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137,矢を放つ

【根絶 サイコ】が放つ光が消失した時、リオンとジャンは石切り場の頂に到着した。絶景に既視感を覚えたリオンは、すぐさま環の国で見た地図の絵を思い出す。


(あの絵は、石切り場から見た景色だったのか)


 環の国が左にあり、砂漠が広がる。砂漠の際から奥まで巨木の森が広がる。石切り場から見て手前側に、森の民の居住区があり、遺跡は森の最奥にあった。


 森の奥へリオンは目を凝らした。集中するごとに、木々の頭を鮮明に、遠くまで見通すことができる。


 地図に描かれた遺跡の立地とほぼ同じ位置に樹木が見られない円形の土地が確認できた。中央に、奇妙な物体がせりあがっている。最初それは遺跡に絡まる木のように見えた。細く長い緑色の枝のようななにかが伸びている。他の木々が風にさざめいてもいないのに、枝に思われてそれは揺れ続けていた。しなやかな生き物の動きだ。


(木ではないな。あれが魔神ならば、まだ遺跡の上におり、一歩も動いていないということか)


 フェルノと同じである。動かなくても、魔物たちへと影響を与えられる。森の居住区で待っていても、絶対に魔神は動き出さない。


 自ら手を下さなくても周囲の魔物を狂暴化させるなら、魔神はいるだけでいい。座っているだけで、人間を滅ぼすことができる。


 魔物を狂暴化させる体質を持っている可能性を考えなければ、リオンも石切り場まで来なかった。ライオットとともに居住区で魔神を待っただろう。


 居住区を守りながら、待てど暮らせど魔神が現れないと分かった時にはおそらく遅い。遺跡に向かう、または石切り場の頂を目指すにしろ、数時間は無駄にしたことだろう。


(フェルノの体質を目の当たりにしていて良かった。しかし……)


 リオンはジャンの単車からおりて、石切り場の頂点に立った。自ら作り出した弓を握る。


「どうだ、何か見えるか。リオン」

 ジャンも、リオンの少し後ろに狭い平な地へと単車を降ろした。


「魔神は蘇っている」

「はっ、だろうな。そうじゃなければ、魔物があんな動きするわけねえ」

「しかも、遺跡からは一歩も動いてない」

「なんだって!」


「距離があっても、魔物に狂暴化させる影響を及ぼすことができるのだろう」

「そんな遠くにいてでもか!?」

「そうだ。フェルノがそうだった」

「聖女が?」

「どんな遠くにいても、フェルノに向かって一直線に魔物は向かって行っていた」


「じゃあ、今回もその聖女の元に……」

「おそらく……、だが動いていない以上まだ影響は受けていない。距離があるためか、理由があってかはわからないな」

「引き寄せられていないってことかよ」

「そうだ」


「畜生、どうするんだ。このまま、魔物の勢力が続けば、俺たちはもたねえ」

「だから、今から魔物を動かす」

「動かすって……」

 リオンの弓を持つ手が動き出したことで、ジャンは黙った。固唾をのんで、見守る。


 リオンは空いた手の人差し指と中指に、矢ではなく、アノンが残したナイフの柄を挟んだ。掲げた弓に魔力を通す。弓も弦も、青白く光る。ナイフを持つ手の親指で、弦を弾くと、青白い光が跳ね飛んだ。


(なぜ環の国はフェルノを軟禁する? 森の民の協力を得て、俺たちを遺跡に送り届ける方が現実的ではないか。体質を知らないからか、魔王城から発せられる神託のためか……)


 考え事をしてても、弓に魔力は浸透した。次いで、ナイフにも魔力を通す。形状が変形し、矢のような長さを作った。


 弦に柄の先端をひっかけ、リオンはギリギリと引いた。狙いは魔神そのものに定める。天に放物線を描き、落下するように構えた。

 得意とする火の魔法を注げば、アノンの魔力へ着火する。


(魔神の頭上で爆ぜろ)


 リオンはナイフの柄にかけていた手を離した。矢は空中に放たれる。


 青白い尾を引き空を切るナイフは弓矢へと変化する。さらに、アノンの魔力に引火した。炎を纏い、流れ星のように音もなく、彼方の遺跡に直進する。






 

 球体の魔物が放った光が収まり、ラディ隊の面々の目が慣れてくる。ラディとチェインは互いの目が合うなり、頷きあう。チェインは太い枝の端に幹に沿うように止めていた単車にまたがった。


 非常時を確認したチェインは、罠の監視から居住区への連絡役へと役割が変えた。すぐさま単車を居住区へ向けて走らせる。


 ラディ隊の他三名は引き続き罠の監視に努める。まだ上の罠にも、下の罠にもなにもかかっていない。蛇の魔物か、蜥蜴の魔物が現れるまで、周辺を警戒する。


 




 魔神はゆったりと遺跡の上でくつろいでいた。魔神に人間を襲う意志はない。フェルノと同じく、体質は意志と無関係に働く。あくびを繰り返しまどろむだけで、魔物たちは勝手に動き出す。


 頭上が急に明るくなり、魔神はのそっと顔をもたげた。青空に一点、赤い光を見つけた。それは徐々に大きくなっていく。


 魔神はぐるりを首をひねった。太陽は別に空で輝く。太陽ではない、太陽のような光が迫ってくるのが不思議だった。


 リオンの魔力とアノンの魔力が混ざり合う炎を纏う矢は、魔神の頭上で一気に巨大化する。


 魔神は両眼を見開いた。その白目に、赤い炎の揺らぎが滲んだ瞬間、魔神は赤黒い炎の火柱に包まれた。



 


 ジャンは、炎の矢が爆ぜた瞬間を目撃した。


 深い緑が広がる中央に、赤い半円の炎の盛り上がりを見せ、真っ白い煙が浮き上がった。煙はぼんと大きく膨らんだ。天に向かってつきあがり、空中にて霧散する。 


 リオンが為したことが理解できずに、ジャンの表情は仰天したまま固まった。やっと動いたと思えば、片方の口角が上がり、目尻が震えた。無意味な笑いがこみあげてきそうだった。


 下方からガンガンと石を打つ音が響いてきた。地面も揺れる。


 ジャンが石切り場のふもとを見ると、角を振って駆け上がっていくる山羊の群れが現れた。【水銀羊 ジャンクション】と【歌う羊 スプーキートラウマ】だ。


 ジャンはリオンを見上げた。彼は、石切り場の頂から、魔神がいるであろう遺跡の方角を睨み続けている。再び、ジャンは、下を向く。


(ギリギリまでだ。ギリギリまで、ここで、山羊の動向を見ているしか、ないよな)


 岩場に飛び乗った山羊がいた。前足を開き、首を下げて、口を閉ざす。大きな体躯を沈めた。そこから一気に、背を伸ばし、首を伸ばし、大口を天に向かって開いた。

 首を高らかと掲げ上げた【歌う羊 スプーキートラウマ】は、絶叫をあげる。


 金切り声ともとれる激しい振動に、石切り場が揺れた。単車にまたがり、地面に片足を押し付けたジャンは、ハンドルの中央に額をつけんばかりに、身を屈した。

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