表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/43

06 こんなときこそお兄様、ファニーにお任せあれっ!



「しかしなぁヴェルデライトさん。いくら優秀な魔術師でも、この雪を掘り起こすのはちょっと無理があるんじゃないか?」


 グラスの言うことはもっともだ。

 ここは巨大な森。もし雪を火で溶かそうとすれば、大量の蒸気が発生し、周辺の大木に燃え広がる。大きな森林火災につながり、ファニーだけでなくグラスやリタにも危険が及ぶだろう。


「短時間では準備できませんから、一時間ほどください。何とかしてみせます」


「この雪だぞ? 数十年、いや数百年分の雪が積もってる。しかもここは、木のない場所だ」


 雪魚が好むような、周辺に木などが生えない場所。

 最低でも数十メートルは雪が積もっている。


「おおい、正気か?」


「ええ。こう見えて僕、贅肉よりも魔力のほうが多いんですよ?」


 笑顔を見せるヴェルデライトに、グラスは半信半疑な様子だ。

 稀代の賢者でも準備は必要。

 今から取りかかるため、少しの間だけみんなには休憩をしてもらって──


「はいはいはいはいっ! ファニー、手伝いますっ!!」


「リタも手伝うのだっ! 雪かきなら得意なのだっ!」


 女の子二人の元気な宣言。

 たぶん。いや絶対、彼女たちは手作業で雪を掘り起こすものだと思っている。なにせ、顔の輝き方が半端ではない。

 そこに、意外な珍客が来た。

 のっそりのっそりとやってきたのは、ミミとメメ。二人揃って前脚をあげて「挙手」の仕草である。


「もしかして、君たちも手伝ってくれるの?」


 こくこく、と。

 頷く二人に感激したのか、ファニーとリタが満面の笑顔でミミとメメに抱きつく。

 抱きつかれた当人たちは、結構嬉しそうだ。

 

『わんわんっ!』


 たぬ吉も手伝うらしい。

 まあ、手伝うというより。


 ──雪かきして、あわよくば雪合戦の流れだろうけど。


 ついでにいえば、魔術構築の邪魔になるかもしれないが。


「お兄様、ファニー頑張ります!! 応援してください!!」


「分かった。頑張れ!」


 可愛いから許すと言わんばかりの、爽やかなヴェルデライトの笑顔。

 ファニーは世界で一番可愛いのだから、仕方ない。

 

「しゃ、しゃあねーな、俺も参加するか! 見てろよリタ、父ちゃん負けねえからな!」


 かくして、各々がスコップを片手に戦場へ。

 雪かきという名の雪遊びが開幕されたのだった。


 

 

 



 最初こそは、真面目な雪かきだった。

 まず遊び始めたのはリタだった。ちっちゃな雪ウサギを作り始め、それをファニーが「か、かわいいっ!」と褒める。自信がついたリタが、大きな雪ウサギを作る。またファニーが褒める。嫉妬したたぬ吉が、雪ウサギをパクリと食べる。ファニーが怒る。たぬ吉がしゅんとする。ミミとメメが「どんまい」と言わんばかりに、前脚でたぬ吉を慰める。


 続いて、グラスがいつの間にか作っていた雪の家が完成した。

 全員が感激して、中に入る。たぬ吉も入ろうとする。でも入れなくて、しゅんとする。二回目のどんまいでミミとメメに慰められる。


 最終的には、全員が雪合戦をしていた。

 こうなることは予想していたので、ヴェルデライトは微笑ましく見ていた。

 ファニーが楽しいのであれば、それでいい。それだけで十分なのだ。今までずっと、兄との二人暮しを強要してきた。反抗期も未だにない、純粋に兄を慕ってくれる大切な妹なのだから。


 ──いっぱい楽しませてやらないと。


「さて、と」


 準備も整ったところなので、そろそろ全員に退いてもらう。

 ファニーが完成させた全長三メートルのたぬ吉雪像は見事だったが、詫びをしてから破壊する。


「今から結界を張る。みんなはその場所から動かないでね」


 ヴェルデライトを起点として、赤い光が走った。

 描いたのは円環。

 雪上に浮かび上がった古代アヌ言語が、幾何学模様とともに魔術印を構築していく。平面ではない。二層目、三層目と拡張されていき、丸い筒状の結界が展開される。


 いわゆる、三重構造の結界。


「綺麗……」


「ああ。まるで、巨大なランタンみたいだ」


「いいなぁ……ファニーもお兄様みたいに、すっごい魔法使いになりたいな……」


 赤く色づく結界に、三者三様の反応があがる。

 ヴェルデライトは次の工程へ入った。

 

