07 街のど真ん中にお兄様、パーツがありましたよ!?
初めて出来た友だちとの別れは、やっぱり寂しかったのだろう。
アヴィアンヌが棘森から離れていくにつれ、ファニーの表情は少し暗くなっていた。
──こんな顔は見たくないな。
妹には、はじける笑顔で毎日を過ごしてほしい。
「ヴェルお兄様」
「どうしたんだい?」
真剣な表情でヴェルデライトを見上げるファニー。
「どうかファニーに、もっと色んなことを教えてください! 思ったんです、ファニーは回復魔術くらいしか取り柄がない。あの雪魚に襲われたときだって、グラスさんとリタちゃんを守れなかった」
「回復魔法だって立派な取り柄だよ」
「誰かが傷ついたときに初めて役に立つものです! ファニーは、傷つく前に助けてあげたい! もっともっと、お勉強をしてみたいのです!」
「……そっか」
これが、妹の成長というものか。
自ら学びたいだなんて、今まで言ってこなかった。朝起きて、ごはんを食べて、畑を見て、たぬ吉と遊んで、兄に話しかけて。生まれてから、ファニーはそれの繰り返しだった。
13年間ずっと、誰との接点もなかったから。
回復魔術と自然と戯れることしか興味がなかった。
──興味を生まれさせないようにしていた、が、正しいのかな。
ヴェルデライトは、外の世界の醜さを知っていた。
でも可愛い妹は知らない。知ってほしくない。世界を幻想のままに、終わってほしいとさえ思っていた。
「お願いします、お兄様っ!」
「分かった。うん、これからは僕と一緒に学んでいこう」
「やったーっ!」
こぼれんばかりの笑顔だ。
そうだ、と言って、ファニーは古い世界地図を持ってきた。
「そういえば、次の《パーツ》の目星はついてるのです?」
「次はここだよ。シズール国のスヴェンナっていう街」
「街に降りるのですか? やったー!! ファニー、街に降りたらこの本に載ってる、アイスクリームっていう食べ物を食べてみたいです!」
「アイスか。冷たくて甘いデザートだね」
「ほっぺたが落ちるほど美味しいそうなのですー! えへへ、楽しみーだなー」
興奮有り余るご様子だ。
さっそく「アイスクリーム」なる食べ物に興味を抱いたみたいで、ほっぺたに両手を添えてデレデレしている。そんな様子が可愛くて、つい甘やかしたくなるのが兄というもの。
──美味しいアイス屋でもリサーチしとくか。
なんてことを考え、アイスについて調べること早数時間。
いつの間にか、目的の場所に近づいたらしい。アヴィアンヌの着陸場所を探さないといけない。
「今度こそ、完璧な着陸をしてみせるよ」
「ふぁいとです!」
妹の可愛い応援を受けたところで。
ヴェルデライトは、街から十キロほど離れた小高い丘にアヴィアンヌを着陸させた。
◇
シズール国・スヴェンナ。
歴史的に価値の高い遺跡や美術品などを多く保有する街だ。
文化的に栄えていて、大道芸人やサーカス、有名な舞台俳優も多いという。
「お、お、おっきいーですー! 高い建物、建物、建物ぉー! 人、人、人もいっぱいっ!!」
初めて見る大きな建物。
初めて見るたくさんの人。
「いい匂いもしますぅ」
「そうだね。買食いしながら《パーツ》を見つけにいこうか」
「はいなのです!」
にこにこしながら走るファニー。
見るものすべてが初めてで、新鮮で。
ちょっとやそっとじゃ満足できない。
一日かけて街を巡っても、飽きることはないのだろう。
「ファニー、ちゃんとお金を渡したらお釣りをもらうんだぞー」
「あ! 忘れてましたのです!」
とか。
「アイスクリームは手で食べるもんじゃないぞ。ほら、ここに付いてるよ」
「むむ!? そうなのですか!?」
とか。
「似合ってるよ。この髪飾りをつけていこう、買ってあげるから」
「え? いいのですか!? やったのでーす!!」
背中よりも少し伸びた、サラサラの赤い髪。
この髪飾りは、天真爛漫なファニーによく似合う。
お兄様大好き、なんて。
そんなことを言われて、喜ばない兄がどこにいるのだろうか。
「お兄様は買わないのですか?」
「僕はいいよ。それより《パーツ》も見つかったから、そっちに行ってみようか」
「もう見つかったのですか!? ど、どこです!?」
頭をブンブン左右に振って、《パーツ》を探す妹。
ははは、とお兄様は笑う。手に持っていたシュークリームを口の中に頬張ったあと、ファニーの手を握って《パーツ》がある場所へ向かった。
「ここだよ。これが今回の獲物だ」
「え!? ここですか!? だってここ、街のど真ん中ですよ!?」
そう、ここはスヴェンナの中央に位置する場所。
正式名称は国立スヴェンナ芸術公園。
いたるところに芸術的なオブジェクトが展示されており、触ることもできる。人々の憩いの場で、ここで仮設ステージを作って演奏会を行ったりできるらしい。
「詳しく言うと、芸術公園の真ん中にある崩れかけた塔が、今回の《パーツ》。《星の見下ろす塔》だよ」
立ち入り禁止の看板が立てられた敷地に、そびえる塔。斜めに傾いて建っていて、風が吹けば今にも倒れてしまいそう。でも倒れない。絶妙なバランスで建っているのだ。
「これまた大きな建物ですねーお兄様。棘森では神殿、ここでは塔ですか」
「あの塔は本来、城とは反対の位置に建っていたものなんだ。見張り台みたいなものだよ」
ヴェルデライトたちが寝泊まりする「城」から、ほぼ直線上の位置に建っていた。
切り立った崖のような場所にあったため、アヴィアンヌ崩落のときに真っ先に地上に落ちたものだと考えられる。
でも、五百年経ってもまだ原型を留めている。
棘森で回収した神殿は、雪の厚みで潰されて半壊していたのに。
「さすが浮遊城の一部だな……」
感嘆せずにはいられない。
こうやって《パーツ》が見つかるのも奇跡だ。
「でも、コレどうするんですか? こんな街のど真ん中にアヴィアンヌを呼んで、回収しちゃうんですか? みんなびっくりしちゃいますよ」
「アヴィアンヌですって!?」
いきなり肩を掴まれるファニー。
「はにゅぅ!?」と、混乱するのも無理はない。なんたって、見たこともない黒髪の少女に顔を近づけられているのだから。しかも興奮しすぎて、彼女はどんどん顔を近づけている。
「あなた、アヴィアンヌのことを知っているの!? もしかして、見たことあったりするのかしらっ!?」
「え、あ……その、し、知ってるのですよ。見たことありますし、ていうかいつも見てるのですっ!」
「なんということなの! 知ってるだけじゃなくて、いつも見てるなんて。今まで何人ものお友達に話を聞いたことがあるけれど、見たことある人なんていなかった。これは奇跡! きっと日頃の行いがいいのねっ」
「はうあうー。め、目が回るのですぅ」
「あらごめんなさい」
肩を揺さぶられていたからか、ファニーはヨロヨロになっている。
「こほんっ。自己紹介が遅れまして申し訳ありませんの。私の名前はアンベルク・リリーシャ。名の通り、有名な考古学者一族、リリーシャ家の娘なのですわ」




