06 こんなときこそお兄様、ファニーにお任せあれっ!
「しかしなぁヴェルデライトさん。いくら優秀な魔術師でも、この雪を掘り起こすのはちょっと無理があるんじゃないか?」
グラスの言うことはもっともだ。
ここは巨大な森。もし雪を火で溶かそうとすれば、大量の蒸気が発生し、周辺の大木に燃え広がる。大きな森林火災につながり、ファニーだけでなくグラスやリタにも危険が及ぶだろう。
「短時間では準備できませんから、一時間ほどください。何とかしてみせます」
「この雪だぞ? 数十年、いや数百年分の雪が積もってる。しかもここは、木のない場所だ」
雪魚が好むような、周辺に木などが生えない場所。
最低でも数十メートルは雪が積もっている。
「おおい、正気か?」
「ええ。こう見えて僕、贅肉よりも魔力のほうが多いんですよ?」
笑顔を見せるヴェルデライトに、グラスは半信半疑な様子だ。
稀代の賢者でも準備は必要。
今から取りかかるため、少しの間だけみんなには休憩をしてもらって──
「はいはいはいはいっ! ファニー、手伝いますっ!!」
「リタも手伝うのだっ! 雪かきなら得意なのだっ!」
女の子二人の元気な宣言。
たぶん。いや絶対、彼女たちは手作業で雪を掘り起こすものだと思っている。なにせ、顔の輝き方が半端ではない。
そこに、意外な珍客が来た。
のっそりのっそりとやってきたのは、ミミとメメ。二人揃って前脚をあげて「挙手」の仕草である。
「もしかして、君たちも手伝ってくれるの?」
こくこく、と。
頷く二人に感激したのか、ファニーとリタが満面の笑顔でミミとメメに抱きつく。
抱きつかれた当人たちは、結構嬉しそうだ。
『わんわんっ!』
たぬ吉も手伝うらしい。
まあ、手伝うというより。
──雪かきして、あわよくば雪合戦の流れだろうけど。
ついでにいえば、魔術構築の邪魔になるかもしれないが。
「お兄様、ファニー頑張ります!! 応援してください!!」
「分かった。頑張れ!」
可愛いから許すと言わんばかりの、爽やかなヴェルデライトの笑顔。
ファニーは世界で一番可愛いのだから、仕方ない。
「しゃ、しゃあねーな、俺も参加するか! 見てろよリタ、父ちゃん負けねえからな!」
かくして、各々がスコップを片手に戦場へ。
雪かきという名の雪遊びが開幕されたのだった。
◇
最初こそは、真面目な雪かきだった。
まず遊び始めたのはリタだった。ちっちゃな雪ウサギを作り始め、それをファニーが「か、かわいいっ!」と褒める。自信がついたリタが、大きな雪ウサギを作る。またファニーが褒める。嫉妬したたぬ吉が、雪ウサギをパクリと食べる。ファニーが怒る。たぬ吉がしゅんとする。ミミとメメが「どんまい」と言わんばかりに、前脚でたぬ吉を慰める。
続いて、グラスがいつの間にか作っていた雪の家が完成した。
全員が感激して、中に入る。たぬ吉も入ろうとする。でも入れなくて、しゅんとする。二回目のどんまいでミミとメメに慰められる。
最終的には、全員が雪合戦をしていた。
こうなることは予想していたので、ヴェルデライトは微笑ましく見ていた。
ファニーが楽しいのであれば、それでいい。それだけで十分なのだ。今までずっと、兄との二人暮しを強要してきた。反抗期も未だにない、純粋に兄を慕ってくれる大切な妹なのだから。
──いっぱい楽しませてやらないと。
「さて、と」
準備も整ったところなので、そろそろ全員に退いてもらう。
ファニーが完成させた全長三メートルのたぬ吉雪像は見事だったが、詫びをしてから破壊する。
「今から結界を張る。みんなはその場所から動かないでね」
ヴェルデライトを起点として、赤い光が走った。
描いたのは円環。
雪上に浮かび上がった古代アヌ言語が、幾何学模様とともに魔術印を構築していく。平面ではない。二層目、三層目と拡張されていき、丸い筒状の結界が展開される。
いわゆる、三重構造の結界。
「綺麗……」
