114 人と物
「人間の体は、筋肉や骨で動く。心臓なんかも筋肉の塊だろう。そういうものすべてに魔力がいきわたった状態の僕の体は、どうしても強い力に頼った働きをするようになった。
結果、僕の魔力に補完された筋肉や骨は、通常の人間のよりも弱くなっている。
環の国でも魔力の変動を感じなかったリオン。教会が魔術具で、神官が魔力を持ち、魔物を寄せ付けない魔法を使う、最低限度の魔力が働く環の国。ある程度微弱には魔力が働くだろう。
つまり、僕も最低限動けるってことだ。
でも、フェルノや僕は魔力の影響が侮れない。フェルノがリオンに剣を託したのも使えなかったからだろう。
じゃあ僕が環の国に行けばどうなる? まず、魔法使いでいられなくなるね。それだけじゃなくて、ただの虚弱な女の子になってしまうだろうね」
「そこまで分かってて、なんで、そんな大事なことを言わないんだよ」
「言ってどうなる。僕の魔力は一時的に抑えられて、使えなくなるだけだ。イルバーもいる。歩ける程度の力さえあれば、なんとかなるよ」
アノンは口角をあげる。自嘲的な笑みだ。
ライオットは、そんな風に笑うところじゃないだろと、頭を振る。最強の魔法使いでないアノンなど、想像もつかなかった。
「だから、言っただろ。僕は兵器だって……」
「あっ……」
遺跡で叫んだ言葉をライオットは思い出す。アノンは、自身を魔神を屠るために異世界から送られてきた兵器だと叫んだ。
感情の薄い目でライオットを見ていた目が緩む。憂いが細めた目にゆれた。
「僕と、ここにある武器と何が違う?
鋼に魔力の核を練りこまれて作られた武器と、魔物の核を食べて、ありあまる魔力を扱う僕とどこが違う? 同じじゃないか」
「物と、人間は、違う。違うだろ」
ライオットの声音は弱かった。アノンが背負わされたものの重さが計り知れない。ライオットの想像を超えていた。
アノンは、くすりと笑む。
「僕は、魔物の核を食べるんだよ」
「アノンは自分の魔力だけじゃ足りないから、不足する分を魔力の核で補っているんだろう」
「そう思ってたよ僕も」
「そう思ってたって、どういうことだよ」
「そう言われてきたし、そう信じてきた。でもさ、気づいたんだ。物心ついたころから、魔力が多いことを制御するために、薬と称されて飲んでいた粉末があったことを……」
アノンはそれが、魔物の核の粉末だと遺跡で気づいた。子どもの頃は、大人の言うことを信じ切っていた。親が言う、大人が言う、リタがそう言うなら、そうなのだろうと、ただ信じ、納得してきた。彼らは悪意ない笑顔をアノンに向けていた。とても優しく、魔力を抱えるには体が弱いと目されたアノンに優しく接してくれた。
公爵家に生まれたから魔力が強いのだと自認していた。公爵家に生まれたから、これだけ手厚く扱ってくれると信じていた。
違った。現実は違ったのだ。
「僕の肉体は、魔法術協会の管理下に最初からあった。
僕の父は魔法術協会の会長だ。息子に何をしているのか知っていたはずだ。
倫理があるとしても、魔法術協会内部に始祖の意志が今も根付き、小さい世界でその正義がまかり通っていれば、彼らにとって正しい行為はなんだ!
