129,魔王城の前夜
散々な格好のエクリプスがお風呂から上がり、着替えを終えて、食堂に入ると全員が揃っていた。端の席が空いており、座る。デイジーとドリームが料理をのせた大皿を運び、取り皿をテンペストが持ってくる。
周囲には羊たちもお手伝いで奔走し、テンペストから受け取った取り皿を並べている。他の羊は、カトラリーを並べて、コップを配る。えっちらおっちら、三匹一組で頑張っている。
(魔物っていうより、万能な家畜だよな。子守できるんなら、うちにも欲しいな)
見た目がすっきりしたエクリプスは、頬杖をつき、羊の動きを眺める。魔王と預言者、始祖にサッドネスが向かい合い、言葉を交わしている。
四人が談笑しているようで、複雑な気分になる。
(ついていけねえ……)
明日に迫った魔神の出現。考える気力もない。文句を言う気もない。知る、知らないに関わらず、魔道具を設置する道を回避できないと風呂につかりながら結論付けた。
世界の大筋の流れは変わらないのだ。
(俺が拒否しても、ここには魔女も魔道具師もいる。誰かが、動くだけさ)
エクリプスの前には魔道具師二人が座っていた。
「やあ、エクリプス。ご苦労様」
「お疲れ様です。頼まれた仕事は、本日完了しました」
「助かったわい。わしらだけでは、人手が足りんかったもんなあ」
「早いなあ。伯爵家の仕事は間違いない上に、早い」
「信頼しておるよい」
「……光栄です」
「昔から、飲み込みも早いしね」
「優秀、優秀」
魔道具師は明るく笑う。
二人は変わらず、帽子を目深にかぶっていた。食事が始まるのに、帽子をとる素振りもない。魔道具師のめくられた袖から見える腕には、まきつくような模様が描かれていた。
(魔術具に施す文様みたいだ)
エクリプスはそう思ったが、何も問わなかった。ここ数日、駆けまわり、風呂上がりの身体から漏れ出る疲労から浮遊感を覚えていた。
魔術師は体力も精神力も限界を超えていた。
(これは、食事終わり次第、寝るしかないな)
食事の準備が整うと、テンペストが手を叩いた。
「さあ、ご飯の時間よ。みんな、あったかいうちに食べてね」
それぞれ大皿から、好みのおかずを取り皿に自らよそい、各々食事を始める。
魔道具師はパンにおかずを挟み込み食んでいる。魔王、預言者はリキッドやキャンドルに手伝ってもらいながら食事をすすめる。始祖は、味見程度の量を取り皿に盛る。サッドネスは、ワインを引き寄せグラスに注ぎ、つまみになるおかずを取り皿にもっている。お酒を中心にたまにつまみを刺して口に運ぶ。四姉妹は姦しい雑談とともに食事をすすめる。
エクリプスのお腹はペコペコだ。周囲を気にせず、取り皿に乗せれるだけ盛りつけて、食べ始めた。
「明日の予定について、少し話し合おうじゃないか」
食事の終わり、テンペストが紅茶を淹れると、始祖が語り出した。
魔術師が設置した魔道具により、勇者一行が戻ってくる。
その際に、魔神が一緒に戻る旨が伝えられると、四姉妹が各々複雑な表情になった。
四姉妹の言い分を制するように魔王がしゃべりだす。
「テンペスト、エム、デイジー、ドリーム。定められた流れは変わらないものだよ」
落ち着いた魔王の言葉に、預言者も頷く。
「でも、魔王。魔神が攻めてきたら、街道はつぶれてしまうわ」
「その点は、人間の国に援助を依頼した。明日の朝早く、四姉妹は街道の魔人たちが人間の国へと向かうように促しておくれ。
そうすれば、人間の国が戦火を逃れてきたとして彼らを保護してくれるからね」
「いつの間に……」
「いつの間にだろうね」
「わかったわ、パパ。いいわね、エム、デイジー、ドリーム」
「長い長い時をかけて、我々は足掻いてきた。そうだね、サッドネス」
「はい……」
魔王は満足そうに、口元をほころばす。
