105,不安
侍女の発言にどう答えていいか分からず、フェルノが曖昧に笑んだ時、扉のノック音が響いた。侍女と一緒に扉へ意識が向く。もう一度ノック音が響く。
「アストラルよね」
フェルノの言葉に侍女が一礼し、扉まで進む。彼女が扉を開くと、いつもの明るい笑顔が顔を出した。
侍女に挨拶し、アストラルは真っ直ぐフェルノに向かって歩いてくる。
「フェルノ、おはようございます」
「おはようございます。アストラル」
テーブルまで来たので、空いた席にフェルノはアストラルに座るよう促した。フェルノの横に座るアストラルに侍女がお茶を出す。
「よく眠られましたか。昨日は遅くなってしまい、申し訳ありません」
「お気にされないで、昨日はとても楽しいひと時でした」
フェルノが笑むと、アストラルも嬉しそうに口元をほころばせた。
「夜も遅かったので、今日はお休みされても……と、思っていましたが、すでにフェルノが学園へ向かう準備を終えられており驚きました」
「まあ。私はそんなに寝坊するように見えまして?」
「いえ、昨日のご様子を鑑みまして……」
アストラルが言いにくそうな表情を浮かべる。
「とても思い詰めていらっしゃったようでしたので、今日は出かけられずに、ゆっくりされてもいいかと思っておりました」
フェルノもアストラルに合わせた表情を作る。
「御心配おかけしてしまったのね。申し訳なかったわ」
「いえ、お気に為されずに。私の心配しすぎでした」
フェルノは微笑みかける。
「私、いつも通り、今日も学園へ遊びに行けると楽しみにしていましたわ」
「学び舎に遊びにですか」
「アストラルは学びに行かれるのに、私ったら……」
片手を口元に寄せて、恥じらるようにまつ毛を震わせ、フェルノは視線を落とした。
リオンがいれば、確実に(気持ち悪い!)と嫌悪を込め叫ばれそうな仕草も、今日に限っては誰も止める者はいない。素の自分に還る場所もなく、演じる自分を止める者もいない。拠り所を失ったまま、フェルノは虚像を演じる。
その痛みはちくりちくりとフェルノを蝕んでいた。
学園に行けば、いつもの三人と合流する。
「フェルノ、おはよう」
「おはようございます、フェルノ様」
「メア、エレン。おはようございます」
メアとエレンがフェルノを取りかこむ。花のように香る少女二人にフェルノは挟まれる。
三人並んで歩き出すと、アストラルとトラッシュは一歩引き、ついてくる。
「ねえ、フェルノ。明後日は宴なんでしょ」
「だめよ、メア。それは秘密よ」
メアが囁けば、エレンが嗜める。
「知っているわ。急な宴席で、昼間から行うのでしょう。聖女フェルノ様のお披露目なんですから、どうなのって聞きたいじゃない」
右と左に挟まれたまま交わされる二人の会話にフェルノは苦笑する。
「メア。私も、詳しいことは知らないのよ……」
「そうなの?」
「一番の賓客なのに?」
「まだ、準備段階なのではないかしら。私も昨日聞いたばかりですし」
「あーあ。フェルノなら詳しい話を知っていると思ったのに……」
「アストラルの方が詳しいのではないかしら」
「教えてくれないのよ。アストラルは!」
フェルノはくすりと笑む。第一王子たるアストラルは、秘密にしなくてはいけにことを抱えている。それを友人にも言わない真面目さが彼らしいと思った。
「宴。そんなに気になるのですか」
「だって、私たちいけないのよ。ねえ、エレン」
「そうなの。フェルノ様のご学友枠はないの、と聞いても、ない、しか言ってくれないのよ」
むくれている二人に「困ったわね」と笑顔を向けるフェルノだが、内心は二人が来ないと聞いて安心していた。文官長と司祭の娘である。来賓に名を連ねていてもおかしくなかった。
(文官長も司祭も、魔神に復活も含めて分かっているのかもしれないね)
二人が危険な目にあうところは見たくない。魔神が復活し、フェルノに向かってくることは想定できても、どのように向かってくるのかまでは、具体的には思いつかない。
少なくとも、フェルノが参加する宴席が安全なわけがないのだ。
「フェルノ様、どうされたの」
エレンが覗き込んでいくる。彼女は、フェルノが心配事にふけると必ず気づく。
「どうもしないわ」
「そう、不安? 心配? そんな顔をされていたわ」
「気にされないで。宴について私も昨日聞かされたばかりで、分からないことばかりなのよ」
「そうよね。分からないことばかりは不安よね」
エレンは眉間に眉を寄せて、フェルノを慮る。
(優しい子だよね)
フェルノは、純粋に、隣にいる二人が巻き込まれてほしくないと思っていた。
魔力が潤沢に備わり、体力も気力も充実している男のフェルノであれば、二人の少女ぐらい易々と守れただろう。今は、フェルノ自身でさえ、魔神が襲ってきても手立てがない。故に、リオンやアノン、ライオットを待っている状況である。
「どんな宴になるのか。本当に、分からなくて……。少し、不安です」
エレンが察するように、フェルノは不安なのだ。言葉として発することで、今まで不明瞭だった感情に名前がつく。ほとほと弱っていることをフェルノは感じ入り、自身の弱さに嫌気がさしそうになる。
いつものように、各教室へと別れていく。
メアとエレンと別れ、アストラルとトラッシュとフェルノは歩き始めた。
「トラッシュも明日の宴はいらっしゃらないの?」
「はい。今回は、区長と文官長や武官長のような要職についている者と、宗教関係者と森の民の方という限られた方々のみ参加です。魔神復活も控えており、大々的な催しにはしないと父より聞きました」
「確かにそうですね。私が現れたということは、朗報のようでいて、真逆ですわね」
「魔神復活と聖女召喚は別になります。聖女様が召喚されたから、魔神が復活するわけではありません」
「でも、そう考えてしまう方もいるのではないかと勘繰ってしまいますわ」
不安が高じて、フェルノは自虐する。
そんなフェルノにアストラルは笑いかける。
「フェルノ。聖女は魔神復活に備えて行われた儀式です。神託により、示された道に疑念を抱く者はおりませんよ」
(神託ね……)
神託を与えている預言者は魔王城にいる。リオンのもたらした事実はフェルノを震撼させた。そして、アストラルとの対話により見えた。
魔王城と環の国のつながりは、フェルノの生まれた人間の国より古い。
人間の国が建国される以前から、魔物の国はあり、魔王城も存在し、そこから神託を与えていた。異世界に飛ぶ魔道具師、預言を与える預言者。魔王城とは何なのだ。魔物の国という皮を被って、その本当の姿は何か。
ピースはあっても、全体は見えない。
聖女として招かれる宴で何が起こるか、フェルノは不安しか感じられなかった。