 結界内部の雪が、鈍重な音とともに割れ始める。

 地割れの雪版とも言えるだろうか。いくつかの島状になった雪原に、次の瞬間、爆炎が降りかかる。摂氏数千度の熱が雪を一瞬で溶かすと、発生した蒸気が逃げ場を探して上下に吹き荒れた。


 爆風となって降りた蒸気が再び雪を炙り、結界内部の温度は一気に急上昇する。圧力で一層目の結界は粉々に割れ、しばらくして二層目の結界にもヒビがはいる。

 絶えることなく繰り返された暴行は、地下二十メートルほどの大穴を作って終焉を迎えた。


「アヴィアンヌの頑丈さであれば、耐えられる見込みまで雪を溶かしてみたが……果たして大丈夫かな。ちょっと心配になってきたぞ」


 つぶやくヴェルデライトは、後ろが静かになっていることに気づく。

 ファニーとたぬ吉を除き、グラス、リタ、ミミとメメも、口から魂を吐き出して尻もちをついていた。


「あれ……過激すぎた? 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だ。ちょっと驚いただけさ、ははは……」


 魂を取り戻したグラスの笑み。

 続いてリタ、ミミとメメも正気を取り戻した。


「下を見てくださいグラスさん。おじいさんが言っていたこと、嘘じゃありませんでしたよ」


 大穴の下に、神殿の屋根らしきものが見えている。


「すっげぇ……けどあれ、どうやってお城にくっつけるんだ? もしかして持ち上げるとか言うんじゃないだろうな」


「大丈夫です。もう呼んでありますから」


「呼ぶって……」


 声が、途切れる。

 驚きの連続で声すら出ない。見上げたグラスは、そんな感じだった。


「で、でけぇ……」


 巨木すら越える高さにあるのは、重力を無視して浮遊する大きな城。

 底部分を覆っているのは、ど根性草が生える岩石群だ。

 浮遊城が動けば、地上は闇に包まれて真っ暗になる。

 大穴の下に埋もれていた《パーツ》が、掬いあげられるように持ち上がっていく。半壊の神殿が、雪の世界からの脱出を果たし、本来の場所(アヴィアンヌ)へと還っていく。

 これは、欠損した体の一部をつなげるようなもの。

 修復作業は、すぐに終わった。


「……ってことは、もう行くのか?」


「ええ。僕たちは、この《パーツ》を探して旅をしてますから」


 あれは、アヴィアンヌの一部でしかない。

 まだまだ落とした《パーツ》があるはず。

 それをすべて見つけ、最終的な完成まで漕ぎつけるのがヴェルデライトの願いだ。

 

「まぁ、そうだよな。ここは、なんだ……見つかっておめでとうと言うべきなんだろうな」


「お世話になりました。あ、壊れた荷車とミミとメメのリードも直していきますね。さすがに帰れないでしょうから」


「気を遣わせてしまって悪いな。ありがとう、助かる」


「お世話になったのは僕の方ですから。……ファニーは辛いかもしれないですね」


 せっかく友だちができたのに、もうさよなら。

 ああやっぱり。ファニーは目を閉じて涙を懸命に堪えていた。リタも、ファニーと別れになると知って、やだやだと首を振っている。グラスが言い聞かせているが、声をあげて泣き始めてしまった。


「また、会おうよリタちゃん」


「っひぐ、うぐ……っ」


 ファニーが姉で、リタが妹で。

 静かに涙を拭ったファニーは、リタの体を強く抱きしめた。

 この温もりを忘れないよう、刻みつけるように。


「ね?」


「うん。き、きっとだよ……師匠。師匠、師匠ぉおっ!」


 しばらく、二人はそんな様子で。

 荷車と首輪の修理を終えたヴェルデライトは、今度こそ別れを告げる。


「では、次はまたどこかで。アヴィアンヌでまた会いましょう」

 

 

もしよろしければ、下の☆で応援してくださると作者のモチベーションがあがりますよ( ・ิω・ิ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リタちゃん可愛い。 そしてファニーも良い。 タイトルに書いてあったアヴィアンヌでまた会いましょうとは一体なんだと思っていたが、早速タイトル回収が行われたようですね。 これからどんどん面白く…
2020/05/01 17:52 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