103,年相応
「それって、文字盤の内容で言ってないことないかって確かめてるの」
「そうなるかな」
「ないよ。あそこに書いてあったのはあれだけ。
たださ……」
「ただ?」
「橋の上で僕が飛ばしたのって、結局私情なんだよ……」
「私情?」
「僕が、世界から消えたかっただけ……」
「アノン、そんなこと……。あるだろ、そういうのって。十六ぐらいなら。お前、まだ十六だろ」
「それでもさ。それさえも手玉に取られたんだなって……。まんまと協力させられてしまったよね。魔法術協会に……」
アノンは片方の口角をあげて、自嘲する。
「相手が相手だろ。子どもの考えることぐらい利用するって」
「魔力って使い方を間違うと人を傷つけるんだよ」
「そりゃそうだろ。魔物を瞬殺する力だ」
「嫌なんだよ。誰かを傷つけるの。もう怪我させたくない」
「それって、普通だろ……」
「そうだね」
目を逸らしたまま話し続けるアノン。
ライオットは、静かに問う。
「誰か傷つけて、嫌な思いしたのか」
「僕が勝手にそう思っているだけだよ」
ライオットは、先日の寝る前にアノンが言った言葉を思い出す。『死ぬな』とアノンは言った。
「俺、死なないし……」
アノンが怪訝な表情に変わる。
「そう簡単に殺すなよ。俺、一応、騎士だぞ。アノンより訓練しているんだからな」
アノンはライオットを見た。
柄にもなく真剣な顔しているなとアノンは思った。
しかし、自分もまた柄にもなく、殊勝に反発したり煙たがりもせずライオットと話していることに、アノンは気づいてはいなかった。
「俺は死なない」
ライオットは断言した。死ぬことなんて考えて、生きてられるかと肚の中で思っていた。
「ライオットって、どこにいても、ライオットだよね」
「……なにそれ」
「なんで、変わらないの」
「そりゃ、俺は俺だから……」
答えようもない問いにライオットはどもる。
「ライオット、僕もやっと思い知ったよ。
どこまでいっても、僕は僕でしかないんだ。
性別が入れ替わっても、場所が変わっても、逃げれなかった。逃げても、隠しても、結局、自分の為したことや背負ったことを含めて、ついて回るんだなって、つくづく思い知ったよ。
事の応じ方も含めて、僕は僕でしかなく、僕を超えるのは、今の僕が変わろうと努力するしかないんだよ。結局、逃げても、僕が追ってくるだけだなんだ」
ライオットは意味が分からなかった。怪訝な表情を浮かべていたに違いない。
アノンは軽く息を吐いた。
「分からない?」
「ごめん」
「僕は、逃げたかったのは、世界からじゃない。僕からだった。それだけだよ」
「自分から逃げたかったのか……」
そういうのはあるよなとライオットも思う。
アノンが片手で拳を作り、胸を二度叩いた。
「僕が僕自身から、どんなに逃れようとしてもさ。結局、ここにいるのは、僕なんだ」
「……そうか」
小さな弱ささえ、見せないで意地張ってやっていたんだなと、ライオットは切なくなった。
アノンはいびつに笑む。
「巻き込んだんだなって。利用されたんだなって……」
「悔しいのか」
アノンはこくんと頷いた。
いつもの太々しさが崩れ、人間臭さと年相応の愚かさを見せるアノンにライオットは安堵する。
たとえ、過去の人間がアノンを兵器として望んでも、今目の前にいる十六歳の子は、ただの子どもで、ただの人間でしかない。ライオットにはそう思えた。
「魔物には容赦ないのになあ」
「うるさいな」
ライオットが笑う。
からかわれた気がしたアノンが、ちょっとだけむくれる。
そこで、ライオットははっと気づく。
「ごめん、アノン、話し戻す……。
さっき、魔法術協会って言ったよな。裏になんで魔法術協会が出てくるんだ。俺たちを飛ばしたのは人間の国と魔物の国だろう」
んっとアノンは片眉をあげる。はっと息を吐き、本来の冷徹な表情でライオットを見上げた。
「ライオットって時々、話の腰を折るの上手だよね」
「いや、そういうつもりは……」
久しぶりの嫌味の仕返しにライオットも詰まる。
「いいよ。その気はないって分かっているから」
アノンはライオットがひるんだすきに、彼がつかんでいた手首を振りほどいた。
「魔道具師と魔術師は古くからつながりがあるんだ。それこそ国より古い関係なんだよ。なにより、あの組織の創始者は始祖だからね。始祖の考えにのっとって今も動いていてもおかしくないだろう」
残る手首の違和感を、もう片方の手で包み、撫でつけながらアノンは話し続ける。
「国の背後には、最初から魔法術協会という黒幕がいたんじゃない」
ライオットは震撼する。その姿を本来のアノンらしい冷ややかな目で見下した。
ライオットの部屋を出た二人は廊下で別れた。アノンは奥の自室へと向かう。ライオットは階下に降りた。
居間につくと、各々好きなようにくつろいでいた。すでに部屋のはじで横になっている者もいる。
ライオットが現れたことに気づいたブルースが、ライオットを手招きする。
「お疲れ、ライオット」
「お疲れ様」
ライオットは、あけられたスペースに膝を立てて座った。チェインとサライも輪を囲んでいた。
「お姫様は俺たちの前では気丈だけど、本音はどうなんだ」
「意外と落ち着いていたよ」
人の好さを感じさせるチェインの問いにライオットは淡々と答える。
「元々、生まれながらに最強って星の元に生まれているからね」
幼少期のアノンは知らない。ライオットの知らない苦悩があっても当然である。そうでなければ、あんなに易々と、兵器と自身を評せないと思いたかった。
肩越しにぬくもりを感じてふりむくと、あたたかいカップが差し出された。差し出していたのはファブルだ。礼をして受け取った。
「彼女があれだけ強いにも意味があったんだな」
焚火の件もある。ファブルはしみじみと呟いた。
「まあなあ。強いことより、一人でなんでも抱え込もうとする方が心配だよ。塔で引きこもっている時は良かったけど、外に出たらそうはいかないんだから」
「心配なのか」
「まあ、俺の仕事だしね」
アノンを守れという意味をライオットは噛みしめる。
ブルースが肩に腕をまわしてきた。
ライオットが横をむくと、にやっと笑う。
「本当に仕事かあ」
「はあ?」
「お姫様とどうなの」
「いや、アノンは……」
(元々、男だし)
信じてもらえない事実が脳裏をよぎる。
「本当に、ただの護衛役なんだよ。俺」
言えるギリギリで言葉を留めた。
周囲を見回すと、そ知らぬ顔をする者と、ぬるい目を向けてくる者に分かれていた。遠目には、イルバーが壁によりかかり、目を閉じている。閉口するライオットには、聞き耳だけ立てて、そ知らぬふりをされているように見えた。
この誤解に打つ手なしの状況にライオットは言葉を失う。
(俺を弁護してくれる奴が一人もいない!!)
翌朝。遺跡から帰路につく。
日も登らぬうちに、一行は遺跡を後にした。単車を飛ばし、半日近く時間をかけて森の民の居住区へと戻ったアノンとライオット。
二人を迎えてくれたのは、懐かしい顔だった。
数日しか離れていないのに、もう数か月も会っていない感覚がせりあがる。再会の喜びが胸に満ち満ちる。
「リオン!!」
ブルースの単車を飛び降りるなり、ライオットは琥珀色の瞳を細める黒髪の黒騎士リオンの元へと駆け寄った。




