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102,隠し事

 ライオットの視界が霞ががかってきた。ぼんやりと人の輪郭が浮かび上がる。

「少し、見えるようになってきた。光と影、あと輪郭……」

「その力、あまり使わない方がいいよ。酷使して、目が見えなくなったら大変だよ」

「そうだな、アノン」


「じゃあ次に僕らの世界の話をするね」


 ライオットに返答せず、アノンは淡々と話し始める。


「始祖が魔神に対抗するために異世界に渡った。渡ったのはいつ頃かは分からない。

 ただ、少なくとも二百数十年前に僕らの先祖と接触したのは確かだ。そこで魔法という力を与えて、大陸の覇者に仕立て上げた。

 おそらく、その時に契約か約束か。なんでもいいから、魔神に備える準備を始めた。より魔力の濃い人間を生み出そうと試みたのかもしれない。


 結果は、この現状を見ればわかる。

 僕とフェルノは異世界に飛ばされた。

 おそらく、魔神への対抗手段として送り込まれたのが、兵器としての僕【忌避力学 アンノウンクーデター】。餌としてのフェルノ【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】。そう考えられると思うんだよ」


「フェルノってのは誰だ」


「僕の仲間だよ、ブルース。彼は王族、僕は公爵家。たどれば同じ血筋に行きつく。フェルノは生まれた時から、変わった体質の持ち主だ。魔寄せの体質と呼び、とにかく魔物を呼び寄せる。

 つまり、魔神が魔物の一種なら、否応なく彼に呼び寄せられることになる。呼び寄せたところを、魔力の宝庫たる僕が屠る。そんな仮説は立てられるだろ」


 徐々にライオットも視界が開けてきた。ブルースやイルバーの姿が見えて、アノンの表情も見えてきた。


「では、あの文字盤には聖女召喚について記されているのか」


 イルバーの問いにアノンは首を振った。


「そこまでは記されていない。環の国が聖女を召喚するに至った経緯は分からない。この文字盤の内容だけでなく、他の情報源も彼らは持っているかもしれないだろう」

「そうだな。あの国は神託で動いている」

「神託ね。それがどういうものかはわからないけど……。

 おそらく、聖女というのも……不本意だけど、僕とフェルノのことなんだろうな」

 アノンはそう言って、苦笑いを浮かべた。


「いきなり、こんなところで魔神をどうにかしてほしいなんて言われればなあ……」

 ブルースが憐憫の表情を見せる。


「まあねえ……」

 アノンは自嘲的な笑みをこぼす。


(まさか性別が変わるとは思っていなかった、とは言い出せないんだろうな)

 ライオットは静かにアノンを値踏みする。


(ちゃんとしたことを、淡々と冷静にしゃべってるが……)

 この旅すがら、饒舌なアノンを思い出すのは、橋の上だ。あの時、滑らかな会話で自身に注目を集め、最も大事なことから三人の気を逸らした。

 今もまた、アノンは自身の弁に周囲は注目を集めている。


(何か、隠してないか……)

 ライオットはアノンを勘繰る。

 



 その後、視覚が元に戻ったとライオットが告げると、一行は遺跡の内部から外へと向かった。階段を上がり、出口を抜けるとすでに夜だった。大樹の枝が遺跡のある空間を避けているため、空がきれない円形に切り取られている。丸い空には満天の星と月が輝いていた。


 四人はゆっくりと階段を下り、アノンが出した家にたどり着いた。家には明かりが灯っており、人のぬくもりに安堵しながら、玄関の扉を開けた。


 ラディ隊の面々は居間でくつろいでいた。今日はここで雑魚寝をするという。ブルースとイルバーもそうするとのことだった。

 

 遺跡のなかで見たこと記された内容を、ラディ隊に夕食を食べながら説明する。彼らは一様に驚くことなく静かに聞いた。

 魔神なんていないという答えが欲しい者もいただろう。重い嘆息を数人が漏らした。


 出立の時刻は明朝日の出前と約束を交わす。

 ひとしきり必要な事項を確認し終え、一息つく中で、ライオットはアノンに問うた。


「アノンはどこで寝るんだ」

「僕? 僕は二階だよ。この家は一応四人で旅する用にエクリプスに用意してもらっているんだ。だから、四人分の部屋はある。ライオットも部屋があるんだよ。僕は上で寝るけど、ライオットはどうする」

「そうだな、イルバー達と一緒に……、でもまあ、自分の部屋があるなら、見てみたいな」

「良いんじゃない。案内するよ」


 アノンとライオットは居間を出て、二階に向かった。

 二階の廊下には扉が四つある。手前の二つがリオンとライオット。奥がフェルノとアノンの部屋だという。

 手前、右の扉にアノンは手をかけた。

「ここがライオットの部屋だよ。扉に名札あるだろ」

「名前まで、本当だ」

「エクリプスってこういうとこまで、細かいんだよね。魔術師らしいって言えばらしいけど。道具の細部まで気になるんだろうね」


「魔法使いってそこまで気にならないのか」

「うん。道具は補助だから、頼らないしね」


 アノンが扉を開き、振り向こうとした。その時、ライオットはアノンの肩をつかみ、部屋に押し込んだ。油断したアノンがとんとんと部屋に足を踏み入れる。ライオットは後ろ手で扉を閉めて、肩から手を離し、アノンの手首をつかんだ。


「なあ、アノン」

 低い声で名を呼ばれ、アノンの全身が緊張する。


「俺に隠し事はもうやめてくれよ」

 睨まれて、アノンは困惑する。


「隠し事って……」

「一人で、ぜんぶ抱え込むなよ」

「なに言ってんだよ……」

「一人でここにいる全員守らなくちゃいけないとか。どうにか一人で自分の力を証明してやろうとか。そんな風になんとかしようと、一人で背負うなって意味。分かる?」

「まあ、分かるよ……」


 痛いところをつかれて、アノンは忌々し気にライオットを見据える。


「ラディやイルバー達に言えないことはあっても、俺にだけは隠すな。魔物に対してはアノンより弱くてもさ、俺だって少しは役に立っているだろ」

「まあね」

「隠し事はないな」


 ライオットの真剣に念を押す。

 アノンはむっつりとした表情を浮かべる。


「ないよ」

「本当だな」

「隠し事はない。でもさ」

「でも?」

「巻き込んで悪かったなって……」

「誰が誰を」

「リオンとライオット」

「最初から俺たち込みだろ。それこそ、今さらだろ」


「違うよ。僕とフェルノだけって分かっていたら、わざわざ巻き込む必要ないじゃないか……だって……」

「お前なあ、あの時。向こうに加担しといて、ほとほと今さらだな」

「分かっているよ。その点は、僕が悪かった」

「謝れって言っているわけじゃないんだ。もう、ここまできて、……いい加減、俺に頼ることも覚えろ」

「なんだよ、それ」


「ああ、もう。ループだな。……隠し事はないな」

「……」

「ないな」


 ライオットの強い語気にさらされ、アノンは視線を横に逸らした。


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