119、人間の国の裏側で
人間の国では、女官長の【終末機械 トリプルチューズデイ】が円卓のある会議室の最終チェックを行っていた。勇者と名付けられた第一王子たちが旅立ってから、たびたび、この部屋は使われている。
都度、女官長が準備し、朝方出仕した際に室内の状況をチェックし、掃除係に任す流れとなっていた。
夜中、この場で語られる内容は分からない。当初は、水さしや書類なども用意していたものの、最近はなにも用意せず、ただ集まって話をしているだけである。
つど開かれる会議とも言えない集まりは、ひっそりと開かれ、解散する。
扉が開く。宰相【呪言解体 アサルトブレイカー】が今日の一番乗りだ。
「お早いですね」
宰相は女官長に目礼し、窓辺へと向かう。
「旅立たれた方々が気になりますか」
女官長は宰相の背にぽつりとこぼす。
魔王城に旅立った第一王子、黒騎士、白騎士、魔法使い。今は、宰相の子息と伯爵家の魔術師も魔王城に滞在している。たびたび集まっている話題が、彼らのことであることぐらい、女官長も察している。
【幽閉言語 ヒステリックネオテニー】王妃も黙して語らない。彼女もまた深いところでは知っているのだろう。国を動かす一部の者だけが共有する秘め事を。
「では、私は、失礼いたします」
女官長は深く頭をさげ退出する。宰相からの返事はない。
宰相は、窓辺に立ち、彼方に波打つ山並みを見つめた。その向こうには、街道が走り、魔王城がある。
魔王城に送り込んだ息子は、着実に事を進めているはずである。今日は、その状況を将軍が放つ【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】から報告を受けるために集まった。
宰相は、建国以前から王家とともにある侯爵家の人間である。始祖から魔法を授かった初期の王家とともに戦った魔法使いの家系であった。
侯爵家には消せない咎がある。
それは、魔法術の始祖が残した思想や約束に反旗を翻そうしたことだった。
国が統一した今、いつまでも始祖の怨念めいた意志に縛られることはない。そう考えたのだ。
すぐさま始祖は察知し、人間の国は災害という報復を食らう。始祖にかかれば、雨は降らず、火山は噴火し、大地が揺れる。
魔法術の始祖【地裂貫通 グラインドコア】は気象を操る魔法使いだ。風を操り、火を手繰り寄せ、水を放ち、大地を揺るがす。総合すれば、気象さえも思いのまま。考えればわかりそうなものの、侯爵家の先祖は見誤った。
侯爵家の提言により、災害を起こされ、被害が出た。空と大地の首根っこを掴まされていると支配層は知らしめられた。
以来、侯爵家は、宰相など国の中枢にて歴史に名を刻む文官を輩出しても、魔法使いや魔術師になることは許されず、魔法術協会から追放された。
異端となった侯爵家は、魔法術協会が始祖の思想を受け継ぎ暗躍する傍らで、備えてきた。
魔法術協会を束ねる公爵家と伯爵家が始祖に服従して見せる傍で、始祖の最悪を回避するために。
歴史の辛酸が侯爵家の魂に楔を打ち込んでいた。道化である侯爵家だからこそ、長い時の傍流にて、暗がりに火を灯し道を模索し続けた。
窓の向こうの景色を振り切り、宰相は円卓へと振り返る。
扉が開く。【幻影真紅 ヴァニシングクリムゾン】王と、【火炎無明ヴォイスレスブラスト】将軍が、諜報暗部所属の騎士【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】を連れてきた。
宰相と王が言葉を交わしている最中に、もう一度扉が開く。
続いて、魔法術協会会長【禁断協会 サブリミナルカタルシス】と魔術長【禁断関数セラミックカタルシス】が現れた。
軽く挨拶を交わし、立ったまま、間者の報告に耳を傾ける。【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】は報告する。
「フェルノ様は、環の国イドの首都ゼアにあります王城にてかくまわれております。黒騎士リオン殿は、森の民の元へと旅立ちました。
魔神復活は明後日。その日、環の国では宴が催されます。
リオン殿は魔神復活を知っており、宴前には戻ってくると予想できます。
森の民の元へ出向くのも、もしかしますとアノン様とライオット殿がいるからかもしれません。ただ、これは憶測にすぎず、彼らの居所はまだつかめていないというのが現状です。
異世界の状況で分かることは以上になります」
「アノンの行方はまだか……」
「心配か、公爵」
「詮無いことよ。王、あれも難はあるが、賢い。気づき、動いていると願おう」
「フェルノ様のみ環の国へと召喚され、まさかアノン様が行方不明になるとは思いませんでしたな。しかし、護衛として一緒にいるライオットは機転もきく、人当たりもいい。なんとかフォローしているでしょう。そういう目論見で、彼を選ばれたのでしょう。会長」
魔法術協会会長は将軍を軽く睨む。将軍は肩をすくめた。
「秘密ごとでしたね。人選したのは誰かとは……。さて、続きを頼むよ」
再び、【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】は語り出す。
「魔王城の準備も先日お伝えした通りです。
エクリプス殿も、サッドネス殿も、皆々様、状況に応じ、それぞれの準備を継続しています。
加えて、魔物の国は人間の国に魔人たちの保護を求めています。
街道の端に避難施設を設け、管理してほしいと願っています。
明日中には、街道沿いに住まう魔人たちは、人間の国へと街道をのぼる予定です」
「そうか」
王は顎をなでる。
「将軍、頼めるか」
「それぐらいなら、良い訓練になります」
「では、将軍。魔人たちの避難所の管理を頼む」
「御意」
「宰相、それで問題はないだろうか。名目はどうする」
「そうですね。今回は、王自らの勅命でよろしいでしょうか」
「かまわぬ」
「ありがとうございます。
では、将軍。
我々は魔物の国と対立していることとなっており、表向きは彼らとの友好関係はありません。本来なら、助ける必要はないのです。
しかし、今回は魔王討伐にて、第一王子が秘密裏に出立しています。彼らの働きにより、魔王との戦闘が激化。
無力な魔人たちが逃げてくることになった。その地を支配する者と勇者との戦闘から逃れるためであり、彼らはあくまでも魔物の国の無力な一般市民である。急きょ、一般市民である彼らを保護するため、動いたことにしましょう。
議会には、議長である【虚構執行 マーダートリック】と私が今日中に連絡をとります。
あくまでも、これは無力な一般人。そうですね、非難する民の支援です。人道的な配慮が必要なことだったため、王自ら判断したということでまとめましょう」
街道で暮らす魔人のために人間の国側に設ける避難所の設置準備のため、将軍と騎士は先んじて退出した。




