124、魔法使いの到着
フェルノは、王城であてがわれた自室から窓の外を眺めていた。
王城内で明日開かれる宴の準備のために、人々がせわしなく出入りしている。
(明日、魔神が復活するというのに、本当に宴を開くのだな)
預言者が魔神復活を伝えず宴を開くよう神託を与えたのかと当初はフェルノも考えた。事態を考えれば、悠長に宴など開いているなど、ありえないことだ。
環の国では、未だいつ復活するとも知れないというのに、あえて明日、宴を開く。
(目的は、別にあるのだろうな)
アストラルの反応から目的は推測できなかった。物柔らかで人の好さそうな雰囲気を称えながらも、彼の芯は強い。
(さすがだよね。その辺は、口が堅かった)
口が軽くないのは好感が持てる。
窓辺から離れたフェルノは、部屋をウロウロし始める。椅子に座ったり、ベッドに寝転がったり、部屋の中央をぐるっと回る。
今日は明日の宴の準備があるため、あまり部屋を出ないように言われている。出歩くこともできず、フェルノは身を持て余していた。
テーブルには侍女が気をきかせて、用意してくれたお菓子とお茶のセットがあった。侍女たちも朝食の準備と片づけを終えると出て行ったきりだ。後ほど衣装を合わせに来ると聞いているが、戻って来る気配もない。
フェルノは、テーブルにあるテーカップにポットからお茶を注ぎ入れ、立ったまま飲み干した。軽い菓子を一つつまむ。くるりと向きを変え、テーブルの端に行儀悪く、寄りかかる。
フェルノにも役回りがあるのだろう。
その時に、いないとなれば困る。だから、待つように求められているのはなんとなく分かっていた。
会場の設営、式典の進行確認。体質ゆえに、公の行事に出席したことがない第一王子のフェルノでもそれぐらいは想像がつく。
待っているだけは慣れているはずなのに、気持ちが急く。それが落ち着かない行動につながっていた。
リオンは、無事にライオットとアノンと出会えたろうか。
そもそも、遺跡に行ったライオットとアノンに収穫はあったのか。
元の世界と、異世界のつながりは分かっただろうか。
要は、彼らが気になって仕方ないのだ。
力を失い、待つしかない。もどかしさに、じっとしていられなかった。
とかく、ライオットとアノンが無事であるか気になる。心配はないと頭では分かっていても、二人の顔が見たかった。
手にした甘さを抑えたお菓子を口に入れ、腕を組んで天井を見上げた。咀嚼し飲み込む。
「暇だな」
本音がこぼれた。
リオンとライオットは、ジャンとブルースの単車で空から周囲を見下ろした。そこここで、環の国の男が単車を走らせている。
彼らは、居住地周辺に罠を仕掛けようと動いていた。
リオンはジャンの後ろに乗せてもらい、そんな光景を眺めていた。
「こんな大きな乗り物を自在に操るよな」
「誰でもこれぐらいできる」
ジャンの答えは素っ気ない。
魔法使いの絨毯に乗せてもらった経験と照らしても、ジャンの運転は上手く、決してお世辞ではない。
リオンはジャンに、森や罠について尋ねながら飛行する。
森は広がっているものの、大地は砂漠の方が圧倒的に広範囲を占める。ほぼ砂漠という中に、ぽっかりと浮かぶ環の国。
森の民が住まう巨木が生い茂る森も、砂漠に隣接するには不似合いな印象が残る。
なぜこのような歪な世界になっているのか、問うても、説明できる者は誰もいないという回答だった。
森の民も、環の国の人々も、生き残ること、今を生きること、取り戻した日々を守るだけで精いっぱいなのだ。
渡し場につく。今は、環の国にアノンたちを送りに車両も運転手たちもいなかった。夕方までには、車両は戻ってきて、魔神が通り過ぎる際は、砂漠に逃げる予定だという。
「渡し場を壊されても何とかなるが、車両までやられたら、厄介だからな」
「シャレになんないよな」
ブルースとジャンが眉をひそめ、肩をすくめる。
魔神が見えたら、単車で並行し、魔神とともに環の国へと向かうことを四人は再確認した。そのまま、環の国に走ることも、不可能ではないという。
午後、アノンたちは街の中にいた。
マートムは、イルバーとデザイアを連れて、宴用の衣装を揃えるため、別行動をとる。
アノンはヴァニスと二人きりになり、げんなりする。
「アノンちゃん」
呼ばれるたびに、頭痛がした。今さらながら、女の子になっているということを痛感させられた。
地味な服装がいいと言ったら、地味もなにも似合わないなら意味がないのよと輝く目に迫られる。煌々と光る情熱に、アノンは理解に苦しんだ。
ヴァニスに連れられ、いくつかの店をまわる。虚弱になったアノンは購入される品を持つこともできなかった。女性に荷物を持たすのはどうなのだろうと思ったが、勢い有り余るヴァニスのたくましさに、ついていくことがやっとだった。
試着も何着かさせられ、放心状態で、店内の空いた椅子に頭を垂れて座り込んだ。
ヴァニスが何を選んだかなど気にする余裕もなかったが、戻った後、少しは口を出せばよかったと、開いた包みを開けた瞬間に、本日何度目かの絶望とともに、後悔していた。
魔王城では、今日も日常が回る。努めて、みないつも通りでいようとしていた。朝の食事を終え、エクリプスが出て行く。魔王とサッドネスがボードゲームに興じる。
デイジーとドリームが片づけて、エムが塔の上へ監視へと向かう。
部屋を一旦出て行った、リキッドとキャンドルが戻ってきた。
「お客さん、つれてきた」
「お客さん、つれてきたね」
黒いローブを着た、大きな荷物を抱えた男が入ってきた。いで立ちからして、魔法使いであるとすぐに知れる。
「急いできすぎちゃた。まだ時間が余っているよね。ちょっと早すぎたってやつだ」
リキッドとキャンドルが、男の持っていた鞄を受け取ると、机にとんと置いた。
「あなたは、どなたでしょうか? 服装から見て、人間の国の魔法使いの方ですよね」
テンペストは怪訝な顔で問うた。不審者と言うには、リキッドとキャンドルの対応が親切すぎる。テンペストの方が、お客様の訪問を忘れていたのかと思うぐらいだった。
「はじめまして、あなたは……もしかして、テンペスト。テンペストでしょう。いやあ、はじめまして、会えてうれしいですよ」
近寄って、手を握られる。自分の名を知られていることにテンペストは驚いた。人間の国には、名前まで知られてはいないはずなのに。
「えっと……、どなたですか」
「私は、魔法使いです。【贖罪無為 ゴシックペナルティ】こと、ゴシックと言います」
臆面もない、満面の笑み。親しみを全開されて、テンペストは呆気にとられる。
サッドネスと魔王は顔をあげ、じっとゴシックを見ていた。