「ああ。まるで、巨大なランタンみたいだ」
「いいなぁ……ファニーもお兄様みたいに、すっごい魔法使いになりたいな……」
赤く色づく結界に、三者三様の反応があがる。
ヴェルデライトは次の工程へ入った。
結界内部の雪が、鈍重な音とともに割れ始める。
地割れの雪版とも言えるだろうか。いくつかの島状になった雪原に、次の瞬間、爆炎が降りかかる。摂氏数千度の熱が雪を一瞬で溶かすと、発生した蒸気が逃げ場を探して上下に吹き荒れた。
爆風となって降りた蒸気が再び雪を炙り、結界内部の温度は一気に急上昇する。圧力で一層目の結界は粉々に割れ、しばらくして二層目の結界にもヒビがはいる。
絶えることなく繰り返された暴行は、地下二十メートルほどの大穴を作って終焉を迎えた。
「アヴィアンヌの頑丈さであれば、耐えられる見込みまで雪を溶かしてみたが……果たして大丈夫かな。ちょっと心配になってきたぞ」
つぶやくヴェルデライトは、後ろが静かになっていることに気づく。
ファニーとたぬ吉を除き、グラス、リタ、ミミとメメも、口から魂を吐き出して尻もちをついていた。
「あれ……過激すぎた? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。ちょっと驚いただけさ、ははは……」
魂を取り戻したグラスの笑み。
続いてリタ、ミミとメメも正気を取り戻した。
「下を見てくださいグラスさん。おじいさんが言っていたこと、嘘じゃありませんでしたよ」
大穴の下に、神殿の屋根らしきものが見えている。
「すっげぇ……けどあれ、どうやってお城にくっつけるんだ? もしかして持ち上げるとか言うんじゃないだろうな」
「大丈夫です。もう呼んでありますから」
「呼ぶって……」
声が、途切れる。
驚きの連続で声すら出ない。見上げたグラスは、そんな感じだった。
「で、でけぇ……」
巨木すら越える高さにあるのは、重力を無視して浮遊する大きな城。
底部分を覆っているのは、ど根性草が生える岩石群だ。
浮遊城が動けば、地上は闇に包まれて真っ暗になる。
大穴の下に埋もれていた《パーツ》が、掬いあげられるように持ち上がっていく。半壊の神殿が、雪の世界からの脱出を果たし、本来の場所へと還っていく。
これは、欠損した体の一部をつなげるようなもの。
修復作業は、すぐに終わった。
「……ってことは、もう行くのか?」
「ええ。僕たちは、この《パーツ》を探して旅をしてますから」
あれは、アヴィアンヌの一部でしかない。
まだまだ落とした《パーツ》があるはず。
それをすべて見つけ、最終的な完成まで漕ぎつけるのがヴェルデライトの願いだ。
「まぁ、そうだよな。ここは、なんだ……見つかっておめでとうと言うべきなんだろうな」
「お世話になりました。あ、壊れた荷車とミミとメメのリードも直していきますね。さすがに帰れないでしょうから」
「気を遣わせてしまって悪いな。ありがとう、助かる」
「お世話になったのは僕の方ですから。……ファニーは辛いかもしれないですね」
せっかく友だちができたのに、もうさよなら。
ああやっぱり。ファニーは目を閉じて涙を懸命に堪えていた。リタも、ファニーと別れになると知って、やだやだと首を振っている。グラスが言い聞かせているが、声をあげて泣き始めてしまった。
「また、会おうよリタちゃん」
「っひぐ、うぐ……っ」
ファニーが姉で、リタが妹で。
静かに涙を拭ったファニーは、リタの体を強く抱きしめた。
この温もりを忘れないよう、刻みつけるように。
「ね?」
「うん。き、きっとだよ……師匠。師匠、師匠ぉおっ!」
しばらく、二人はそんな様子で。
荷車と首輪の修理を終えたヴェルデライトは、今度こそ別れを告げる。
「では、次はまたどこかで。アヴィアンヌでまた会いましょう」
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