138,動き出す
今日、間違って二話投稿してます。
(予約投稿間違いました、通常は一日一話投稿です)
【歌う羊 スプーキートラウマ】の絶叫を背に受け、リオンの髪がかすかに揺れた。気にすることなく、流れるような所作で、アノンが残したナイフを二つ手にしていた。
一本のナイフは口で食んだ。もう一刀は、その柄を人差し指と中指でつかむ。
再び魔力を弓に通し、弦までも青白く光らせる。矢に変えたナイフを添え、弦を引く。きりきりと弦を絞り、リオンは射る。
矢と化したナイフは飛び、青空の中に一瞬消える。程なく、赤い炎を吹きあげ、姿をあらわす。蒼天に火球が第二の太陽のように燃える。
弾けた弦が左右に振れ続けるなか、さらに口に食んでいたナイフの柄を掴んだ。同じく構え、間を置かず、きりりと弦を引き、再び矢を放つ。
遺跡にて爆ぜた炎が、煙を吹きあげる。その煙に分け入って、新たに投じられた矢が突き刺さる。更なる閃光と爆音が煙を散らした。
ジャンは【歌う羊 スプーキートラウマ】の鳴き声に、両目を瞑っていた。肌がびりびりと痺れる。両腕て頭を覆い、腕で耳をかばった。地面の振れが収まり、音が止む。恐る恐る目を開くと、【水銀羊 ジャンクション】が石切り場の坂を駆け上がってくる様が見えた。
「ひぃ!」
ジャンは怯えた。体当たりせんばかりの勢いで、二つの角が迫ってくる。
その時、目の前にからんと木が落ちてきた。リオンが使っていた弓だと察する。ハンドルの上でからんからんと跳ね、そのままバランスを崩して落ちかける。
「ダメだ!」
覆いかぶさるように、弓の動きを体でおさめた。辛うじて落ちなかったことに、ジャンはほっとする。
頭上が陰った。雲がかかったかと見上げれば、翻るリオンが空を飛んでいた。
遺跡で爆ぜた矢の行方を確認せず、リオンは体をひねる。弓を持つ腕と、剣を掴みに行く腕を交差させた。
矢を持っていた手で長剣の柄をにぎりにいく。弓は、ジャンの目の前に放った。リオンは地を蹴り上げ、ジャンの頭上を飛翔する。
悲鳴のような山羊の声音を耐え、単車に乗ったまま身を屈めていたジャンが、「ダメだ!」と慌てて弓を抱え込む。
リオンは宙を飛びながら、鞘から刀身を抜きつつ、態勢を整える。
迫る【水銀羊 ジャンクション】の双眸がひるがえるリオンを捕らえた。
リオンもまた、大型の山羊に狙いを定める。
リオンの長剣に風が舞う。土埃が吹きあがった。
駆け上る山羊が、頂に躍り出る。リオンは飛び越えた単車の前に着地するなり、右から左に長剣を素早く薙いだ。
剣に取り巻いていた風の刃が三閃、迫る山羊を襲った。
リオンは長剣の柄を両手で掴みなおす。
山羊は飛び上がる。その足元を三閃の風の刃が抜けて行った。
リオンは身を屈し、落ちてくる山羊へと狙いをつける。刃に再び風が渦巻く。
返した長剣を斜めに切り上げると、風の一閃が宙に浮く山羊を襲った。
斜めに入った風の刃は山羊を裂き、胴を二分する。頭部をこさえた上部がぐらりと支えを失い、斜めにずれたかと思うと、傷口から血が噴いた。足を失った重い頭部と共に半身はずり落ち、そのまま岩場の斜面を転がり落ちる。残された足と胴の一部は真横に倒れこんだ。
リオンは、山羊の最期を見届けることなく、片足を地につけ、身を反転させた。
「ジャン、戻るぞ!」
ジャンが応じるように、リオンに弓を投じる。受け取った弓を、リオンは肩にかけ、ジャンの背後に乗り込んだ。
リオンは彼方の空を見る。青空になにかがキラリと光った。
(なにか来る)
リオンは、魔神が動き出したとにらむ。
ジャンは弓をリオンに向かって投げ、単車のエンジンを吹かす。リオンが乗り込むなり、単車はすぐに岩場を飛んだ。
「戻るぞ、ジャン」
リオンの掛け声に重なり、背後で岩場が崩れ去る轟音が響く。
ハンドルを切り、ジャンは反転した。
単車を止めることができた平らな岩場もリオンが矢を放った頂も失われていた。がらごろと欠けた岩が崩れ落ちてゆく。
岩場には、どこからともなく伸びてきた緑の尖った棒が突き刺さっていた。
緑の棒がぐにゃりと形状を歪ませる。棒は鞭へと機能を変え、天に向かって振り上げられる。しなりあがった鞭は、石切り場の頂を粉砕した。山羊の脚付きの半身が木の葉のように空に舞う。
「畜生!」
ジャンは何がおこっているかまったく分からなかった。ただ、柔軟に伸びあがった鞭の真下を、全速力で走り抜けた。
(魔神が動いたのか!?)
