142、期待
王城の広間。立ち止まったフェルノは、陽光射す二階から階下へ微笑を振りまく。
再び前進する。フェルノが追う司祭は、文官長の前で止まり、階下へと体を向けて、一礼した。
流れるように、フェルノを紹介する。
「魔神に対抗するため、異世界より召喚された聖女をご紹介します」
司祭の言葉と重なるように、背後にいたホーンテッド神官が「止まって、階下へ体を向けてください」と囁く。
フェルノは、言われるまま、立ち止まった。目の前のには、司祭、その背後に文官長、さらに王家一家が並ぶ。人々が見上げる会場側へと体を向ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは、天井から吊るされている細長い垂れ幕だった。何本も並び、それぞれの幕には、穂を垂らす植物、跳ねあがる魚、地を歩く鳥、自動車、建物、小道具、などの特徴的な図柄が大きく一つ描かれている。
柄に色味はほぼない。差し込む日の光をわずかに吸い込み図柄の部分だけ、浮き上がるように光沢を放っていた。
王家や司祭の衣装を見れば、もう少し色味や細かな刺繍がある。垂れ幕だけ、あえてシンプルに作ったわけではないだろう。おそらくそれが作られたのは、もっと古い時期だ。五十年前か、百年前か、はたまた二百年前か。作られた当時の、精一杯の技術が込められていると予想できた。
彼らの復興の決意を現す迫力が、フェルノの双眸に焼き付く。脳裏に、誇り、という単語がよぎった。
高らかと掲げられた印は、古に滅んだ彼らの復興を背負う意志を称えて、陽光のなかに凛と並ぶ。
アストラルが背負う歴史をフェルノは垣間見た気がした。
この世界をよりよくしたいと願うのは、彼だけの意志ではなく、数多の先人を遺志とともにあるからか。彼の曇りや迷いのない、意志の根幹に触れた気さえした。
階下の会場にフェルノは目をむける。
黒髪の頭部が並ぶ。たくさんの人々が、輝く黒い瞳で見上げている。
「聖女フェルノ様です」
司祭が宣言するように、フェルノの名を高らかと発表する。
フェルノは微笑み、スカートをつまみ上げ、深々と人々に頭を垂れた。役割を演じることは、慣れている。
歓声が会場を包み込んだ。人々の声を受け、注目を浴びる。未経験の体験にフェルノは戸惑う。受け止め方が分からず、困惑するフェルノは笑むしかない。誤魔化し笑いも得意だった。
司祭が口上を述べる。
挨拶一つ済ませば、進行は司祭と文官長に任せ、フェルノはじっと立っているだけだ。
フェルノの立ち姿は人々の目を引いた。
参列者が、急な呼び出しにかけ参じた意味を、その立ち姿だけで実感していたなど、フェルノ自身は知る由もない。
黒を基調とする人々の前に、真っ白いフェルノは、その色味だけで神聖さを醸し出していたのだった。
すべての挨拶が終わった。会場がざわめき始める。
「フェルノ様」
背後のホーンテッド神官が声をかけてくる。
「後ろの席にお座りください。各区の区長やその同伴者の方々が順番に挨拶していきます」
リュージョン神官に促され、背後に設けられた席にフェルノは近づき、足を止めた。
「皆様、立って挨拶をなされるのでしょうか」
「さようでございます」
「私も立って応じても問題はございませんか」
「ご希望とあれば、そのように。椅子の前に立ってお待ちになってください」
「ありがとう」
神官二人はフェルノが座るはずの椅子を挟んで両隣に立つ。
少し距離を置き、フェルノから見て、左側に司祭が立つ。右側に王家の方々が立った。
文官長が、「これより、謁見を始めます」と端的に宣言すると、伝わってくる階下の空気感がまた変わった。
階段を登る足音が重なり、それはどんどんと近づいてくる。
最初の人々が左手の階段から顔を出した。
「フェルノ様」
ホーンテッド神官が耳打ちする。
「これより、順番に一区の方々からご挨拶をします」
「一区の方は、農業を担当されていますね」
「さようでございます。もっとも古い区で、人々の糧を担い、国土の半分近くを占めている区になります」
フェルノは、挨拶の際は、何か一つ言い添えようと各区の特徴を思い返す。
のぼってきた人々は、まず司祭と挨拶を交わす。この度は、聖女召喚の成功おめでとうございます。挨拶を要約すると、その様な内容だった。
フェルノの元へ来た人々は、その立ち姿に驚きを隠さない。女性も伴い上ってくる。
一様にフェルノに感謝を述べる。
各区の特徴に合わせて、一言添えるごとに、感心もされた。
合間を縫い、ホーンテッド神官が「さすがです、フェルノ様」と褒める。
「せっかく各地から集ってこられたのに、座って笑っているだけでは失礼ですからね」
言い添えると、リュージョン神官からも「素晴らしいです」と称賛する。さすがのフェルノも若干面映ゆい。
人と会う場合は、事前に相手のことを十分に知っておく方が望ましい。公にされている情報なら、集められるだけ集めた方が良い。会う前の事前準備は重要である。フェルノは、そういう教育を受けてきただけだった。
異世界からやってきたばかりの何も知らないと思しき少女が、国の産業に感心を持ち、各区の特徴について言い添えることは、おそらく印象に影響を与える。初見の印象は、後々も影響がある。悪いより、良い方が越したことがない。フェルノはそう考える。
フェルノの前を通り過ぎた人々は、王家と挨拶をする。
司祭への挨拶同様、召喚の成功をねぎらい、喜びを分かち合っていた。
区長の挨拶が終盤になってきた時、リュージョン神官が囁いた。
「フェルノ様、区長の挨拶が終わりましたら、学園長らが挨拶し、最後は森の民の代表者の方が挨拶されます」
森の民という単語にフェルノの心音が跳ねた。
(リオンが来ているなら、すでにこちらに来てもおかしくないはず。ならば、ライオットかアノン。やはりアノンが来ているのか)
フェルノは胸が躍った。やっと誰かと会えるかもしれないと思うと、口元がほころぶ。言葉にはできなくとも、一人は心細かった。
階段をのぼる足音の中に、アノンかライオット、またはリオンがいないかと耳をすませる。
区長との挨拶が終わり、学園長らしき年配の男性と若い男女二人がフェルノの前に立った。
学園に通うにあたり、便宜をはかってくれたことをフェルノは率直に感謝した。もったいないと学園長は恭しく礼を返す。
学園長との挨拶も無事終わる。
最後に階段を登ってくるのは、待ちに待った森の民の代表者だ。
フェルノは階段を登る足音に耳を澄ませた。それはどんどん近づいてくる。
(もうすぐだ)
心に期待が膨らむ。これほど何かに期待して待つなど、生まれて初めての経験だった。




