133,樹上の蛇
ライオットは、上空に大蛇の姿を見とめるなり、横に飛んだ。落ちてきた大蛇は咄嗟に口を閉じる。そのまま直進し、ライオットが足場にしていた枝にぐるりと体を絡ませた。
ライオットの投じた槍は首近い胴に突き刺っている。瞬時に判断したため、込めている魔力が少ない。傷口を凍らせるに至らず、そこから動くたびに血が飛び散っていた。
ライオットは幹に両足をつけ、かがみこむ。片手にナイフを握り、もう片方の手を幹に添えて、見上げるように大蛇へと顔を向ける。
両足をばねにして、飛び上がれば、大蛇も体躯を捻り、ライオットへと向かってきた。
ブルースは上空を見上げていた。ライオットの影も見えない。
リオンとジャンは空へと走り去っていった。
(ここで待てか……)
ライオットが何をしているのか、何も見えないブルースは知る由もなかった。
ライオットは、槍の柄を目掛けて飛んでいた。側面から、回り込んできた大蛇に目もくれず、大蛇の胴に刺さる槍の柄をライオットはつかんだ。
大蛇の胴に着地する。
背後から迫る大蛇に、振り向くなり、手にしていたナイフの切っ先を向ける。刃よりつららを伸長させるつもりで、ナイフに魔力を通し、迫る大蛇の額へ的を定めた。
ドンとナイフの切っ先に、大木のように太い氷の柱が形成される。その圧力にライオットまで押し返されそうになった。
「なんだよ、これ!」
ナイフにはアノンの魔力が込められているとリオンが言っていた。失念していたライオットは、自分の魔力量では形成しえない氷の柱に驚愕する。
「どんだけ、魔力入れて行ったんだよ!!」
槍の柄に肘をひっかける。重心を落とし、両足でしっかりと大蛇の胴に踏ん張った。切っ先をわずかに下げる。
押し出された氷の柱は、そのまま伸びて大蛇の喉元にぶつかった。
ジャンの操縦する単車は、森の民の居住区上空で、旋回する。
二体の魔物が罠にかかったようだが、それ以外周辺の森は静かだった。空はすっかり明るくなっている。
「遺跡の方角を教えてくれ」
ジャンが巨木の森の奥を指さした。
じっと奥を覗き込むようにリオンは見つめた。森が広がり、彼方まで続く。木々に隠れて、遺跡までは見えなかった。
「石切り場は全体を見渡せるか、ジャン」
「ああ、見渡せる。ここより高いからな」
「近いのか」
「遺跡よりはずっと近い」
「向かってもらえるだろうか」
「わかった。往復で、急いでも小一時間かかる。いいな」
「かまわない」
リオンの返答を待たずに、ジャンは単車を駆る。
大蛇の頭部を押しつぶして、氷の柱は大樹の幹に食い込んでいた。ライオットは軽く蒼白になる。
(やばい、幹に傷つけてしまったかも)
ライオットは細いつららのような槍状の氷で蛇の脳天を貫こうとしていただけに、予想外の結果に泡食った。人が住むための木である。木を殺すようなことはしたくなかった。
アノンが改造したナイフは、そこに込められた魔力も桁外れだ。
(炎のように、魔物だけ凍らせることができたらいいのに……)
ひとまず、槍を抜いた。喉元から頭部をつぶし氷漬けても、肉体はまだ痙攣している。そもそも、魔物の核を破壊しなければ、死なない。このまま、放置していると、必ず復活する。
ライオットは膝をついた。抜いた槍の代わりに、アノンが残したナイフを蛇の体に突き立てる。魔力をわずかに流しいれた。
ぴきっと突き刺さったナイフから氷が張っていく。蛇の表面が凍りつき、動きが止まった。
ライオットはナイフを刺したまま立ち上がった。アノンの魔力が作用して、氷は広がり続ける。大蛇を氷漬けにしてなお余る魔力が幹や枝、葉にまで網目のように張っていく。樹木を凍らせることなく、樹皮を包むように広がっていった。
ライオットはただ、余った魔力が伸びているだけだと思った。ナイフを残し、一旦、居住区に戻ろうと下を向く。再び、魔物が罠にかかる轟音が彼方から響いてきた。
ブルースは轟音に振り向いた。
再び火柱が立っている。今日はこれで三度目。
普段なら、一日一回魔物が罠にかかればいい方だ。奥に生息する魔物も多く、森の際に近い森の民の居住区まで現れることも少ない。
魔物が狂暴化している。ただ暴れているだけなのか、そのターゲットが人間になっているのか。計りかねた。
(魔物の動きがおかしい。狂暴化が進んでいるのか。魔神が復活しているのか)
ブルースは、炎の柱が立つ方角に向かい数歩進み、手すりを掴んだ。
森の民の罠を突破し、狂暴化した魔物が居住区を破壊する。森の民は生き残らないだろう。更に、その矛先が環の国に向いたなら、祈りにより国を守る環の国は、戦う術を持たない。
それは三百年前に残され、生き抜いた最後の人間もこの世界から滅びるだろう。
「ブルース! リオンとジャンはどうした!!」
振り向くと、樹上に飛んでいたライオットが駆け寄ってくる。手には投じた槍が握られている。
「二人は先に飛んでいった。ライオットも移動するか?」
横に走り込んできたライオットが手すりを掴み、彼方へ目を向ける。火柱が高く伸び、雲にまで届きそうだった。
「どうするかな……」
「どうした、何かあったか」
「樹上に大蛇【叫喚 フェスティバル】がいた」
「大蛇が!?」
「とりあえず、氷漬けにしてきたが、核までは破壊しきれていないんだ」
「あそこまで高いところに魔物はのぼらないんだぞ。俺たちは火も使う。ここで火を焚いていれば、その煙だけで通常は寄らないんだ!」
「通常はだろ」
「通常はな」
「非常時だな」
「まったくだ」
ブルースは、葉を落とした枝を見つめ、忌々し気な表情を浮かべる。
「これじゃあ、時間の問題だな」
「罠を突破されるのもか」
「あれで、火柱も三度目だ。いつもならありえない。ライオット、俺たちも飛び立つか」
ブルースはライオットのため単車を駆ることが仕事だ。ざわつく周囲と一緒に動くことはできない。ライオットが望むなら、すぐにでも飛び立ってもいいと思っていた。
「今は、ここを離れない」
ライオットはきっぱりと言い切った。
ブルースはジャンの宣言に目を見開く。
「それでいいのか」
「リオンがいない、今。森の民の居住区を守る役は俺しかいない。大蛇の魔物が上まで出現したことを考えれば、どこからでも魔物が迫ってくるだろ」
「いいのか、こちらとしては、ありがたい限りだが……」
「俺がここにいるからリオンも飛んでいったんだよ。なにより、ここでこの場を離れれば、アノンの意志を無下にすることになる。魔神もまだ現れてない。復活はしてても、動き出していないかもしれないよな。
リオンが動いたとしたら、魔神がらみだ。見慣れない魔物が現れない限り、俺はここを動かない」
「そうか」
ライオットの決意に感謝しつつ、ブルースは安堵した。ここには女性も子どもも老人もいる。森の民だけでは、居住区を守り切れない。
張り巡らせた罠があとどれほど持つかも予想できなかった。
「まずは、上空に大蛇が現れたことを首領に伝えにいこう」
ライオットの申し出に、二人は役場へと向かうことにした。




