104,〈幕間〉侍女の妄想
早朝、フェルノはベッドの上で寝返りをうつ。
目覚めていながら起き上がりもせず、壁と窓をぼんやりと眺めていた。
今日からリオンはいない。
昨日、星を眺めるテントを出てから、もう一度空を見回した。満点の星は美しかった。が、夜も遅い。アストラルがフェルノを部屋まで送ってくれ、戻った部屋で身ぎれいにしたフェルノは、ベッドにもぐりこむなりすぐに寝てしまい、今に至る。
目覚めて、どことなく心細さを感じるのは、弱くなったからか、元々が寂しがりなのか。からかう相手がいなくて、つまらないのか。フェルノは自分がよく分からない。
ため息をついて、仰向けになる。額に手の甲を押しあてた。
フェルノは一人でいるようで、真に一人になる経験がない。
幼少期から、入れ替わるものの使用人や教育者、護衛がついていた。三人の護衛とは、ほぼ同居しており、部屋や居室にいても、人の気配は常感じた。今もアストラルがいて、メアやエレン、トラッシュという同世代に囲まれている。世話をしてくれる侍女たちも親切だ。
どこまでも生ぬるい。優しい軟禁生活が生まれてからずっと続いてきた。
異世界にきてなお、真綿にくるまれる軟禁生活に馴染む己が不可思議だった。むしろ、その空間に好んで身を置いているかのようだ。優しい軟禁が肌に馴染む。
(こんな生活を当たり前に育ってきたのだな。私は……)
自由とは何か、フェルノはそんな小さなことも分からない。
朝の陽ざしあふれる窓辺を眺める。差し込む陽光が明るく、太陽がいつもより高い気がした。リオンが旅立った状況下で、夜更かしをして寝坊までしているとなれば、のんきなものだとフェルノは自嘲の笑みを浮かべる。
しかしその表情も傍から見れば、ただ眩しそうに柔らかくほほ笑んで見えるだけだった。
侍女が部屋を訪ねてきた。ベッドから起きたフェルノはどことなく浮かない気分だった。彼女に望まれるまま、鏡の前に用意された椅子に座る。
「いかがされましたか」
「気にし……」
鏡越しに目が合った侍女の心配そうな問いに、しないでくれと言いかけて、言葉を留めた。それでは男言葉である。
「気にされないで……、どうというわけではないの」
言いなおしながら、まだ梳かれていない髪を手櫛で撫でる。まなじりに流れる毛先を指先に絡めた。
「学園に行かれますか、それともこちらでゆっくりなされることもできるかと思いますが……」
「昨日、遅く寝たからよ。寝起きでぼんやりしているだけだわ」
心配そうな侍女を見上げて、フェルノは笑む。
首をかしいで、毛先を遊んだ指先で頬を撫でて、唇に寄せる。侍女がくわっと瞼をおしあげた。大きな黒目が露になる。フェルノは癖で、両目を細めていた。
たったそれだけの仕草に、侍女の頬がほんのりと赤らんだ。
(割と美人な方だと思うが、私はそれほど美しいものかな)
改めて鏡の中の容姿を確認する。見慣れた顔を評価するのは難しい。
親切な侍女の手を借りて、身ぎれいにして、学園の制服に着替える。用意された朝食も食べた。リオンの元に行く時間がない分、ゆっくりとした朝だった。
(男に戻るタイミングがないな)
そんなことを思いながら、窓の外を眺める。からかう相手がいないのが物悲しかった。
「フェルノ様、今日の朝食はいかがですか」
いつもは言葉少ない侍女が話しかけてくる。フェルノは、「んっ」と彼女に顔を向けて、笑んだ。
「いつも美味しいですよ」
食器を片づけながら、侍女がため息をつく。
「フェルノ様。リオン様がいらっしゃらなくて、お寂しそうですね」
(寂しく見えるのだろうか)
答えにくいフェルノは、いつものように笑んで誤魔化す。ただの癖である。
「フェルノ様がいつも楽しそうにリオン様の元へ通われていましたもの。そのようなお姿をいつも見ておりましたものですから……、今日のように物静かにお食べになっていると、憂いているようで、私も悲しく切なくなってしまいます」
「……」
(寂しいとも言えなくもないだろうが)
さすがのフェルノも反応に窮する。
自分の行動がどのように周囲に見えているのか、フェルノは考えていなかった。
朝は跳ねるように部屋を出て、真っ先にリオンの部屋に行く。制服を着てみれば、リオンに見せに行く。学園から戻れば、真っ直ぐにリオンの元へとかけて行く。
ただ親しい護衛の騎士をからかいに行っている気分しかなかったのは、結局は中身が男だったからなのかもしれない。
「そうですわね。いつも一緒にいる人がいないのわ、寂しいですわ」
この期に及んでも、フェルノは、自分の行動や発言が、女性姿で行えば、どのように周囲が受け止めることになるか想像できていなかった。
その為、侍女たちがフェルノとリオン、そこに絡むアストラルにどのような目を向けていたか、まったく気づいていなかった。
「そうですわよね。お部屋が違うため、朝に夕に時間があれば足しげく通われて……」
侍女の表情が険しくなる。拳を胸に寄せて、眉間にしわまで寄せている。
「大丈夫ですわ。リオン様も寡黙で素敵な男性でしても、我が国のアストラル殿下もまたご立派な方です。フェルノ様もそう思われませんか」
「そうね。とても親切で、人当たりもいいですわね」
侍女が心より自国の王子を推す様を見て、アストラルが侍女や侍従など使用人にも信頼される人物なのだなとフェルノは単純に受け止めた。
「そうですわ。リオン様もご立派な方と存じますが、けっしてアストラル殿下も引けを取る方ではありません」
「そうですね。とても良い方だと思います」
侍女はぶんぶんと頭を振った。
「アストラル殿下はきっとフェルノ様を……」
「私を?」
フェルノはじっと侍女を見つめる。その灰褐色の瞳にゆれる自身の姿をみとめた侍女が、はっと我に返った。
「いえ……」
侍女が居ずまいを正し、男性で言えば咳ばらいをするように、小さく喉を鳴らした。
「リオン様も素敵な方です。ですが、アストラル殿下も捨てがたく。ですが、それもフェルノ様の御心のままでございます」
侍女の発言が、急にあいまいに変わる。その意味するところを、解することなくフェルノは首をかしいだ。
(彼女は、何を言いたいのかな……)
フェルノは淡い微笑をたたえる。
侍女は今日もまた、その微笑の眩しさに目をくらませていた。




