121、アノンの旅立ち
早朝、アノンは移動するため、車庫があるフロアにきた。イルバーとデザイアが、単車を取りに車庫へ歩いていく。それを見送るように、ライオットとリオンが立っていた。
群青が徐々に薄らいでいく空を背景に、ライオットとリオンが話している。リオンは相変わらず表情の変化が少なく、かたやライオットは笑っている。
「リオン、ライオット」
アノンは二人に名を呼びながら、駆け寄った。
リオンとライオットがアノンに目をむける。
「「おはよう、アノン」」
「おはよう。なんだ、僕が一番最後か」
「今まで、作業をしていたのか?」
「うん。ギリギリまでやってたよ、ライオット」
「体調は、大丈夫か。休んでないんだろ」
「大丈夫だよ、あれぐらい。渡し場から環の国に到着するまで乗っているだけだって聞いているからね。そこで休むって決めているんだ」
「無理するなよ。あっちでは本当に魔力が使えないんだ。こっちにいる時みたいには動けないぞ」
「そうだね。気をつけるよ、リオン。ところでさ……」
アノンはポケットに手をつっこみ、小さなナイフを取り出す。
「これを昨日作ったんだ」
「昨日、作業していたナイフだな」
「森の民の人達から、手のひらサイズのナイフを分けてもらって、魔術具にした。鍛冶場に置いてきているから使ってよ」
リオンが、アノンが出したナイフを受け取った。キレイな刃を眺めまわし、柄の端を二本の指でつまむ。天に向かって、白刃を立てた。
「投げれそう?」
「投げるというか……射る、かな」
リオンは、弓を引く構えをとる。弓を持つ手を握り拳に、もう片方の指先でつまんだナイフを矢に見立てた。
「アノン、これにも魔力を込めているな」
「一応、ついでに入れちゃった。邪魔になる?」
「いや、使わせてもらうよ」
リオンは構えをとき、ナイフをぽんと投げて、落ちてくる柄を掴んだ。
「面白いことができそうだ」
「そう、なら良かった。
森の民の人達が使えるようにした魔術具の使い方は、いつもと同じ。ここの人達が使う武器と同じく使えるよ。弾の代わりに僕の魔力が入っているだけだからさ。ただ撃てばいいだけにしてある。気をつけるのは、鎖を扱う際は慎重に、ぐらいかな。
衝撃を加えられたら、魔力が放たれるかもしれない」
「気をつけるように伝えておくよ」
「サイクルにも十分伝えたけど、心配なんだよ、頼むよリオン」
アノンは軽く笑って見せた。リオンはいつもの顔をしてた。
ライオットだけ、口元を真一文字に結んでいる。その口元がふるふると震えていた。
「ライオット、行ってくるよ。……って、ライオット、なんて顔してんの」
アノンが奇妙なものを見るような目をむける。その表情に誘われて、リオンもライオットの顔を見た。
ライオットは結んだ唇を震わせて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「……なんか、アノンが、まともに、話しているものだから、つい……」
「はあっ!?」
アノンは閉口する。
「ちゃんとできるんだな。なんか、俺、少し安心した」
「そんなところが、泣きそうになるところっておかしくない! 僕はなに、そんなに、おかしかったのかよ。失礼じゃないか。なんなの、その立派になって嬉しいよ、みたいな反応は!」
「悪い、悪い。環の国では、魔法も使えないだろ。使えないところにもって、会話もできないじゃ、救いようがないじゃないか」
「それって、今までの僕が、救いようがないってこと、だよね」
じとっと睨んでくるアノンに、ライオットは手のひらを向けて横に振りながら、慌てて頭を振った。
「わっ、悪い。そういう意味じゃ……」
「いいよ。どうせ、ライオットには迷惑かけたしさ」
アノンは、ふんと可愛くない表情を作る。
「はっ……、いや、いいよ。俺、護衛だし……」
今さら、殊勝なことを言われると思わず、ライオットの声は小さくなる。
