98,奥へ進む
遺跡の階段を登り切ったアノンは、遺跡の頂点中央にこじんまりとした建物を見つけた。一部屋程度の広さしかない狭い正方形の頂上に、小さな石を積み重ねた円錐形の建物が突起のように添えられている。
のぼってくる三人が遅いことをいいことに、アノンは小さな建造物をぐるっと見回すことにした。
その壁面にそよぐ雑草に触れ、草をそっとよけた。草からも微弱な魔力を感じた。建物に浸透している魔力が隅々にいきわたっているのかもしれない。地肌のような石壁が露になる。雨風にさらされているはずなのに、それほどの劣化は見られなかった。
全体に広がる緑と薄茶のまだら模様は変わらないのに、側面は雨の痕跡を示す縦筋もない。
遺跡全体から魔力が通う感触が伝わる。その魔力は特段濃いわけでもない。それでもその微々たる魔力により、顕著な石壁の劣化が見られないのも事実だろう。
大きな魔力を通している魔術具がどこかにあり、そこから漏れ出てくる魔力が石に伝わっているようだ。
ぐるりと回って、正面に戻ってくると、三人がそろっていた。
四人で立つには、円錐の建物に面積を奪われた正方形の床は狭い。
「まずはなかに入ろう」
イルバーが先頭に円錐の建物内部へと入った。アノンが続き、ブルースとライオットも狭い入り口をくぐった。
急階段があり、壁に手をつき前へと進む。アノンは片手を壁に添え、もう片方の手に火をともした。ぐるぐると回りながら、階段は下へと続いている。
「けっこう簡単な作りなんだね」
「ああ、特に仕掛けもない。ただ階段と大部屋が一つあるだけだ」
先頭のイルバーが、アノンの問いに答える。
「文字盤はどんな感じ?」
「大部屋の一側面中央に掘られている」
「イルバーはきたことあるの」
「二年前にな」
「お父さんと」
「そうだ。まだその頃は狂暴な魔物が、意味もなく襲うようなこともなかったからな」
「二年前ね……」
くるくると目が回りかけたころ、下が開けた。螺旋階段が床に伸び、そこそこ広い空間にたどり着く。
真っ暗な空間が待っているかと思えば、側面の下方がじわっと光っていた。それだけで部屋全体を濃い緑色に光らせている。
ライオットとブルースは天井から床、側面とぐるりと驚きながら見回す。イルバーはちらっと全体を見ただけで、動き出すアノンの背を見つめた。
アノンはふらふらと歩みなら、ある側面の下方へ向かう。光るコケのようなものが付着してる。しゃがみ込み、手で触れると、指先がじわっと湿った。振れる手に魔力を込めて、ずいっとそのコケのようなものに指をめり込ませる。ずるずると指の根本まで埋め込まれた。
さわさわと指先を這わせ、こつんとあたった物を人差し指と中指で挟んで引き抜いた。出てきたのは魔物の核だった。
(コケ状の魔物?)
側面と床の角に指先をなぞらせた。魔力を通していない指先でも、奥にめり込みそうなほど柔らかい。隙間の奥底に根を張り巡らせて、表層だけ壁面に張っているのかもしれない。
魔物であっても、狂暴性がないなら、ひとまずそのままにしようとアノンは立ち上がった。
「なんだろう。コケの魔物なんて聞いたこともないな……」
アノンは独り言ちる。
分からないものは記憶に留め置く程度にし、最も大事な文字盤に向かって歩き始めた。
四面ある壁面の一面、上方に正方形の文字盤がある。風化の影響を受けず、刻まれた文字はきれいに形を留めていた。文字の角が欠けていても不思議ないものの、角にひびさえ入っていない。不自然なまでに、美しい文字が並ぶ。
魔法が施されていることは、一目瞭然だった。
文字盤は壁面の中央に正方形に掲げられ、下方は四方の壁と同じように光るコケが生している。文字は、始祖の本と同じ文字だった。
予想通りの結果にアノンの口角があがる。アノンは振り向いた。イルバーがじっとアノンを見つめていた。
「イルバー。僕、これ、読めるよ」
アノンは文字盤を読み始める。ブルースとイルバーは中央に腕を組みつつ、アノンの背を見つめ待つ。ライオットは壁面へと近づき、下方のコケを撫でていた。魔物だと分かったものの、アノンと同じように、そのままにして、中央の二人の元へと戻っていく。
「あのコケに、なにかあるのか」
「ブルース。あれ、魔物だ」
「あの光るコケが?」
「特に害もなさそうだし……。光っているだけだから、問題はないんだろうな。そうじゃなければ、アノンがほっておかないだろう」
イルバーとブルースに、ライオットは向き合う。
「ここに、魔神が封じられているんだよな」
「ああ、そう言われている」
「本当にいるかは分からないのか」
「誰も見ていないからな」
「……そっか、見ていないんだよな……」
触れた物の奥底を見たいと願えば見える、怪しげな体験をライオットは思い出す。アノンの体内を覗き、その後、イルバーの体内を覗いた。
(人体と同じように建物のなかも眺められるのだろうか)
踵で二回、床を叩く。ただの固い石だ。
(試すか……)
ライオットはしゃがみ込んだ。両手を広げて床にぺったりとつける。日があたらない暗がりの中で、床はひんやりとしていた。
「もし、魔神がいたとしたらさ。この下にいるんだろうな……」
「おそらくな」
「魔神がいない可能性はあると思うか?」
「どうかな。少なくとも、環の国は聖女召喚にこだわっているからな……」
イルバーの返答に、ライオットは床をじっと見つめた。
(いないなら、それで良かったと言えるよな……)
ライオットは深く息を吸い込んでから、願った。
(この建物の内部が見たい、見たい……より深く、見たい……)
視界に二重の世界が重なる。
石が積み重ねられている空間の隙間を、視界がなぞるようにおりてゆく。石の隙間を縫うように抜けてゆき、コケの魔物がその隙間を埋め尽くすように伸びていた。
コケそのものが、遺跡全体に広がっている様が見えた。遺跡の表層に現れた草もまた、魔物の一部だった。先端に伸びていくほどの魔力は薄められている。
建物内部隅々まで、コケによって満ち満ちていた。
(このコケはなんなんだ? 植物の魔物なのか)
植物の魔物なんて、ライオットは見たことがない。蜥蜴、大蛇、羊、影、球体……、思いつくのはそのような形の魔物だ。
張り巡らされているコケの奥底に向かってライオットは視界をさらに進めていく。遺跡の隙間に縫うように走る緑のうねりに、黒々しい色味が混ざってきた。
コケの魔物に混ざりこむように、魔力の筋が絡みついていた。




