41 お兄様の小さい頃ってすっごく可愛いかったんですねっ!
レステアに言われるがまま家へ。
旦那と息子と数人のメイドを雇いながら、魔術具を作って生活しているという。
旦那は、仕事が残っているから工房に戻っている。
ヴェルデライトとファニーは、レステアからお茶を淹れてもらっていた。
「旦那さんは一般の人なんですか?」
「そうなんです。昔、お見合いしてたんですけど、その人がどうも気に入らなくて、家出しちゃったんです。そのときに今の旦那と出会って、勢いで結婚しました」
「大丈夫だったんですか? ロイス家は結構厳しい家柄だった気がしますが」
ティーゼ家に負けず劣らず、ロイス家も優秀な魔術師を輩出する家柄だった。
レステアの両親はかなり厳しくて、彼女が怒られてよく泣いていたのを覚えている。
「家族の反対はすごかったですよ。でも最後は根負けしてくれましたね。四姉妹の末っ子なんで、きっと呆れられたんだと思います。ほとんど駆け落ちですね」
小さく笑うレステアが、約束通り写真を持ってきれくれる。
ほとんどが幼いヴェルデライトとレステアのツーショットだ。母リリーと父レオナとヴェルデライト、レステア、ティーゼ家の使用人たちが写っている写真もあった。
──昔の僕って、こんなぶっきらぼうな顔してたっけ……。
ほとんど真顔だ。
周りとギャップがありすぎて浮いている。
「ファニーのお父様とお母様って、こんな顔なんですね……」
ファニーがその写真をじぃっと見つめている。
「ふふっ。ファニーちゃんの髪の色もリリーおば様譲りなのね。でも顔はレオナおじ様に似ているわ」
「ホントですか?」
「ホントホント。この写真、全部ファニーちゃんにあげるね」
「良いのですか?」
「私がいつまでも持ってたって変でしょ? ね? ヴェル君」
昔のように茶目っ気のあるウインク。
変わらないレステアの雰囲気に、ヴェルデライトは小さなため息を吐いていた。
「旦那さんの前でその呼び方はやめてね。面倒なことになりそうだし」
「分かってますよ? あの人、絶対ヤキモチ妬きますし」
「? どうして旦那さんがヤキモチを妬くのです?」
「大人になったら分かるよ、ファニーちゃん」
そうやって、しばらく話し込んでいるうちに。
いつの間にか、外は夕焼けになっていた。
「写真は貰ったから、もう帰ろうファニー」
「えー。もうちょっとレステアさんとお喋りしたいのですー」
ファニーの気持ちが分からないわけではない。
「やっぱり、私はファニーちゃんと一緒にティーゼ家に戻られたほうがいいと思うんです」
「…………」
なぜ彼女がそういうことを言うのか、何となく察しはついていた。
──きっと、みんな探し回ったんだろうな。僕のこと。
焼死体で見つかったリリーとレオナ、行方不明になったヴェルデライトとファニー。
使用人たちは必死に探し回ったに違いない。
一家全員、消えてしまったようなものだったから。
「それに、あなたのお祖父様……オルゼント当主が、一番悲しんでおられましたから」
それは、さすがに驚いた。
だって祖父といえば、厳格で頑固で、息子や孫の顔を見に来ることはないような人だった。
ついたあだ名は冷血漢。
家のことを第一に考え、家に殉じているような人だった。
「……少し、考えさせてください」
「ヴェル君っ!!」
立ち上がったヴェルデライトに、レステアが悲痛な声をあげた。
「大丈夫です、レステアさん。夢を……アヴィアンヌの最後のパーツを見つけたら、また戻ってきます」
「アヴィアンヌって……まさか、昔言ってたお伽噺の……」
「はい。僕の夢は、アヴィアンヌを完成させて世界中を回ることだと、あなたに言いました。アヴィアンヌを完成させている途中に、色々な場所を廻ることができ、とても満足しています」
「じゃあ……」
「また迎えに来ます。次は、完成させたアヴィアンヌで会いましょう。レステアさん」
そう言って、ヴェルデライトはファニーを連れて去った。
◇
そう、あれは何歳のときだっただろうか。
ヴェルデライトはレステアに、何度か浮遊城アヴィアンヌの話を聞かせていた。
最初こそその話を信じなかったレステアも、次第にその魅力に取り憑かれ、よく家を抜け出してはティーゼ家に遊びに来ていた。
「ねえ、ヴェル君。アヴィアンヌを完成させたらどうするの?」
「世界中を回る」
「え、家には帰ってこないの? そのままバイバイしちゃうの?」
「……。じゃあ、君がアヴィアンヌに住めばいいだろ? ま、家を出る覚悟なんてないと思うけど」
「分かった。私、頑張る!」
「…………ええぇぇ」
「えぇってなによ、えぇって! なんでそんな嫌そうな顔するの!?」
「やっぱ僕一人でいいや。レステアうるさいし」
当時、アヴィアンヌにしか興味なかったヴェルデライトの唯一の友達は、レステアだった。
無愛想なくせに大人から可愛がられるヴェルデライトは、同世代の子どもたちに嫌われていたから。
「私も一緒にアヴィアンヌに乗りたい!」
「はいはい、分かった分かった。君が今よりもっと物静かで、おしとやかで、大人の女性になったら考えてやらんこともない」
「絶対の絶対の絶対だからね!」
昔、そんなことを言っていたような気がする。
今になって、ヴェルデライトは思い出した。
覚えていたんだな、と。
「お兄様」
「ん?」
ファニーが服の袖を引っ張っている。
「レステアさんとは、本当に普通の友達だったのですか?」
「うん、そうだよ。ただの普通のどこにでもいそうなお転婆娘で、僕の許嫁候補だった女の子だよ」
「えぇぇええええええええ!!??」
ヴェルデライトは、ファニーに小さく笑い返した。
昔の話だよ、と。




