136,森に散った者たち
ラディは、息を殺して、巨木の幹に背を預けて立っていた。
一隊が監視する罠は、枝に仕掛けた樹上の罠と、地上を通る痕跡が見られる地上に仕掛けられる二種類に大別される。樹上で狙うは蛇であり、地上は蜥蜴を狙う。
狂暴な魔物と言えば、この二種族が代表格だ。人を襲う力こそはあるが、石切り場近辺に住む山羊の魔物は、狩る対象にならない。
球体の魔物が人を襲うこともない。彼らはたまに人間を見に来ることはあっても、人を襲うこととは無縁だった。
影の魔物は砂漠上空を住処とし、森内部には入り込まない。そもそも、影の魔物を屠る術は森の民にはなかった。
魔物の核にも質があり、主として大蛇や蜥蜴が良質だ。球体の魔物の質はどうしても劣る。加工品の質にあらわれる。山羊の魔物は質は普通でも、影の魔物と同様に住処が住処であり狩る対象から外れていた。
森の民たちが罠をしかけ狩る対象と想定するのは、主として大蛇と蜥蜴である。
枝葉がすれる音が遠くから届いた時、ラディ隊は、樹上を大蛇の魔物が横切るかと息を殺した。身を屈め、魔物が迫るまで待機する。
各人、大蛇の魔物が樹上で罠にかかり、屠るまでの工程をふりかえる。
ライオットは座る首領の傍で、立ったまま状況を説明し、こう締めくくった。
「……というわけで、俺は最上部をウロウロ見回りながら過ごすよ。俺も上からの魔物には十分に気をつけるさ」
「こうなると、普段砂漠にいる影の魔物が森まで入ってくる可能性も否定できないな」
首領はため息交じりに、天井を仰ぐ。机には、地図が広げられ、方位磁石もあった。居住区を中心に、三つの円が地図上に描かれている。
円の上には黒い丸印があり、その丸印の上にバツが荒々しく数か所記されていた。
「それも含めて、ここに住む人々には指一本触れさせないよ」
「頼もしいな、ライオット」
「大丈夫だ。魔神の姿が見えるまで、俺がここを守る。リオンだって、それだけのことが俺にできると思って飛び立っている。
今、ここにどんな魔物がきても守り切れるのは俺しかいないからな」
「まったく、異世界から来た者の強さは計り知れないな」
「生活力はからっきしないけどな」
ライオットは、首領ににへらっと笑って見せた。
ここの住人がいなければ、どんな強さを持ち生き残っても、生きていける気がしなかった。人間が年月をかけて築いてきた営みを失うは一瞬だろう。強さだけでは維持できない。破壊されれば、再建だって厳しいだろう。生き残っても、それは人間としては詰みでしかない。
強さの矜持からここの人々を守りたいとアノンが願うように、ライオットもまた人々を守りたい。屍の上に、自分だけが生き残れば、後悔に苛まれる。そんなことはごめんだった。
首領の部屋を退室した二人は、階下に降りる。
「俺はどうしたらいい」
「そうだな、ブルースは……差し当たって俺と一緒に行動しよう。単車を飛ばしてほしいとすぐに頼める状況でいたいんだ」
「かまわないが……」
「さっきみたいに、俺が勝手に飛んでったら、ブルースも状況ごとに判断してくれ。何がどうでてくるかまったく読めないんだ」
ライオットは、また笑った。ブルースは肩をすくめる。
階下で、動きまわる人々に挨拶を交わして、役場を後にした。
ブルースが数歩進むなか、ライオットは立ち止まる。しゃがみ込み、槍を片手に握り、屈伸運動を数回繰り返した。
(やばい……、震えてきた)
床に視点を落とし、建前だけ口角をあげた。ライオットは、大口をたたいている自覚があった。
(俺がここを守る、なんてさ。どの口が言うって感じだよなあ)
ライオットは、自身がアノンやフェルノ、リオンとは違うと自覚している。彼らの強さにはけしてかなわない。しかし、リオンも飛んでいった今、この森の民の居住区にて、最も強い者は誰かと言えば、自分だという事実も、目を背けることができなかった。
(俺が及び腰だったら、みんな不安になるよな)
首領の前でも、ブルースの前でも、ライオットは虚勢を張っていた。本心ではここにいる全員を守れる自信なんてない。
何も語らないけれど、リオンは託して飛んでいった。
アノンは、寝食をおろそかにするほど、守ろうという意志の強さを見せつけた。
(ここで一番強いのは俺だ)
嫌でも、覚悟するしかない。
槍を握ったまま、座り込む。足元の床に視線を落とした。
(できるとか、できないじゃない。やるしか、ないんだ)
ライオットはぶるっと震えた。
(ここにいる全員を守る。投げ出せない。俺がやらなければ、代わりは誰もいないんだ)
「どうした。ライオット」
ブルースの声がかかりライオットはぱっと顔をあげた。にっと笑って、ポンと立ち上がった。
どんと槍の石突をつく。空いた手を握り、腰に添えた。
「さあ、見回りでもしようか」
ラディ隊の目の前に、巨大な真っ黒い球体が浮遊してきた。巨木の幹に背を預け、見つからないように四人は身を隠す。
明滅せず浮遊する【根絶 サイコ】など始めて見た。
そもそも、球体の魔物は大人しい種族だ。人を襲うことなどないとされていた。
(どうして、こんな魔物まで出てくるんだ!)
いつもと違う動きをする魔物たちにラディ達は同じ思いで困惑する。長年蓄えてきた魔物に関する知識が役に立たない。小さな自負心は、早朝から今までの間に何度叩かれたか分からなかった。
サライとファブルはひそひそと話す。
「いったい、どういうことなんだ」
「わからない。いつもと違いすぎて……」
「こんなことろに来るはずがない。あれはもっと奥に住む魔物だろう」
「非常時に、常識は役に立たない。囚われていたら、判断を誤るぞ」
囁き声は、葉が擦れ合う音より小さかった。
球体の魔物に、向きがあることも森の民は知らなかった。眼球の魔物なら、黒目が正面だと見て取れても、つるっとした明滅する魔物に正面があるなど知る由もない。球体の魔物は、囁き声による空気の触れを感じていた。
真っ黒い球体が突如、閃光を放つ。
ラディ隊の面々が目を瞑り、腕で顔を覆った。
閃光は遠くを走るジャンとリオンの視界にもかすかに届いた。
「なんだ、あれは。アノンさんの魔法か?」
「違うな。今までのような火柱ではない」
「魔物があんな強烈な光を放つかよ」
「球体の魔物に光るものがいる」
「【根絶 サイコ】か。あんな風に発光するなんて……」
ジャンは、言いかけて、やめた。
(考えたって無駄だ。俺の頭じゃついていけねえ)
再び単車を駆ることに集中する。
無言となったジャンを気に留めず、リオンは周辺の風景を観察していた。