歯を食いしばったジャンは森の民の居住地に向けて、単車を駆る。
煙と炎を突き破り、魔神は宙に躍り出た。炎が飛んできた方角を見据え、喉を鳴らす。ぎぃっと口角をあげて、ぐるぐると威嚇する。
くつろいでいたところに入った邪魔に怒りがわいた。毛が総毛立ち、その怒りはの波は尾へと集約される。
白い岩場が魔神の目に飛び込んだ。寝起きの魔神は悟る。遺跡を狙える見晴らしの良い場所はそこしかない、と。
魔神は遺跡を取り囲む森へと着地する。通常の魔物より巨大な体躯は、巨木の間からも頭部を悠々とのぞかせる。ピンと立った耳が左右に動く。白い斑点がにじむ背は、木々と並ぶ。尾は数本、空にゆらぐ。
背後ではリオンが放った矢の炎が遺跡をごうごうと燃やしていた。
怒りが尾に流れきる。ふさふさの毛をなびかせていた一本の尾がビンと張りつめたかと思うと、一気に空へと伸長した。
空中で毛がねじりこむように旋回する。あっという間に尾の先端が尖る。尖らせた尾を硬化させ、頂へ向けて槍のように一直線に魔神は飛ばした。
石切り場の頂に、尖った尾は突き刺さる。
その直前、岩場から何かが飛び立った。
魔神は、尾にかけていた硬化を解く。槍を鞭のようにしならせ、天に向かって突き上げた。石切り場の頂は、尾の一振りで跡形もなく崩れ去った。
それでも、魔神の怒りは収まらない。
石切り場から飛んでいく物体を目で追った。忌々しくも、鞭のようにしならせた尾をかいくぐって、それは逃走する。
魔神は、数本の尾に力を込めた。ここで尾を使うには遠すぎる。大きな体躯は、巨木の頂上に前足をかけた。前足がかかった巨木がメキメキと音を立てて、折り曲げられる。
魔神の両眼は、森を彼方まで見渡せる。一本だけ、頭が突き出た木々が見えた。
魔神は知らずとも、そこには、森の民の居住区がある。
次いで、石切り場を飛び立ったリオンを乗せたジャンの単車を魔神はとらえた。視界の左端から右にむかって飛んでいく。
とらえると同時に、再び視界を遮る巨大な火球が出現する。リオンが車上から再び矢を放ったのだ。
そう何度もしてやられるかとばかりに、魔神は空を飛んだ。足元の木々を火球は飲み込み、爆ぜた。そこから火柱が立ち上り、魔神をも包みこむ。
飛び上がった魔神は、火球が燃え盛る火の海へと着地する。その炎に焙られて、ギリギリと怒りを募らせた。
魔神は怒った。そして、その怒りを体躯に焼き付けるがごとく、炎の中に佇んだ。
火が収まると同時に、赤黒く白目を燃やした魔神は吠えた。その轟音は、木々の頭部をざわつかせる。
魔神は目を血走らせ、走り出す。走り出した先には、砂漠がある。