「始祖、魔神がこちらに来た後。やっと我々も自由に動いて良いのですな」
「かまわないよ」
「では、不詳魔王、預言者、魔道具師の四人は、勇者一行を迎えに行きます」
魔王は自らの望みをゆっくりと語った。
四姉妹は粛々とそのメッセージを受け取る。
集った面々は、翌日の行動予定を確認し合った。
話し合いが終わり、エクリプスはあてがわれた客間へ向かう。衣類を脱ぎ捨てるなり、すぐさまベッドにもぐりこみ、寝てしまう。本番は明日なのだ。彼にとって今は休むことが先決だった。
サッドネスは外に出ていた。冷えた夜風に当たりながら、星空を眺める。
侯爵家の悲願は、汚名を雪ぐことではない。
異世界を救うために魔神をこちらへ追いやろうとする始祖を止めることはできない。放たれた魔神は、異世界を滅ぼしたようにこの世界を脅かすだろう。
魔神による破滅の阻止こそが、侯爵家の本懐である。
魔道具師のメカルとスロウは作業場におり立つ。明日のために用意した布にくるまれた細長い魔道具をメカルが抱いた。袖が落ち、露になる手首に、文様の端が見え隠れする。
「エクリプスのおかげで、いい仕事ができたな」
「ああ。助かった、助かった」
「後方支援は魔術師の専売特許だものなあ」
「昔から、いい仕事をする」
「最高の弟子だ」
うんうんと二人は頷き合う。
布を巻いた魔道具を抱えて、二人は階段を登った。
リキッドとキャンドルは羊たちと一緒に食堂を片づける。打ちひしがれた四姉妹を早々に下がらせ、休むように促した。
言葉は少なくとも、魔女二人はすべてを知っている。だからこそ、今日が、とてもとても尊いのだ。
デイジー、ドリーム、エムは、テンペストの部屋に集まっていた。何も知らない。何も教えられていない。そんな現実を突きつけられた。憤りを通り越し、呆然とする。
その決められた道の中で、さも考えていたかのようにふるまっていたのだ。いかに自分たちが踊らされた道化であったかと思い知る。感情さえも操られていたかのようだ。
四人四様に思うところがあっても、十分な言葉を交わすには至らなかった。今日は昨日からの延長である。
でも、明日は分からない。明日がどんな夜になるのか、四姉妹には想像もできなかった。無力さを感じ入りながら、四人は寄り添う。
「明日の朝は忙しいわね。でも、魔神が現れるまではいつも通りでいましょう」
「姉さん」
「白姉様」
「いちねえ」
「そして、魔王、預言者様、魔道具師様の、為すことを最後まで見届けましょう」
預言者と魔王は塔をのぼった。
人間の国へ通じる細長い街道に沿って民家が並ぶ。煌々と橙の光を灯し、各家から白い煙が昇る。暖かい食卓を囲む魔人たちが暮らす温もりが伝わってくる。
「とうとう明日だ」
「長かったか、短かったか、分からないなあ」
「長かっただろう。長かった」
二人は街道に並ぶ灯火に魅入られていた。
始祖は預言者が常々佇んでいた部屋の中央に置かれた椅子に座っていた。魔道具師たちの配慮で、二百五十年前と同じ座り心地の椅子に満足する。
「とうとう明日か……」
三百年前、魔神を封じて、こちらに渡ってきた。帰ることは二度とない故郷から、魔神がこの世界に戻ってくる。
始祖にとって、魔神がこの世界に戻ってくることが終わりである。魔王城で魔神を迎え撃つ者たちにとっては始まりとなる。
どちらも、譲れぬ戦いであった。
時に脅迫し、時に共謀し、ここまでたどり着いた。
面従腹背は許し、魔神への対抗手段を講じることは許容してきた。
(それも、利用させてもらうがね)
愛用の椅子に深く身を沈めた。懐かしい座面の座り心地にくつろぎながら、始祖は初心に還る。
その時、鏡の向こうに人影が揺れた。
若々しい黒目黒髪の少年が鏡を凝視していた。




