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125、弓と衣装

 渡し場から戻ったリオンとライオットは、車庫で最終点検を行うジャンとブルースと別れて、鍛冶場へと向かった。

 

 鍛冶場では、サイクルと親方がやっと人心地ついたという顔で、座っていた。昨日の夜から、アノンにつきあって徹夜をし、引き続いての準備である。疲労困憊で当たり前だ。

 それでも、リオンとライオットが近づくと、サイクルがぱっと明るい表情をみせた。


「リオンさん、ライオットさん」


 若いサイクルでも、目の下にクマをつくり、頬も少しこけたかのような陰りが見えた。


(ある意味、昨日から今日にかけて一番大変だったのは、この二人かも……)


 察したライオットはサイクルをねぎらう。


「昨日から、お疲れ様」

「いいえ、これが僕らの仕事ですよ」

「アノンのわがままにつきあったんだ。大変だっただろ」

「さすが、よく分かってますね。でも、いいんですよ。おかげで、強い罠も張れます。僕らのできることって、事前準備と当日の武器整備。今が、頑張り時ってやつです」


「そんな時に、頼みごとをしてしまって、もうしわけないな」 

「気にしないでくださいリオンさん。それが仕事なんですから。頼まれていた物も用意しておきましたよ。しなりの良い木材ですよね。何に使うか分からないんで、いくつか用意してみましたよ」


 そう言うとサイクルは、「待っていてくださいね」と奥へむかう。

 近寄ってきた親方がリオンの隣に立った。


「木材で何か作るのか、兄ちゃん」

「ええ、弓を作ろうかと。アノンが良いナイフを残してくれたので、作り替えるつもりです」


「作り替えるってなんだよ、リオン。俺たち騎士であって、魔術師じゃないだろう」


 涼しい顔のリオンに、ライオットは仰天する。

 

「子どもの頃にやってたんだ。野鳥を狩るには便利だった」

「えっ? 子どもって……」

「俺はただの器用貧乏なんだよ」


 リオンは軽く笑う。謙遜でも、子どもの頃から魔術具を習いもせずに作っていたのかと思うと、ライオットはその天才ぶりに慄いた。


「お前さんも、アノンさんも、俺たちの武器を何してくれるんだか……」


 親方は複雑な表情を浮かべる。

 奥から、サイクルが木の棒を数本抱えてて出てくる。


「リオンさん。この中で使えるものありますか~」


 サイクルが丁寧に床に木を置く。しゃがんでリオンは、木を確認し、サイクルに切れにくい糸とナイフを持ってきてほしいと依頼する。サイクルは小気味よく動く。

 ライオットと親方は少し距離を取り、リオンの作業を見つめる。


「ライオットも、武器を作り替えれるのか」

「まさか。あんなの、アノンぐらいですよ」

「じゃあ、リオンは……」


 拳の親指で親方はリオンをさす。


「リオンも……普通じゃないですよ。あれで、平民出身ってありえないですから」



 リオンは、もっとも真っ直ぐな細く乾いた木を選んだ。木のしなりを確認する。特徴をとらえ、持ち手の位置などを定めた。サイクルがナイフを入れた籠に糸を添えて、持ってくる。リオンはかごからナイフを取り出し、選んだ木を削り始めた。立ったり、座ったりしながら、よどみはなく動く。

 ナイフにより木はどんどんしなりやすい形に形状を変えていく。最後に、上部と下部にくぼみを削った。

 ナイフをかごに戻し、代わりに糸を手にする。木をしならせ、リオンは糸を上と下にくくった。

 

 リオンはナイフを手にして、立ち上がった。そのナイフで指先を傷つける。弓の先端から先端へ、自らの血で一線を引いた。血は垂れることなく、弓本体へと吸い込まれ消えていった。


「……今の何だ」

「さあ……」


 親方のつぶやきに、ライオットも首をかしぐ。アノンが、血の一線式と呼ぶ、魔術具作成の最も古い基礎技術と同じことをリオンは行っているなど、誰も気づかない。






「ええ、ちょっと、まって……、待ってよ。そんなの聞いてないよ!」


 森の民の渡し場に併設した建物の一室で、半べそをかきながらアノンは悲鳴をあげた。


 黒いローブを脱がされ、女の子の姿が露になる。鏡に映し出された下着姿の自分に、違和感と共にいたたまれなさに襲われる。

 さらに鏡の前で、当てられたドレスにアノンは蒼白になっていた。


「ヴァニスさん……僕、その、本当に、魔法使いで……ひっ」

「アノンさん。あなたは女の子なのよ!」


 何を言っているのと、ヴァニスは堂々とアノンを睨む。


「こんな愛らしいお顔で、綺麗な髪に櫛も通さないで、砂まみれにしているなんてありえません」

「僕……」

「男の子ではないのですよ。鏡を見てください。こんなにきれいな肌に、髪をしているのです。ちゃんと梳いて結えばどこのお姫さまにも負けません。何より、アノンさんは聖女様なのでしょう。

 それならば、それ相応のふさわしい恰好をしないでどうするのです」


 ヴァニスの言葉は、アノンは脳天を叩く。


(僕は、元々は男なんだよ!)

 そんなことを言っても、ヴァニスを止まらないだろう。口をつぐみ、拳を握り、自分に苛立った。


 ヴァニスが用意したのは、下着からすべてだった。見せられて、つけられる。寄せられて、ふっと見たら、膨らんでいる自分の胸が谷を作っていた。


 脳内で瓦解する音が響いた。人格か、プライドか、崩れ去った本体も分からないまま、アノンは泣きそうになっていた。


(なんでこうなるの……)


 魔神が復活することなんてどうでもよくなるぐらい、アノンは自分に絶望する。


 着替え終えて、満足げなヴァニスの後ろに隠れるようにアノンは一番広い一階の居室へと向かう。


 ひらひらのドレス。結われた髪。施された化粧。

 意気揚々と扉を開けるヴァニスが室内でくつろぐ人々に高らかと声をあげた。


「明日のアノンちゃんを、先にお披露目するわね」


 小さな白い靴には花の模様があしらわれ、黄みがかった白い布地で作られたドレスのスカートは、背面が長くなる仕様で、ひだを作っている。上半身は胸元まで厚手の布地で覆われ、肩から袖、首元は薄手の布地がすけ、花模様が刺繍されていた。

 髪はサイドアップで編み込まれ、白磁の丸い艶のある石を中心に、大ぶりのリボンが垂れている。薄化粧は、アノンの雰囲気を柔らかくまとめていた。


 完全なる別人に仕上げられたアノンは、居心地が悪くて仕方ない。


(もう嫌だよ! こんなの、僕じゃない!!)


 叫んで、逃げだしたいのに、後ろに回り込んだヴァニスがわざわざ背を押してくる。

 アノンはうつむいたまま居室に押し込まれた。

 姿を見るなり、マートムが手を叩いた。


「おお、いいねえ。黒い服を着ていた時は、どうなるかと思ったよ」

「本当に、衣装でまったく違いますね」


「そうでしょう、マートム、デザイア。イルバーもどう。アノンちゃん、可愛いでしょ」


 あからさまに可愛いと言われて、アノンの全身は凍り付く。


「そうですね。ライオットに見せてやりたいなって思いますよ」


 アノンの蒼白な顔に、意味不明という色が浮かぶ。


(なんで、そこでライオットの名前が出るの?)


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