考えればわかるだろう。
魔法術協会で生きている内部倫理は始祖の影響を受けているなら、世情の倫理とずれていてもおかしくない。魔力の多い僕に、さらに魔物の核の粉末を与え、さらに大きな魔力に耐性をもつ体にして、魔物の核の補充なくては飢餓感が生まれるように……」
アノンは言葉を切って、前かがみになった。言葉にすると認めることになるようでいて、もう認めなくてはいけないことだと奥歯を噛んだ。
ばっと顔をあげた。どんな顔をしているのかも知れなかった。
「公爵家に生まれた僕は、この世界の魔神復活に合わせて送り込むことが決まっていた兵器だったんだ」
アノンの感情が高ぶるほど、ライオットの内面は落ち着いてゆく。
本音を隠して、周囲に感心がないふりをして生きてきた者が、仮面をはぎとられて、内包する苦しみを露にしている。
異世界に飛ばされてから何度かアノンは泣いている。受け止めなくては現実が大きすぎて、よく潰れないで保っているとライオットは敬意を抱く。
異世界に飛ばされる前も、勤勉であることは一目置いていた。
ライオットにおけるアノンの印象は、生まれながらの天才である努力家だ。黙っていても、魔力さえあれば常人を越えているのに、そこにたゆまぬ努力と研鑽というバックグラウンドを持つ。
出会った十四歳から、ずっとそうだ。すでにそうだということは、以前からアノンはそうあり続けているのだ。
(俺で良かった)
ライオットが自分がアノンの護衛に選ばれて心底良かったと思った。底から感謝の念が湧くほどに、光栄だと思った。
平凡な人間でしかないライオットにも、ぼろぼろの天才にしてあげれることがあることが、嬉しかった。
真正面からアノンの本音を受け止める。
ライオットの内面は、静けさに包まれる。
「わかるだろライオット。僕と、ここに並ぶ武器と、どこが違う。魔物の核を練りこんだ鋼と、魔物の核を練りこまれた人間……、それだけだろう。
ライオット、兵器って言うのは、敵を倒すためだけにあるんじゃない、転じて人間を傷つけるためにもあるんだよ。
僕は……、僕は……」
アノンは言葉を詰まらせる。言いたいことはあるのに、声が追っついてこない。
ライオットはアノンの姿をじっと見つめる。
「たべさせてやる」
見開かれるアノンの両眼を静観し、ライオットはおぼんへと手を伸ばす。
「はっ!? 今、そんな話じゃないだろ」
恐れを抱くかのような表情を浮かべてなお、悪態をつこうと意地を張るアノンをライオットは静かに受け流す。
「アノンは、人間だ。食べないと、体がもたない」
「だから、体は……」
「空腹はよくないことを考える。夜は長いんだ。食べておけよ。面倒なら、俺が食べさせてやる」
ライオットはお椀一つをもち、匙を手にした。なかの具を一口で食べれるサイズに切り分けていく。
「アノンは人間だよ。そんな風に、抵抗して、矛盾を抱えて、背負ったものを嘆いている。その上で、その力がどんなものか分かってて、どう使うかを自分で決めているんだ。
転がっているナイフや拳銃とは違うだろう。
道具は誰に手に渡るかによって、善にも悪にも変わる。
でも、アノンはその魔力を持って、自分で道を模索している。その意志があるなら、アノンは人間だ。拳銃やナイフみたいな物としての兵器と同等なわけないじゃないか。
物には意志がない。使う人間の意志に、道具の価値はゆだねられる。己の意志で力の使い方を定めているアノンは、人間だ」
ライオットはお椀のなかの具を一つ匙にのせて、したたる水気をお椀の縁でぬぐった。
「まず、一口食べろよ。胃に染みるぞ」
お椀を下にして、匙をすっとアノンの口元へ寄せてやる。
「お腹空いているだろ」
手前で止まった匙に乗る一かけの食べ物をアノンは凝視する。食べるか、食べないか迷うかのように、唇がふるえる。
ライオットは平静な表情だった。心も水を打ったように静かだ。
裏腹に、アノンは揺れた。ライオットに何をしゃべっているんだと、内心自分を叱咤していた。余計なことを言っているのは分かっていた。
顔をそむけたくなるアノンが、よじるように首をひねる。追う匙の先端が眼前に迫り、どうしようもなくなったアノンは、その匙を口に含んだ。




