40 ラキール王国ですよお兄様!
リルムと話をしていたからだろうか、久しぶりに昔の夢を見た。
両親のこと、生まれ故郷のこと、あの人間が焼けた匂いだった覚えている。それを、ファニーにはひた隠しにしてきた。
ファニーにだけは残酷な外の世界を見せたくなかった。
けれど、そうやっていつまでも妹を子供扱いしていたから、意図しない形でバレてしまう。大図書館で起きたことがまさにそう。リルムの口から、自分たちがラキール王国の出身だったということが伝わったことで、変な歪が生じてしまった。
もう、覚悟を決めなければならない。
「お兄様ー」
眠気の残った体を起こしていると、ファニーがやってきた。
いつものように起こしに来てくれたのだろう、驚いた顔をしている。
「おはようなのです。今日は早起きなのですね」
「たまにはね。……ファニー、こっちにおいで。話がある」
ファニーを隣に座らせる、ヴェルデライトは話を始めた。
ラキール王国のこと、両親が火事で亡くなったこと、誰にも言わず家を飛び出してアヴィアンヌに乗り込んだこと。
妹は最後まで真面目に聞いていた。
自分なりに、しっかり真実を受け止めたようだ。
「ファニーは、何も覚えていないのです。お父様とお母様がいるって、想像もしていませんでした」
「うん」
「でも、リルムのお父様やお母様、アンさんのお父様を見て、なんか、いいなぁって思っちゃいました。だからファニーは会ってみたいのです」
「そっか」
そうなるだろうとは思っていた。
だから、すぐに次の行き先を決定した。
「ラキール王国の王都に行こう。そこに、父さんと母さんのお墓があるはずなんだ」
◇
ラキール王国の王都セントリアは、優秀な魔術師を数多く輩出している。
キレイな街並みで、大きな建物が多い。
この街に戻ったのは十三年ぶりだろうか。
街の風景は何も変わっていない。
王都の中心から少し離れた場所に、広い墓地がある。
そこに、母リリーと父レオナの墓が墓石があった。
ヴェルデライトは、アヴィアンヌにある大樹からとった白い花を添える。
ファニーも手を組んで祈りを捧げているようだ。
しばらくして、誰かがこちらに近づいてきた。
「ヴェル君…………?」
呆然とつぶやいたのは、お淑やかな雰囲気を持つ金髪の女性だった。
覚えているに決まっている。
子供のころ、よく一緒に勉強もしていた。
ティーゼ家と縁が深かったロスト家の令嬢だ。
「いつお戻りになられたんですか!?」
「落ち着いてください、レステアさん。僕は戻ったわけではありません」
「え…………」
そうすると、向こうから花束を持った小さな男の子と、その子の父親と思わしき青年がやってきた。
男の子はレステアを見ると「おかあさーん」と駆け寄った。
「……おかあさん、このひと誰?」
「おかあさんの古い友人よ」
レステアが小さな息子を抱きかかえる。
遅れてやって来たレステアの旦那は、不思議そうな表情を浮かべていた。
「レステア、この人は?」
「ヴェルデライトさん。リリーおば様の息子さんよ」
「リリーおば様の!? どうりで髪が赤色だし、目元が似てるなって思ったよ。…………え、でも、リリーおば様の息子さんって行方不明になったって」
レステアに諭され、旦那は口を閉じた。
おそらく、タブーなのだろう。
ヴェルデライトという少年が、ティーゼ家でどんな扱いになっているのか分からない。もしかしたら、腫れ物に触るようなことなのかもしれない。
「ってことは、もしかしてこちらのお嬢さんが……」
「ファニー。僕の妹です」
「よ、よろしくお願いがいしますのです」
緊張しているのか、ファニーの表情がいつもより硬い。
レステアは、そんなファニーに目線を合わせ、ふわりと微笑んだ。
「こんにちは、ファニーちゃん」
「は、はいなのですっ!」
「ふふっ。可愛らしいお嬢さん。──ところでヴェルく…………ヴェルデライトさん、さっき家に戻ったわけではないと言っておりましたけれど、どういうことですか?」
レステアの視線に、ヴェルデライトは小さくため息をついた。
「僕はもうティーゼ家の人間ではありません。火事が起きた日、ヴェルデライト・アレク・ティーゼは死にました。きっと周りもそう思っていると思います」
「そうですけれど、きっとみなさんお喜びになられると思います。どうして家に戻られないんですか?」
「貴族には向いてないようなんです。小さい頃から、どうやって家から出て自由になるか、ずっと空想していました。今はファニーと一緒に世界中を回ることが夢なんです」
「そうなんですか…………」
少しだけ寂しげな微笑を浮かべるレステア。
もういいだろうと思って、ヴェルデライトは妹とともにその場を離れようとするが。
「えと、ヴェルデライトさん。よかったら、家に寄っていきませんか? 昔の写真が何枚かあるんです。よかったらお渡ししますよ」
「お兄様の写真ですか!?」
「そうよ。ちっちゃい頃は、すっごく可愛かったんだから」
妹が食いついてしまった。
もう、断れない──




