113 体力の背景
ライオットがおぼんを手にして、鍛冶場に戻ると、アノンは数多の武器に囲まれて座っていた。傍らには小さな籠があり、ざらっと魔物の核がお菓子のように盛られている。
アノンはその籠から魔物の核を一つまみすると、口の中にほおりこんだ。
両眼は見開かれ、煌々と光っている。額にはうっすらと汗がにじみ、手には森の民が使う武器類を魔術具に変える道具が握られていた。
魔物の核の咀嚼音が虚しく響く。
ライオットは近寄りがたいアノンの雰囲気に押されて、立ちすくむ。
「どうした」
ふいに背後から声をかけられた。視線を流すと、声をかけてきたと思しき男が横にきた。体付きもしっかりした黒髪に白髪が交じる壮年の男性だ。
「あなたは……」
「俺か? 俺はここの責任者の【嗜虐立体 キュービックサッドネス】だ。ここでは、親方で通っている」
「お世話になります」
貫禄ある職人肌の男性に、ライオットの頭が自然と下がる。アノンが世話になっていると思うと、尚更頭があがらない。
「お前は、お嬢ちゃんと一緒にいるやつだな」
「はい。ライオットと言います」
「それは?」
親方はおぼんに視線と落とす。
「これは、アノンの食事です。サラが持っていくようにって……」
「そりゃあいい。あのままでは、飲まず食わずで、一晩過ごしそうな勢いだ」
アノンが道具を持ち換えて、作業を継続する。その合間に、魔物の核を再び口内に含む。魔物の核を体内に取り込み、その力を手元の武器にそそぎこんでいるかのようである。
なぜここまで、アノンは必至なのか。ただ、守りたいという思いだけで、ここまで動くことができるだろうかとライオットは疑問に思う。
「ですね」
「兄ちゃんの言うことなら、聞くだろ」
そう言うと、親方は背を向けて、高炉に向かって歩いて行った。
(俺の言うことだって聞かねえよ)
ライオットは、改めてアノンを見つめる。息を吐き、口元を結び、アノンの傍に寄った。
「アノン、食事を持ってきたぞ」
アノンは顔をあげなかった。
「アノン、武器を少しよけていいか」
武器という言葉に反応したのか、アノンは手を止めた。
「サラが、アノンの食事を作ってくれたの。持ってきたんだ」
「サラが?」
アノンが、顔をあげる。
「横、座っていいか」
「じゃあ、ここの武器は後ろによけていいよ」
指さしたのはアノンの真横に置かれた蜷局を巻く鎖だった。
(俺は、無視かよ)
あからさまなため息をついて見せながら、おぼんを片手に、鎖の束をざっと後ろにひいた。
食事が見えるように、アノンの横におぼんを置く。その背後に、ライオットは座った。食べておけよとほおり出して、帰る気になれない。
明日の朝まで手をつけないとしか思えない鬼気迫る雰囲気をアノンは醸していた。
(食べとけって言っても食べないか)
「食えよ」
ここまで、来たら、食事が終わるまでつきあってやるとライオットはあぐらをかいて、膝に肘を置き、頬杖をついた。
アノンが背筋を伸ばし、ライオットの方を向く。予想外の反応に、手の甲からライオットの頬が浮いた。
「食べるのか」
意外過ぎて、ライオットは目を見張った。
アノンが、おぼんの食事と、ライオットを交互に見る。
「食べさせて」
「はっ?」
ライオットは我が耳を疑う。
「面倒だから、食べさせて」
「はあ? 自分で食えよ」
「面倒」
「サラが作ってくれたんだろ」
「うん。そうだね、悪いから、食べようかと思ったけど……」
「けど?」
「食べるの、面倒くさい」
そう言うと、また武器に集中し始める。今は小型のナイフを何やら器具で傷をつけるように模様を刻んでいる。実際は傷を傷つけているわけではなく、なぞった部分が一瞬光り、浮かび、その光りが消えるだけだ。小さな刃物全体に光るの線を手際よく刻んでいく。
アノンの目の前には何本かのナイフが右と左に分けて一塊で置かれていた。
手もとのナイフから魔術具を作る道具を離す。ナイフの刃をつまみ、柄をライオットに向ける。
「これ、ライオットとリオン用に作っているんだ」
「俺とリオン……、そんな、使うかどうか分からない物を……」
「そう。キレイなナイフだし、飛び道具にも使えると思うんだ」
差し出されたナイフの柄をライオットはつかむ。確かに均整の取れたキレイなナイフだった。
「明日までに、上階に設置する数台の狙撃用散弾銃を魔術具にする。薬莢に魔力を込めて、三発ぐらいは打てるように準備する。拳銃は、通常は魔物には使用しない物だけど、魔術具にして僕の魔力を込めておけば、身軽なまま、魔物に直接対抗できる。一晩でこれをやり切る。時間が惜しいんだよ」
ライオットは呆気にとられる。
「アノン。それなら、それこそ、食べないとダメだろう」
「魔物の核を食べているから、何とかなる」
「そういう問題じゃない。魔物の核じゃ、体は動かないだろう」
「動くよ」
「はっ? 血にも肉にもならないだろう。魔物の核って、魔力にしか……」
ライオットの声が尻つぼむ。
アノンがライオットに冷徹な目をむける。
「僕の体は動くよ」
「アノン……」
アノンの内臓に絡みつく無数の黒い筋をライオットは思い出す。筋肉や血管、心臓などの内臓、おそらく脳まで、アノンの隅々まで行きわたっている。
「女の子が訓練している男より早く階段を駆け上っていくことに違和感を感じないの?」
ライオットから見れば、アノンは男だ。それは異世界に飛ばされる前の姿であり、アノンの精神面をとらえた姿である。
この世界でのアノンは女の子だ。少なくとも、肉体は女の子なのである。
「体さえも、魔力で動いているのか……」
はっとアノンは見下すように、目を細めた。今頃気づくの? とでも言いたげだった。
「そうだよ。僕は体さえも魔力で動いているのさ」
ライオットは驚愕する。
「驚くことじゃないよ。ライオットやリオンがここの人たちに比べて超人的な体の使い方を我知らずできてしまうのも、魔力の補完があるからだ。もちろん、フェルノにもある。
魔法使い並みの魔力を持つフェルノが、なんで剣をリオンに託したと思う?
男から女になって体力を失っただけじゃない。魔力さえそぎ落とされてしまったために、剣を扱うことそのものができなくなってしまったからだろう。
自覚しているかどうかは、知らないけど……」
そう言うと、アノンはまた目の前の武器に手を伸ばした。今度は拳銃を手に取った。
涼しい顔をしてアノンは両手で持つ拳銃を右に左に眺めまわす。
ライオットの肩がわなわなと震える。うつむき、腸が煮えた。
「アノン」
震える声で名を呼んでいた。
「なに」
アノンの声は素っ気ない。
「お前、分かってて……、環の国に行くと言ったのか」
アノンは答えなかった。
ライオットはがばっと顔をあげた。
「体中に魔力の筋で絡めとられているお前が環の国でどうなるか。分かってて、行くって言っていたのか!!」
ライオットの怒声に、静かに嘆息し、アノンは斜めに彼を見上げる。下からずいっと見上げるようであるのに、目線は見下すようであった。
「当たり前だろ」
ばかにするなよ、とアノンの目は主張する。




