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09 どうしますお兄様っ、今回は難しそうですよ!?


 

「でもびっくりしたわ。『空の人』って意外と普通の見た目なのね。本の中で賢者は、二メートルを超える大柄な体格だって書いてたから。意外と普通、というより貧相なのね」


 ジェラートをすくいながら、驚いた様子でアンベルクが声をもらす。

 貧相なのは、体格という意味だろうか。

 脂肪燃焼を心に誓って以降、ヴェルデライトには、少しずつ筋肉を取り戻している自負があるのだが。

 

「ファニーもヴェルお兄様も、れっきとした“普通の”人間ですよー。ほら、この通り」


「二十メートルある雪を、三重結界張って炎で溶かしたり、大怪我負った女の子を回復魔術で即座に治せるなんて、普通の人間じゃありえないわよ」


「そうなのですかお兄様」


 不思議そうな顔をするファニー。

 異常すぎる兄を見慣れているため、これが当たり前だと思っているのだろう。とりあえず「そうだよ」と頷いておいた。


「そういえば、芸術公園の真ん中にある塔ってなんだい? どうやら立入禁止になっているようだけど」


「お父様の私物よ。ちょっと前までは誰でも入れるようになってたんだけど、もう倒れそうだから立入禁止にしたの。……もしかして、それがアヴィアンヌの《パーツ》?」


「ご名答」


「あちゃぁ。よりによって『星の見下ろす塔(ロレンソール)』なんて……」


 アンベルクは額を押さえてうなだれている。

 

「よりによってって、どういうことなのです?」


「お父様はスヴェンナで超有名な考古学者なのよ。そして歴史マニア。かつての国王が使っていた宝剣、伝説の魔法使いが使用していた千年前の銅鏡、それこそ色々、ありとあらゆる物品のコレクター。そのなかでもお父様は、古代の遺跡や城が大好きなの」


「ふむふむふむふむ……」


「あの塔は、先々代からリリーシャ家が引き継いでいるもので、不思議な魅力があるのよ。有名な画家や建築家が、隣国からわざわざ塔を見に来るくらいにね」


「ほえほえ……」


「そんでもって浮遊城アヴィアンヌは、お母様が最も愛していた伝説の遺跡。『星の見下ろす塔(ロレンソール)』がその一部だと知ったら、お父様は絶対に手放したりしない。相手が『空の人』だと知ってもね」


「え……」


「申し訳ないけど、今回は諦めてちょうだい」


 こういう状態を、ヴェルデライトは予想していた。

 浮遊城アヴィアンヌは、魔術学的、歴史的な価値が高いもの。巨大な城がどのような原理で空に浮かぶのか、研究したいと思う人間だって多い。それこそコレクター魂で《パーツ》を保有したい者だって多い。


 今回の場合、それが街の権威者ってだけだ。


「僕は我慢強さと諦めの悪さで二度目の転生を果たした賢者だからね。絶対に『星の見下ろす塔(ロレンソール)』はいただいていくよ」


「その言い方だとまるで強盗するように聞こえるわね。…………え、まさか本気?」


「物盗りするような性悪な男に見えるかい? 大丈夫。ちゃんとアンベルクさんのお父様と交渉をして、正々堂々ともらっていくから」


「お兄さんがそう言うのだから任せるけど、お父様は相当な偏屈者よ……? 自分で言うのもなんだけど、うちは相当お金持ちだから物で釣るのも無理ね。他のアヴィアンヌの《パーツ》と交換っていう条件ならありえるかもだけど」


「それはまた手厳しいね。何とかしてみせるよ」


 無理難題ほど燃えてしまうたちなのだが。 

 そのあと、しばらくヴェルデライトは考え込んでいた。

 ファニーはファニーで、アンベルクとの話で盛り上がっている。

 

「紅茶とお菓子をありがとうございます、アンベルクさん」


「もう行くんですかお兄様。ファニーはまだまだアンさんとお話したいですー」


「じゃあ、しばらくファニーはアンベルクさんと一緒にいな。せっかくできた友だちなのだからね」


「いいのですか!?」


 飛び上がって喜ぶファニーは、アンベルクに抱きついてしまう。

 ちょっとだけ、むっとする。兄としての特権が少し奪われた気だ。けれど、ここは兄の威厳としてグッと堪え、耐え忍ぶ。


「お兄様は一人お出かけなのです?」


「そそ。アンベルクさんのお父様と話をしてくるよ。まずは当たって砕けろってね」


 ヴェルデライトはその部屋をあとにした。



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