128,戦士の家系
始祖は腹を抱えて、笑い出した。
サッドネスは嘆息し、エクリプスは複雑な表情を浮かべる。
笑いすぎた涙目を始祖がぬぐう。
「笑わないで下さいよ、ゴシックさん。いや、下で聞いたんですけど、ゴシックさんって……」
「そうそう」
「そうそう、って軽すぎるでしょう。二百年以上前の人間がなんで生きているんです。おかしいでしょ。人間そんなに長生きなはずはないんだ」
階段を登り切ったエクリプスが大股で闊歩して、二人に近づき、ほど良い距離で足を止めた。三人が囲むように立つ。
「エクリプスは、そこが気になるのかぁ~」
「子孫かなにか、なんでしょ」
始祖は腕を組み、片腕をあげて人差し指を立てた。
「子孫は、リオンだな」
「はい?」
エクリプスが変な顔をする。
これにはサッドネスも目を剥いた。
「私の子孫は、リオンだよ。息子じゃないけど、私の直系だ」
「そこで、なんでリオンがでてくるんです」
「いや。子孫と言われたからな」
「ゴシックさん、話し逸らすのうますぎです。リオンが息子ですか、にしては年近すぎないですか」
「いや、子孫だから、大分昔の子どもの子どもだよ」
エクリプスは乱れた髪をかき上げて、ぐしゃぐしゃの髪をさらに自ら乱した。
「いったい、あなたいくつなんですか。ゴシックさん」
「いやあ、お恥ずかしい話。三百歳超えてて、サバよんでも仕方ないぐらい年なんだよ」
エクリプスの顔が見るに堪えないものと変わる。
「じゃあ、本当に……」
「ああ。私が始祖だよ」
「寿命は……」
「私は、魔物なんだ」
サッドネスが瞠目した。
エクリプスは硬直する。
「私は、魔物と同じく、核を保有し生きている。異世界からこちらへ渡る際に、そういう肉体を選択したのだ」
「肉体を選択?」
「私の生体は、向こうに置いてきた。すでに朽ちていると思うよ。元々、戻る気はなかったからね」
サッドネスも、エクリプスもますます分からないという表情に変わる。
「あちらからこちらへ、こちらからあちらへ、魔物のように実態をそのまま移動することもできる。でもね、元々はここはそういう場ではなく、肉体を向こうに置いたまま、精神だけをこちらに移す場所だったんだよ」
「それは、どういうことでしょうか」
サッドネスは真顔になる。
なにがなんだか分からないとエクリプスはさらに混乱を深める。
「そのままの話だよ。その昔、私たちは向こうからこちらへ自由に行き来していたんだ」
「こちらからは?」
「こちらからあちらへは移動する仕組みは当初はなかったよ」
「当初、ですか?」
「当初はね。でもさ、一度手にしたものをこちらからあちら側へ持って行きたい、人間はそう考え始めた。
意識の中では、二つの世界は融合し始めていたからだろうね。あちら側で技術開発が進み、立体模型を作る技術は出来ていたから、似た素材を用意して、別の世界で作られた品を現世に持って行こうとする流れが生まれたんだ。材料さえ合致すれば、意外と上手くいったんだよ。ただ、こちらからあちらへ実態を送る場合には、思いもよらない変化を呼ぶことがある。それで、ある程度、変化する内容を決めて送り出す安全策がとられた。
今回、アノンとフェルノの性別を変えたんだ。彼らの体質や魔力に影響が出ないようにね。リオンとライオットの変化もだ。彼らから魔力や剣技が失われてもいけないからさ」
「どうやって……」
「最古の魔法使いがちょちょっと魔法をかけたんだよ」
魔法の杖を振るしぐさを見せる始祖はおどけて、道化のように笑った。
魔術師は頭を振る。
「まったく、話が見えない」
「いいんだ。その辺はね。重要なのはこれからだよ。魔神は明日復活する。私たちはそういう仕組みで、魔神を閉じ込めたからね」
「期限付きだったということですね」
「そうだね、サッドネス。こちらからタイミングよく送致するためには、期限をしっかり定めておいて良かったよ」
「明日、異世界で魔神が復活することがなんなんですか。異世界の話でしょう」
「エクリプス。君は今まで何をしてきたんだい」
始祖が困り顔で笑む。
エクリプスは、何を言い出すとうろんな目を向ける。
「魔道具を、魔物が住む樹海に設置してきていましたが、それがなにか」
「その魔道具の目的は聞いているかい」
「いえ、魔道具師様に頼まれた時、詳細はあとで説明すると言われましたから。詳しくはきいていません」
「あれは、異世界から、勇者一行と魔神をこちらに戻す装置だよ」
「戻すんですか? 戻す。戻すって……」
「言葉の通りだよ、エクリプス」
「サッドネス。お前、知ってたのかよ」
「悪いけど、そのぐらいはね」
知らなかったのは自分だけかとエクリプスは腹立たしくなってくる。
「なんですか。それじゃあ、彼らを飛ばした目的って、こちらの世界に戻すために、飛ばしたってことですか。この世界からの追放は建前で!」
「御名答、エクリプス」
「ゴシックさん。褒められても、まったく嬉しくないですから!」
語気粗いエクリプスが半歩乗り出す。諫めるように、始祖は手のひらを彼に向ける。
「まあまあ、そう怒らないでくれよ」
「エクリプス。魔神をこちらの世界まで運び込む。これは統一を果たした王家の約束の根幹だ」
「根幹ってなんだ。サッドネス!」
未だ冷静なサッドネスにも、エクリプスの怒りの矛先は向く。
「この世界に魔神を呼び寄せることだよ。この世界に、勇者一行が戻る時、一緒に魔神も戻ってくる。すでに世界はそのように仕組まれ、動いてきたし、動いている。その流れは止まらない」
「だから、その流れってなんなんだよ」
「異世界を滅ぼした魔神が、この世界にくる」
「はっ! 待てよ、サッドネス。向こうを滅ぼした魔神が来るんだろ。そんな魔物が来たら……」
「この世界の方が滅びるかもしれないな」
「滅びるって……」
「そうだろう。黙って、始祖の意志を汲んで呼び寄せるだけなら滅びは必至だ」
「おい、俺が設置している魔道具が何か分かっていたのか、サッドネス」
「そりゃあな。魔道具師様方は、お前の気持ちを考えて、明かさなかっただけだろう」
「畜生! なんだよ。俺だけ何も知らないってことかよ!!」
魔道具師に頼まれるまま動いた自分にエクリプスは腹立ち、地団太を踏む。
サッドネスはその姿に、古の祖先の怒りを垣間見た。
「始祖の目的は、あちらの世界を救うためにある。
あちらの世界の救世主になるために、こちらの世界で悪魔になる。それが、始祖だ」
「……魔神に滅ぼされるのか、俺たちは」
始祖は穏やかに笑む。
「私は、こちらに魔神がたどり着ければ本望だよ。私の望みはそれで達成される。
エクリプス、サッドネス。
私はなにも、君たちが滅ぶことまでは望んでいない。ただ、魔神の力は本物だ。黙っていたら、滅んでしまうだろうね」
エクリプスは言葉を失う。知らず行った仕事に、全身が凍りつく。
サッドネスは息を吐き、始祖を見下す。
「毒杯をあおり、汚名を被り、辛酸を舐めてきた。始祖の意志を汲みながらも、この世界を滅びへは向かわせない。そのために動く我が侯爵家は、永遠に王家に仕える忠実な戦士なのだ。
始祖よ。我々は滅びる道は選ばない」




