さず、槍を突き出す。槍先から伸びた細い氷の先端が、大蛇の額を刺す。
そこから注がれる魔力はすべて氷となって、大蛇の顔面を覆いつくした。




