139,宴の始まり
軟禁されている王城の部屋で、悶々としているフェルノの元に、二人の神官が迎えに来た。共に部屋を出て、廊下を渡り、階段を下った。さらに進むと、裏門へとでる。
裏門も、表門もあけ放たれていた。準備で奔走する人が足早に働いている。
表門まで進み、振り返れば、円形の壁沿いに緩やかに上階につながる階段があり、会場設営に勤しむ人々が上に下に歩いている。
さらに神官とともに奥の廊下へと進む。通路沿いの扉を開け、その一室に入った。会議室のような部屋には侍女が待っていた。鏡と化粧道具も置かれている。
(やっぱりね……)
ドレスは良くても、化粧はいまだ苦手だった。
「フェルノ様、どうぞお座りください」
侍女に乞われて座る。机に並べらえた化粧道具を横目に、小さく息を吐いた。フェルノの役回りは、舞台の上に着飾って立ち、無難に挨拶をこなすことだ。ドレスも化粧も演出の小道具である。
二人の神官は侍女と言葉を交わし、出て行く。
目元の彩りも、淡い紅も、フェルノは侍女の為すままに任せた。すべてが終わる頃、リュージョン神官だけが戻ってきた。
「フェルノ様、来賓の方々が徐々に集まり始めております。準備が終わりましたら、二階へ行きましょう」
準備を終えたフェルノは侍女たちに見送られて部屋を出る。
廊下は暗くなっていた。表門に通じる通路の扉が閉められている。先ほどとは違う人のざわめきが伝わってくる。準備の喧騒が失せ、そここで囁やかれる会話はさざ波のようだ。
「来賓の方々がおみえになられたのですね」
「さようでございます」
フェルノと神官は小さな声で確認し合う。
通路には上にあがる階段があり、二階へと向かう。フェルノは神官の手をとり、ゆっくりとのぼった。ヒールのある靴もいまだ苦手であった。
のぼり切ると通路があり、目の前は礼拝室だ。
神官に導かれ、ひとまず礼拝室に入った。
もう一人の神官に司祭、文官長、王に、王妃、そしてアストラルがいた。
壁際の椅子に座る王妃以外、皆立っている。表面的には落ち着いた面持ちだ。
「おはようございます。フェルノ」
気づいたアストラルが笑顔で近づいてきた。神官は一礼し、司祭の元へと戻る。
「おはようございます」
「昨日はよくお休みになられましたか。今日は昨日とはうって変わり忙しい一日になるでしょう」
フェルノは胸に手を添える。
「このような舞台も大役も初めてでして、とても心配ですわ」
「その点は、神官二人がしっかりと横につき、案内役を務めます。ご安心ください」
「アストラルは、どうされるのですか」
「会場に人が集まりましたら、私は王と王妃と共に表に出ます。
文官長は進行役になります。
フェルノ様は司祭と神官二人とともに表に出ていただければ、よろしいはずです」
「たくさんの方がお見えになるのでしょう。緊張しますわ」
「御謙遜を。フェルノなら、安心です。あなたは、思慮深く、周囲に合わせられる方だ。けっして、破天荒なことを為される方ではありません」
「それは、買い被りというものですよ」
日常から破天荒な態度をとり続けている自覚のあるフェルノは笑ってしまう。
アストラルは変わらない。いつもの穏やかな口調と丁寧な物腰に、フェルノの気持ちも幾ばくか和らいだ。
廊下の扉が開いた。レントと名乗った若い神官が顔を出す。
彼はすたすたと文官長近くへと寄った。
「文官長、来賓の方々がお見えになりました。さすが、聖女様のお披露目とあって、開場時間に合わせて、各区の代表者ならびに、同伴者の方々がこぞっていらっしゃいました。
並んでおります受付も、程なくさばけると思います。
開始までまだ時間がある旨はお伝えしておりますので、宴は予定通り開始して問題ありません」
レントの声は小さかったが、しんと静まり返った礼拝室内にその声はきれいに響いた。
「始まるのですね」
「始まりますね」
フェルノとアストラルは確かめ合う。
(本当に始まることは、宴なのだろうか……)
フェルノは内心警戒はしても、現状は流されるしかなかった。
程なく、文官長と王家一家は奥の扉か礼拝室を出て行った。奥には扉があり、そこから二階に通じている。
人々の歓声が轟き、静まった。
挨拶をして歓声が上がったのか、王家の人々が登場して歓声があがったのか。状況は分からない。
「そろそろまいりましょう」
リュージョン神官に声をかけられた。
ホーンテッド神官を先頭に、司祭、フェルノ、リュージョン神官と並んで、礼拝室を出る。入ってきた扉をあけ、宴会場側の通路を進む。扉を一つぬけ、円形の扉の前に立った。
司祭が前に立ち、フェルノの背後に神官二人が立った。外では、なにやら挨拶が行われているようだった。扉に阻まれて、響く声しか届かず、意味は分からなかった。
「間もなく、扉が開くと思います」
背後の神官が、フェルノにそっと耳打ちした。おおよその予定は聞いている。扉が開き、司祭がフェルノを紹介する。二階から、人々に向かって優雅に挨拶をすればよい。
後は、各区の代表者が上階に順番に登ってくるので、二三言葉を交わす。その後、王よりなにか発表があり、宴の席へと場がかわる。上階は区長たち要人の席になり、階下は同伴者たちの場となる。
フェルノはおよその流れを反芻して待っていた。
すっと縦に一線光が差す。フェルノは眩しさに目をふっと細めた。
司祭の前にあった扉がゆっくりと開かれていく。会場に降りそそぐ陽光が差し込み、薄暗かった通路が一気に明るくなる。
暗がりに慣れたフェルノの視界は、一瞬真っ白になり、徐々に光に透けこんだ景色の輪郭線があらわになってくる。色が滲み、風景が浮かび上がった。
司祭が前に進み出る。
先には、文官長が立っていた。その背後に、王と王妃、アストラルがいた。
フェルノは、踏み出せなかった。
風景がくっきりとし、四人の表情は柔和にこちらを向いている。
「フェルノ様、お進みください」
背後から、神官が囁いた。
思いのほか緊張していた。肩をせり上げ、息を吸った。ゆっくりと深く吐く。目を閉じて、妹姫を思い出し、瞼を開く。
フェルノは光に包まれる会場に一歩を踏み出した。
白金の髪が日の光を受けて、光沢を増す。一歩進むたびに、揺れる髪に光が躍った。
ところどころから拍手がわいた。それは伝播し、会場中に拍手の渦が巻きあがる。文官長も手を叩いていた。王と王妃、アストラルは黙って立っている。
フェルノは足を止めた。階下に見つめる。
手を叩く人々がフェルノを見つめていた。
たくさんの羨望の瞳に射止められたフェルノは笑む。微笑は小さなため息のさざ波を呼んだ。




