110、統合
アストラルとフェルノが学園から戻ると、文官長と司祭がフェルノの元を訪ねてきた。
二人は、明後日に宴があること、それに伴う準備を明日行うこと、そして、明日は王城の部屋にずっといてほしいとを、フェルノにお願いしてきた。
アストラルから聞いていたこともあり、フェルノは快く頷いた。
了解を得た二人は恭しく礼をし退出する。二人はメアとエレンの父である。改めて思い起こせば、二人と似ているような気がしてきた。
フェルノは広い部屋のなかでぽつんとたたずむ。リオンがいない帰宅後の時間はぽっかりと空いて暇だった。
出かけ、戻り、昨日の夜更かしもあってか、瞼が重くなってくる。フェルノはあくびをしながら、ベッドサイドに腰を掛けた。
そのままぽすんと背中から転がり、落ちたところで両腕を広げた。
誰にも命を狙われない。本来は穏やかに受け止められそうなひと時なのに、慣れない安心感にもぞもぞと違和感を感じる。
(私はそれほどまでに危機感といつも共にあったのか)
三人が本気でフェルノを狙わないと分かっていても、頭の片隅に常に猜疑心があった。本来はそれこそおかしな感覚なのに、今、そのような感覚を失えば、いつもと違うと、心底から違和感が突き上げてくる。
安心や安定、幸福、穏やか……そんな言葉で表現しうる空気感に馴染まない。そんな男のフェルノが置かれた状況を女のフェルノは憐憫を覚えずにいられなかった。
眠気に絡めとられたフェルノは、うとうとしているうちに、眠りに落ちていく。
薄れゆく意識のなかで、男のフェルノが瞼の奥に映し出された。
男のフェルノは哀愁漂う笑みを浮かべていた。薄ら笑いと自認するその笑顔は、それなりに美しい。母からも父からも離され、一人屋敷に隔離される。大人の入れ替わりは激しく、同世代の子どもの友達はいなかった。
男のフェルノは、寂しいのだ。ただの寂しい子どもなのだ。
与えられた課題をこなし、求められるままに知識をつけ、強くはなった。
寂しさを覆い隠す強さを持っていても、強さだけでは、寂しさを埋めることはできない。それさえ知らないぐらいの、哀しい子どもだった。
彼はどこかで泣いていたのだろうか。泣いたような記憶もなかった。泣きたいことをも理解できないまま、体だけ大きくなってしまった。それが男のフェルノなのかもしれない。
なまじっか強さに傾倒できたから、助けて、とも言えなかったのかもしれない。
寂しい男のフェルノに女のフェルノは手を伸ばした。頬に触れ、艶やかな白金の髪に触れる。その柔らかさを慈しむように撫でた。
無反応な男のフェルノは、ただどうしていいか分からないだけだ。誰かに優しくしてもらった経験がないから、その手をどう受け止めていいのか分からず、惑うている。
おすそわけだ。女のフェルノが感じた、あたたかいものを分かち合う。想いが循環するように。与えられたものを与え、広げるように。
物悲しい男のフェルノと女のフェルノは共有し、想いを循環させる。補い合って、互いに悲しみと喜びを溶け合わせた。
転寝をしていたフェルノが目覚めた。どんな夢を見ていたのか、記憶はない。
まなじりがうっすらと濡れていた。
(悲しい夢でも見たのだろうか)
フェルノは指先で、そっと目じりの雫をぬぐい。その指先をまじまじと見つめた。
斜光がさして、朱の光線に指先が撫でられる。指先を色づかせた光を辿り、窓に目を向けた。色彩重なる帯を挟んで、上方は青く、下方が赤い。日が傾きかけている時間帯と知れた。
それなりに寝ていたようである。身を起こすと、タイミングよく侍女が来た。着替えを手伝ってもらい、着替え終えた頃、アストラルが迎えに来た。
昨日と同じように、王と王妃と夕食を共にする。小さな国だからか、王族なのに、素朴であたたかな家庭的な雰囲気を醸す。
アストラルの温和さは狭く穏やかな世界で培われたのかもしれない。
夕食を終え、王と王妃と別れた後、フェルノは再びアストラルと二人きりになる。
「星、見ますか。おそらく明日も明後日も、騒然として見ることはかなわないと思います」
「行きましょう、アストラル。楽しみです」
漏れ出た正直な気持ちに、フェルノの方が驚く。嬉しい、楽しい、そんな気持ちをありのままにのせて発言している変化に驚く。居心地が悪くても、きっとこれが普通なのだと、自身に言い聞かせた。
アストラルとともにフェルノは、裏門の階段へと向かう。
裏門をくぐると、夜空に星々が輝いていた。艶っぽい闇に濡れた夜に、大小さまざまな光沢ある白い点が重なり合う。
輝く大ぶりの星に、砂粒ような星が点々と波打つ。星が数多重なれば、白い絹の川が流れるようである。月は空の片隅に静かに浮いている。
昨日より、夜空が美しく見えた。
息を吸えば、ひんやりとした空気が喉を通り気持ち良い。
「昨日より、綺麗に見えますね」
フェルノは素直に感想を述べていた。
侍従がストールを差し出してくれたので、フェルノは受け取り肩へとかける。
アストラルは、数段先におりる。階段上部で佇むフェルノに手を差し出した。
黒髪黒目の彼は闇に溶けることなく、しっとりと浮かび上がる。黒髪の表面を夜空の光がはね、彼の凛とした柔軟な強さを際立たせた。
アストラルの濡れた瞳の輪郭を月明かりがなぞり、きらめかせる。
フェルノは自身に価値を見出せない。なのに、アストラルのように恵まれた者が、フェルノを大事そうに見つめている。
価値を見出せない者の価値をアストラルが発見する。フェルノはおずおずとアストラルの指先に自身の指先を触れ合わせた。片手は胸元でストールの両端を掴む。
認めてくれるその心に、沿うてもいいのかと、フェルノは惑う。
アストラルが見出すほどの価値をフェルノ自身は自分に感じることはない。惑いながらも、そのように見つめられることが嫌かと言われたら、嫌ではなかった。
ただ、面映ゆかった。
価値の感じられないフェルノに、覆いかぶさるようにあたたかな気持ちを降りそそぐことができる彼の大きさに包まれる。
気恥ずかしいという感情に心が奪われ、フェルノの視線は自然とアストラルから外れた。
アストラルの手がフェルノの指先をそっと握る。
「フェルノ」
名を呼ばれ、フェルノが前を向く。アストラルが眼前に迫っていた。
目が合うと、彼は微笑む。
「行きましょう。今日はすでに準備を終えています」
まっすぐにきらめく眼光はフェルノを揺さぶって、戸惑わせる。
「行きましょう」
柔らかくひかれる手のぬくもりを追いかけるように、フェルノはとんとんと階段をおりてゆく。
いつも読んでいただきありがとうございます。ここが物語のちょうど真ん中です。
九月末まで予約投稿済み。
11回のなろうコン用の小説を投稿し終えた後、来年、エンド(残99話)まで投稿予定です。
気長になりますが、よろしくおねがいします。




