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146/223

143,狼煙

 ライオットは目を閉じた。体内からあふれる魔力を体の先まで浸透させる。金髪の毛先が風もなくふわりと浮く。艶っぽい光沢が流れた。太陽を思わせる髪色は陽光を得て、精気を振りまく。


 ライオットが左右に大きく頭を振れば、光の粒子が彼の顔周辺に舞い散った。正面を向き、静かに深呼吸を二度繰り返す。散った光がふるふると足元へと落ちていった。髪は柔らかく、凪いで、落ち着きを取り戻す。


 両眼を静かに開いた。


 ライオットは分かっていた。戦闘前は静かだと。アノンの罠をかいくぐった魔物は着々と近づいてきているに違いない。一度、何かが現れれば、堰を切ったようになだれ込むと予想できた。


 魔物が息を潜むひと時の静寂。


 ライオットは息を大きく吸った。両足を軽く開き、大樹の枝ぶりを凝視した。




 その時、森の彼方から轟音が鳴り響き、火柱が天を突いた。

 サイクルと親方は顔を見合わせ、視界の端に見えた火柱へと体を向けた。

 サラとブルースはばっと振り向き、巨大な火柱を確認した。

 焚火を囲んで談笑していた者たちが、一斉に黙った。

 子どもは母親の元へと駆け寄る。

 女たちは、竈の火を消しにかかった。

 ライオットの碧眼は、変わらず樹上を凝視していた。 




 その火柱を居住区より間近な位置で、ラディ隊は見上げる。赤々とした炎が天を貫く勢いに飲まれた蜥蜴が樹木の上まで飛び上がった。木々や生き物にはなんの影響も与えないままに、炎の中で魔物だけが熱気で踊り狂う。渦中にて、焙られる蜥蜴は表皮から肉、はては骨までただれゆく。


 地震かと思う揺れが続く。地面を叩きつける足音が太鼓のように連打される。振動は徐々に大きく近づいてくる。


(来るか)

 ラディは背を幹に押し付け、揺れに耐えて踏ん張った。


 魔物が歩きやすい僅かな隙間を備えている空間に罠は仕掛けられる。どこにでも設置できるものではなく、巨木の森の中でも、低層でしなりの強い木がそばにある地点が選ばれる。


 森の民の居住地周辺の罠の仕掛けやすい地点は常に確認している。隊で動く森の民は、各隊が情報を持ち寄り、屠り方、罠の仕掛け方、仕掛ける頻度などを検討し、常に怪我人や死者が少なく、効率よく魔物を狩る方法を模索していた。


 知恵と経験、工夫と信頼、それが魔物を狩り続ける森の民の資源だった。優先するは生き残ること。突出した強い者もいない。

 狩りに高揚感や万能感はない。巨大な命とのやり取りを前にすれば、いかに人間がちっぽけか思い知らされる。


 地響きが絶え間なく続き、迫ってくる。サライとファブルは、子どもの身の丈はある狙撃用散弾銃を持つ。各隊の面々は、常にどの武器も一人で扱える訓練を積んでいる。が、狙撃用散弾銃だけは二人一組で扱うことを現場では義務付けていた。


 サライとファブルは、揺れに耐えながら、武器の扱いに細心の注意を払っていた。振動で手もとが滑り、装弾や本体が落ちないように気を配る。


 巨木の間に蜥蜴の魔物が現れた。直進するスピードは速い。煌々と光る双眸が、二つ折り重なるように現れた。

 蜥蜴の魔物【切断 ウロボロス】が二頭、覆いかぶさるように先を争って走り込んでくる。


(二頭か。ここにある罠は一頭分しかないというのに!! うまくどちらかでも引っかかってくれ)

 

 今までに経験をしたことがない状況に、ラディはただただ幸運を願うしかなかった。







「親方、火柱あがっちゃいましたね」

 とうとう四つ目の罠も消え、サイクルが呻く。どんどんと守りが薄くなることに、じわじわと不安を感じ始めていた。


「始まったな」


 親方は静かだった。備えられた狙撃用散弾銃に手をかける。

 落ち着いている親方の経歴をサイクルは思い出した。


「昔は単車駆って、魔物を狩っていたんですよね。親方」

「ああ」

「腕がなりますか」

「まさか。俺は怪我で引退してんだ。二度とこいつをぶっ放すことなんてないと思っていただけだ」


 そう言うと、砂漠の彼方を見つめた。

 ライオットにしか見えなかった黒い糸状の影の動きが、いつのまにか太くなり、二人の目にも見えるようになっていた。


「生きている間に、砂漠の上にあれだけの影の魔物がうねり狂う様を見ることになるとは思わなかったな」

「迫ってくるんでしょうかね」

「魔物の気配がぷんぷんしているんだ。来ると考えるのが妥当だな。来なきゃ来ないでこしたことはない」


 揺らめく影が一体、ぐんっと急に大きくなった。その細長いはずの影の魔物が蛇のようにうねりながら、急に森へと迫ってきた。 

 

「来るか!」


 その時、どごんと大きく木が揺れた。地震かと思うよな揺れに、ぐわんとサイクルは揺すられて、しりもちをついた。

 親方は両足を踏ん張って、耐える。


「悪いことって、どうしてこう、重なるもんかね」

 軽々しい口調で呟く親方の表情に余裕はなかった。

 



  


「何、なんなの。今の揺れ!」


 サラが叫ぶと、再び大きく床が揺れる。悲鳴をあげながら、ふらついたところを、ブルースが支えた。


「下がっていろ!」


 ブルースはサラを背後に押しのけた。サラは押されるままに数歩後ろに下がる。


 サラは役にたたない。力も足りなければ、武器を扱える技量もない。彼女なりに身の丈を理解し、ブルースの邪魔にならない距離をとる。


 ブルースは居住区の床の際に手をかけて、四つん這いになり、下方を見た。下の枝や他の居住区に阻まれ、魔物の姿は見えなかった。


 がばっと立ち上がった。背後を確認するも、担当者の影も見えない。


(ここの担当者は戻るまで……)


 後ずさったサラが心配そうに佇んでいる。

 他に誰も、撃てる者はいない。


 ライオットの件もあるが、この状況では離れるわけにはいかない。


 魔物が現れたと分かったら、順番に撃つと各担当者と話してきた。順番は時計回り。

 一発目はここ、幹よりの左側だ。四か所、二発の装弾を備えている。

 守れる回数は計八回。

 

(一発目は、俺がやるか)

 決意と同時に、大樹が再び大きく揺れた。






 ライオットは、どんなに揺れても、身じろぎせず立っていた。

 頭上に生い茂る葉の動きを凝視する。


 揺れは足元から響いてくる。巨大な魔物が幹に体当たりをしているのかもしれない。


 振動が収まりつつあるにもかかわらず、巨木の枝葉の揺れが収まらない。その奥に、なにかが潜んでいる可能性を感じた。


(来るか)


 ライオットは、槍を構えて、重心を落とす。


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