「ライオットには、迷惑かけたよ」
アノンは言い捨てるように告げる。その太々しい態度に、リオンは苦笑する。まるで、感謝する態度が垣間見えないところがアノンらしかった。
「迷惑って、言いながら、その態度かよ」
おいおいとライオットは肩を落とす。
「悪かったよ。今まで、邪険にしてさ」
「いや、いいよ。気にしてねえし」
ふんと彼方に顔を背けるアノンに、ライオットは苦笑する。
「それは、それ、これはこれだよ。
こっちに来て、僕はいろんなことが足りなかった。それを見捨てないで、フォローしてくれた」
照れくさくなってきたアノンは、片手を首筋にあてて、視線を床に落とした。
「助かったよ。あっ……、ありがとう……」
ライオットは目を丸くする。こんなところで、アノンから礼の言葉を聞けるとは思わなかった。
今さら、とライオットは思うものの、けっして悪い気はしなかった。
その時、遠くから声が響いた。
「アノン! そろそろ出れるか!!」
「うん、行く」
イルバーの声に、アノンはすかさず反応する。
歩き出したアノンはリオンとライオットの横をすり抜ける。去り際に、軽く手を振る。
「じゃあね。何、変な顔しているのさ、ライオット。
リオン。僕は先に環の国で待っているよ」
アノンはイルバーの元へ駆けてゆく。
ライオットの胸は熱くなる。優秀なくせに、それ以外てんでダメだった弟が成長した喜びに満ちていた。口元に拳を寄せて、呟いていた。
「成長したなあ……」
ライオットの反応は、まるで子どもの成長を喜ぶ母親のようであった。
さすがのリオンも無表情のまま、面白味を覚えていた。
イルバーと合流したアノンは、いつものようにわがままを言い、前に乗せてもらう。その表情は明るく、何かを押し殺して生きていた頃を、リオンの目にも遠く感じさせた。
「ライオット、アノンが出るぞ」
リオンの声で、ライオットは我に返る。
ライオットは旅立つアノンに目を向けた。
アノンはいつも通り、イルバーの前に座って、楽しそうに笑っている。空を飛ぶのが好きなのか、ここにきてから、塔で過ごしていた頃よりずっとアノンの表情が豊かになったように見えた。
泣いたり、怒ったり、本音を言ったり、妙に真剣だったり……。
アノンは少し変わったのだろう。
イルバーとデザイアが、単車を浮かび上がらせる。
ライオットは喜びのなかに、ちくりと刺さる痛みを覚える。
今、イルバーがいる位置が、本来はライオットの場所だ。そんな奇妙な自負心がうずいた。その変な感覚は理解できないまま流れていく。
リオンとライオットは、空に単車が消えるまで見送っていた。
渡し場にたどり着いたアノンは、運転手とその見習いに挨拶し、すぐさま環の国へと出発した。
走る車両の荷台にイルバーとデザイアに挟まれて座る。
森が徐々に小さくなっていく様を見ながら、あくびを噛みつぶした。
「悪いけど、僕は寝るよ。もし強い影の魔物が出てきたら、起こしてね」
そう言うなり、腕を伸ばし、再びあくびをして、アノンは横になる。
程なく寝息をたてて、ぐっすりと寝てしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
全220話で、丁度半分ちょっとのところまできました。来年、第11回ネット小説大賞の投稿期間が終わり、かつ、その時連載している小説が終わり次第、最終話まで投稿したいと思っています。残99話、約三か月分になります。
連載再開の際はまたどうぞよろしくお願いします。
明日からは、ネット小説大賞用の異世界恋愛小説の投稿を始めます。以下、投稿作です。
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』
https://book1.adouzi.eu.org/n0143hg/
色々書いてまして(恋愛物ばかりですけど)気になる作品がありましたら、読んでいただけましたら幸いです。




