108、会談
首領の元へ集まった面々が、それぞれのカードを出し合った。付け合わせが終わると、首領は両肘をテーブルにつけた。手の甲を額につけると、隠すこともなく苦悩の表情を浮かべる。
首領の執務室にある四人掛けのテーブル席に、首領とアノン、イルバーの父、リミナルが座っている。目の前には紙が置かれ、リミナルがざっくりと森と砂漠、環の国、森の民の居住地の地図を描いた。
アノンの後ろにはライオットとリオンが控える。イルバーの父の後ろには、イルバーとデザイアが立つ。他の面々は、机を覗き込むように周囲に立っていた。
改めて首領は重要な点を確認していく。
「今日から起算すると二日後に魔神が復活するのか……」
「環の国の預言者からの神託なので、間違いはないでしょう」
リオンが念を押した。
「遺跡には確実に、魔神がいたというんだね」
「はい、俺は見ました。まだ魔力に絡められて身動きがとれなくとも、目覚めてのたうち回っていましたよ」
ライオットは、白い空間内の蠢く物体を思い起こしなが言葉を噛みしめる。
「環の国で聖女として召喚されたフェルノさんという女の子と、ここにいるアノンさんが、魔物に対抗するための力だと言うのか」
「遺跡の文字盤を読んだ限りはそうですね。フェルノが呼び、僕が屠るが妥当でしょう」
アノンは素っ気なく答える。
集っていた森の民の面々が重苦しい表情を見せた。
「ここまで来たら、出来る限りの対策をとるしかないな。
復活した魔神は、フェルノさんの特殊な体質により、彼女の元へと引き寄せられるというんだね。しかも、その同日に、かの地では聖女召喚成功の宴が開かれると……」
デザイアが強く頷く。
「そうです、首領。魔物の核を納品したときに、マートムとヴァニス夫妻を招待し、各地の区長も呼ばれて催されると聞きました」
「なにが、どうなっているんだか……」
首領は頭を振った。
「俺は神託を与える預言者から、魔神の復活日を直接聞いています。もしかしますと、分かってて開くのかもしれません」
「その可能性は……高いな」
首領はがしがしと頭をかく。
「魔神がフェルノさんに引き寄せられるなら遺跡から森を抜け砂漠を越えて、環の国へ行くルートになるな。直線なら、渡し場は破壊される可能性が高い。当たり前だが、無傷ではすまないか……」
リミナルが遺跡から環の国までまっすぐな線を地図上に引いた。
「魔神が環の国へとまっすぐ行くことを望むところだが、こちらに牙をむいた場合も考えなくては……」
首領は腕を組み、天井を見上げて「対策を講じなくては……」とつぶやく。
「こちらに目もくれずに進んでくれるなら、静観する。先制攻撃はしない。できるかぎり、武器は用意する。守るために、戦う。これが、基本だな……」
「魔物がフェルノを認識したら、他に目もくれず直進します。なので、通常なら、その地図に引いた線上に魔物は進みます。ただ、これだけ距離があります。フェルノの体質がどの程度の距離で効果が出てくるかまでは、分かっていません」
「フェルノさんを認識するまでは、蛇行する可能性もあるということだな。リオン」
「おそらく。ですので、森の民の方々は、こちらに牙をむかれた場合の対抗策を準備しても、けっして自身からは手を出さず、挑発行為は避けてください。襲われない限り」
「そうだな。今、準備できるありったけの武器は用意しよう。遺跡から環の国へのルートから一番遠い居住区域に、と言っても距離はたかが知れているが、人を集めよう。最上階にテントを設営し、仮の宿所とする」
イルバーの父が、紙とペンを持ち、さらさらと首領の発言内容の要点をまとめていく。
「明日はテントの設営、避難。魔神の行動により、一日ですむか、数日になるか分からない。食料は五日分ぐらい運びこんでおこう。居住地の破壊により、避難が必要な場合に備えて、車庫の単車は上階に運んでおく。最上階に近い数フロアに武器を持つ各隊を待機させよう。
重ねて言うぞ。肝に命じてくれ。
守りを保ったうえで、こちらからは攻撃はしない。魔神の動きは静観する。牙をむかれた時の犠牲を最小限に抑える選択を選ぶ。いいな」
首領が言葉を区切ったところで、アノンが軽く手をあげた。
「ちょっといいですか」
周囲の視線はアノンにそそがれる。
「僕、環の国に行きます」
発言に全員ぎょっとした。
ライオットが背後から肩を掴んで、アノンを振り向かせた。
「分かっているのか。環の国内では魔法使いではいられないんだぞ」
魔力が封じられれば、今のアノンはただの女の子でしかない。
勢い任せのライオットを斜めに見上げたアノンは、だからなに、という表情を浮かべる。
「分かっているよ」
「環の国では魔力が封じられるんだぞ。そしたら……」
どうなる、とライオットは考える。あれだけ内部まで浸透し張り巡らされたアノン内部の魔力の筋がどうなるのか、想像までできなかった。
「でも、僕は環の国では聖女だろ。僕とフェルノは一対なんだよ、たぶん……」
「だから、どうして。そんな力を失う場に行こうと言うんだよ」
なんでわからないと忌々し気に、アノンは目元に力を込めた。
「フェルノを一人にしてたら、喰われちゃうかもしれないだろ!!」
荒ぶるままに発せられた発言に、場が静まり返る。
ライオットの目は見開かれたものの、リオンの表情は静かだった。
「ライオットが行くか! 僕らのなかで一番弱いくせに。
リオンが戻るか! それが、妥当かもしれないね。
でもさ、万が一、僕を振り切って、魔神がフェルノに向かっていく場合どうするんだよ。
森の民を守って、魔神を誘導して、それで、フェルノのところに向かうことが遅れてもいけないだろ。僕に魔物を引き寄せる力はないんだから。
魔神がフェルノに気づけば、僕を無視してフェルノのところに向かうんだよ!
冷静に考えてくれよ。
この三人のなかで、黒騎士と白騎士の息が一番合う。何のために二年間共闘してきたんだよ。僕とリオンより、ライオットと僕より、ここに残るなら、リオンとライオットでいいじゃないか。
魔神はどんな存在が分からないからこそ、こっちの息が合わなければ、話しにならないだろう。リオンとライオットが魔神の動向に応じて対応してよ。
僕とフェルノは一対だ。もう、そういうことにしてくれよ」
アノンは肩で息を繰り返す。
ライオットは、口元を真一文字に結んだ。
「フェルノの元には僕が行く。だって、僕は環の国で言うところの聖女なんだろ」




