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143/223

140,敬意

 ライオットとブルースが最上階に立つなり、二人を見つけたサイクルが駆け寄ってきた。


「ライオットさん、ブルースさん。どうして、ここに?」

「サイクルじゃないか。鍛冶場から、避難していたのか」

「はい、ひとまずあそこは閉じました。僕、てっきりライオットさんは魔神のところに飛び立っていると思っていましたよ」


「飛び立ったのはリオンさ。魔神が現れるまで、誰かがここを守らないといけないだろう。それで俺が残ったってことだ」

「そうなんですか。でも、ありがたいですよ。アノンさんが残してくれた森の罠だって、もう三つも作動しました。短時間に何度も魔物が罠にかかるなんて常識じゃ考えられません」

「じゃあここが襲われるようなことも今までは……」

「もちろん、ないですって」

 サイクルはあっけらかんと答える。この居住区が魔物に襲われた経験がないために、魔物が居住区を襲う実感がわかないのだろう。


 ライオットは周囲を見渡す。


 中央の焚火周辺には、人の輪がいくつも出来ていた。雑談をしながら、幼児を囲んで遊ばせている母親たち。老人たちは火の回りに、持ち運べる椅子を用意し腰を掛けている。大なべが設置され、女たちが笑いあいながら、煮込みスープをこがさないようにかき交ぜている。穏やかな語らいの場がいくつも形成されていた。大蛇の魔物の出現には誰も気づいていなかった。


 安心感が居住区には漂っている。ここで魔物に襲われる実体験がない居住区の人々に向け、どう注意喚起するのが望ましいのかライオットは分からなかった。


(俺が、ここを守るのか。できるのか、そんなこと……)


 気づくなり、ライオットの背に悪寒が走る。ここにいる者たちの命を一人で預かる現実に怖気づく。相手を屠るために最善を尽くすならまだしも、守りながら戦う。そんな責任を背負ったことがなかった。


 いつも強い者に見守ってもらって戦ってきた。なのに、今は背後に誰もいない。前線に、真っ向から孤独に立つ。その現実を意識するなり、気が急き、心臓がバクバクと鳴り始めた。


 負ったことがない責任に肝が冷える。

 アノンが人々を守ると額に汗して夜通し作業を続けた気迫の欠片もライオットは理解していなかった。


(こんな気持ち。アノンは逃げ出したくならないのかよ。逃げ出したい? 俺が? 尻尾まいて?)


 ライオットは自身の凡庸な発想に、自嘲したくなる。どこまでも、弱者な思考しか持ち合わせていない。お前は強者にはなれないのだと、奥底から突き付けられる。


 そんなライオットをブルースは横目で見ていた。


「サイクルはここでは武器担当しているんだろう」

「はい、ブルースさん。アノンさんが魔力を込めてくれた弾薬を装填できる狙撃用散弾銃についています。人手が足りないので、親方と一緒に前方で、砂漠を向いた銃を担当しています」

「案内してもらえないか」

「わかりました。こっちです」


 サイクルがくるりと翻り、歩きだす。

 周囲が進み始めたことに流されて一歩前に出たライオットの肩にブルースが手を乗せる。


「俺たちだって備えているからな」


 そう言うなり、ぽんとブルースは手を離す。はっとしたライオットが横切ったブルースを見送った。彼はサイクルが案内する先に向かい、悠々と闊歩する。


 ライオットは目を見開く。一人で全部背負おうとし、その責任につぶされそうになっていた。その緊張感を彼に悟られたのだ。恥ずかしさに、かっと体が熱くなった。





 ブルースはチームで動くことに慣れていた。彼は仲間の緊張や不安、焦りに、ライオットよりも少しだけ敏感だっただけだ。それは、命をかけてチームで狩りをするなかで自然に身についた所作であり、彼にとっては特別なことでもなんでもなかった。


 ブルースは言いたいのだ。弱いとはいえ、何もできないわけじゃない、と。





 ライオットは体を左右にひねった。槍を持たない手首を左右に揺らした。

 自身の緊張がほぐれ、ライオットは肩をすくめて、視線を斜め上に流し、おどけるように一人笑いを零した。


(一人で全部背負おうなんて、そりゃ、おこがましいよな)


 サイクルとブルースを追い、ライオットも走り出す。


 二人が進む先には青空と、ぽつんと孤島のように環の国があり、砂漠が広がる。その青空の中に、黒々とした線が左から右に横切った。

 首領がこぼした。影の魔物の出現を予感させる言葉がライオットの脳裏をよぎる。

 

「サイクル! ブルース! 待ってくれ!!」


 サイクルとブルースが振り向く。駆け寄ったライオットがサイクルに話しかけた。


「ここに設置している武器にはそれぞれ担当がついているのか」

「はい」

「なにかあれば、すぐに応じられるようにしているんだな」

 

 ライオットは一人で納得する。サイクルが怪訝そうに考え込むライオットを見つめる。

 左に二つ、右に二つ。砂漠側に一つ。ライオットは眼球を動かし、武器の位置を反芻する。


「一番近いのはあっちだな」


 右手前を、ライオットは指さす。


「ここにある武器はすべてアノンの手が加えてあるよな」

「もちろんです。ここに備えられている武器はすべてアノンさんの手が加わっています。アノンさんもできることは限りがあると言っており、首領と話し合い、ここの守りのために武器を準備することを決めていました」

「そうか……」


 ライオットは口元に手を寄せる。


(俺一人ではなにもできない。でも、ここにはサイクルがいて、ブルースがいて……。アノンが残した武器もある)


 ライオットは改めて、いかに自分が人に恵まれているかを感じ入る。そして、顔をあげた。


「サイクル。恐らく影の魔物は、ここに来る」

 サイクルが「えっ……」と絶句する。ブルースは口元を引き締めた。


「サイクルは、前方の武器で影の魔物を狙ってほしい」

「影の魔物をですか!? 無理ですよ。僕らの武器はほとんど役に立たないんです。威嚇して、追い払うか、森の渡し場まで逃げ切るぐらいしかできないんですよ」

「だが、ここにあるのはアノンが加工した武器だ。アノンが手を加えて、影の魔物を屠れないような落ち度はない」

「ええ、そんなことなんで分かるんです」


 背後で葉がざわつく音が響く。砂漠から流れる風は柔らかく、ライオットの頬を撫でた。 


「サイクル。武器を加工した時に、アノンは言ったか? 影の魔物には効かないと……」

「いいえ。魔物を屠れる武器にするとだけ……」


 ライオットは破顔する。


(さすが、アノンだ)


 強さへの矜持、それを体現する技術。言葉は少ないし、分かりにくいところもある。ナイフ一つとっても、すべてに魔法使いのプライドが込められている。


(天才に努力されたら、だれもかなわねえよ)


 そして、その力を惜しみなく与える姿勢もまた、尊敬せずにはいられない。


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