135,神託とは
フェルノは部屋まで来てくれたホーンテッド神官とリュージョン神官と、本日の予定と出席者の確認のためテーブル席についた。
侍女たちは、お茶を淹れ、一人を残し退出する。残った侍女は離れた場所に壁を背に立つ。給仕のためにおり、会話には立ち入らないため距離をとっているのだろう。
「本日は環の国の要職につかれている方々がお見えになるのですか」
「はい、各地の区長がお見えになります」
フェルノの問いには、ホーンテッド神官が代表して答える。
「くちょう、とは?」
「環の国は中央部の聖堂を中心に円形の草地があり、そこへ一般人は立ち入れません。その円を囲む形で円型の国土が広がっています。その環状の土地をいくつかの地域に分割し、その地域ごとに代表者が治めているのです」
「その代表者の方々を区長と呼ばれているのですね」
「さようでございます」
環の国は小さい。その小さい土地を上手に活用するための制度とフェルノは受け止める。王族や貴族を中心に議会が運営されている祖国とは統治方法が違う。人間の国の土地は広大で、王族だけでは治めきれない。貴族が治める地もあれば、一国の主が臣下となり治めている地もある。男爵家はそのような家が多い。
ライオットも祖先を辿れば、おそらく古き世のどこぞの一国を治めていた王家にあたり、過去にフェルノとつながる王族の姫または貴族の娘の一人や二人嫁していることだろう。彼の魔力もまた、王家か貴族の系譜につながっているはずなのだ。
「本日の来賓の方々は、その様な区の代表者だけでしょうか」
「森の民の代表者もいらっしゃるでしょう。学園や研究関係者の方々も代表して何名かいらっしゃいます」
「まあ、学園の方も……」
「フェルノ様が訪ねられた学園は各産業における研究の中心です。国がここまで立ち直ってきたのも、神託と研究の賜物なのです」
研究と神託、とフェルノは一瞬つながらなかった。宗教とは、研究と一番遠い位置にあると思っていた。
「産業にかかわるような神託もあるのですか。聖女の召喚などという以外にも」
「私どもの宗教の神託は産業と直結しております。信託と研究が相互に関係しあい、今の環の国が成り立ってきたのです」
「魔神復活の発表や聖女召喚という神託の方が、珍しい神託なのです」
ホーンテッド神官に続き、リュージョン神官が補足する。
まあとフェルノは片手を口元へ添える。
「私、誤解してました。神託とおっしゃいますので、もっとこう、不可思議なものを、啓示としてうけとるものだと考えていましたもの……」
「宗教、神託、学園、研究。これらは、わが国では一本の糸でつながっております。神託で研究の方向性を示す宗教は、各研究を後押しております。教会で祈りを捧げ、魔物に脅かされない安寧と、環の国の復興に寄与するために宗教はあるのです。
そして、首都ゼアの本質は研究都市であります」
魔王城から与えられる預言者の神託が、環の国の導いてきたのだとフェルノは悟る。
始祖の知恵や知識を受け継ぐ預言者は始祖の子孫なのか、ただ遺志を継ぐ者なのか、までは理解しえない。どちらにしろ、とても長い年月この二つの世界はつながっていたとフェルノは悟った。
「それでは本日集まられる人数はいかほどでしょうか」
「集まるのは五十人程度でしょう。百人は超えません。年に数度、区長が集まる会合が王城にて開かれます。そのような会合の一環として臨時で開かれる宴です。
聖女召喚成功の発表と聖女様のお披露目という事前通達もあります故、普段の会合よりは皆さま華やいだ集まりであることは理解されています。聖女様をご覧になりたい、ご婦人の参加も許されています」
「そのような方々と私は挨拶をすることになるのですね」
「さようでございます」
「私がその区長の方の背景を何も知らずにご挨拶しては失礼ではございませんか」
「ご挨拶される際は、私ども神官が、フェルノ様に紹介するかたちをとりますので、ご安心ください。皆、フェルノ様の尊顔を拝したいだけなのです」
「ですが、それではすまないでしょう」
フェルノの勢いに神官二人が顔を見合わせる。
「その場で、軽く紹介いたしますので、フェルノ様は笑顔でいてくだされば安泰かと思いますが……」
「そうはまいりません。各地の方々がお見えになるのです。一言、二言、言葉を交わさねば失礼になります。その際に、ご挨拶する方のことを何も知らないとなれば、それこそ失礼極まりないことです」
フェルノはぴしゃりと言い放つ。
ホーンテッド神官が一瞬視線を上に流し、再びフェルノを見つめた。
「では……、簡単なご紹介しかできませんが、よろしいでしょうか」
「はい。この場で、覚えます」
きっぱりと答えるフェルノに、神官二人がしばし沈黙する。
「時間が惜しいのです。黙って聞きますので、お話しくださいませ」
「区はそれぞれ、特徴があり……」
神官はフェルノの要望を受け、各区について語り始めた。
神官は説明後、退室した。後ほど、時間が来たら迎えに来るという。
侍女も去り、フェルノは一人になった。テーブル席に足を投げて、少々行儀悪く座る。
一日、女性としての緊張感を強いられること以上に、環の国の主要人物が一堂に介する事実に頭が痛くなった。
(もし宴の最中に魔物が入り込んだらどうするのだ)
神官から各区長の立ち位置、各区の意味を理解したフェルノはぞっとする。それぞれの区は、特徴ある産業を基盤とし、農業、養殖、酪農、工業、服飾、建築、日用品などの代表者なのだ。
フェルノは腕を組んで、天井を見上げた。
(この国は、まだ魔神が復活することを知らないのか? そんなことがあるだろうか。分かっていて、宴を開く方向で間違いないはずだろうに……)
これだけの面々を集めて、何かあれば、それらの代表者が一度に居なくなる恐れもある。ならば、トップが一気にすり替わるのだ。それは恐ろしいことではないか。急な長の変更など、下の者達に混乱を招きそうである。
さすがのフェルノも頭を撫でつけながら、渋面を作る。
(魔神が復活する当日に、これか……)
いよいよ、フェルノは誰かきてくれないかと本気で願い始めた。
リオンかライオットか、アノン。魔神が復活し、最も近くにいる森の民。彼らを捨てて三人そろってくるとも思えなかった。アノンはどうあれ、ライオットあたりが反対しそうだとフェルノは考えた。
まさかアノンが人命優先をのたまうなど、フェルノは想像しない。
(誰が戻る? 戻るなら、一人か……)
絨毯を操り魔神と並走できるアノン。二人乗りの絨毯なら、ライオットが残り、やはりリオンが戻る。
ライオットが一人でくるとは考えにくい。彼の護衛対象はアノンだ。
では、アノンならどうだ。
アノンとライオットが二人でくる。リオンが森の民と残る。その場合、リオンが魔神復活と共にどのようにこちらに戻るか想像できなかった。
(魔神が復活しても、森の民から環の国への移動手段があるとしたら……)
仮説を立てたフェルノは、閃く。
(こちらに一人で来るとしたら、アノンか……)
彼が彼女になった今、アノンもまた聖女なのだ。魔力を失うとはいえ、一つのカードとして可能性はあると考えた。




