38 お別れのとき
植物大博覧会で起きたギミック国王の暴挙から、もう二日が経った。
ドラの国は着実に次のステップへ進んでいる。
まず、死んでしまったドラの木の代わりになったのは、アヴィアンヌの森にある《人知らぬ大樹》の子ども。浮遊城アヴィアンヌからの正式な贈呈品という扱いになり、ドラの国から多額の謝礼金が送られた。
次に、今回の騒動を起こしたギミック国王の退任だ。私欲で国家を滅ぼそうとしたことから、国家転覆罪として牢屋行きなのだという。死刑にならないのは、ロザー元国王が止めたから。どうも、百年前に植物全滅の危機を免れたのは紛れもなくギミック国王のおかげであり、その功績を無視した対応はできないという。
また、地下施設でガラスにされていたエルフの女性たちは、全員解放された。長く植物状態だった影響で入院は必要らしいが、徐々に回復傾向にあるという。
そして、リードリッヒ一族の名誉挽回だ。
「リルムさんが国王、いや女王になるの?」
「うむ。昨晩の会議に出席したところ、満場一致でわらわを王の座にという話がでた。まぁ、やつらがギミックの誑かしにまんまとハマリ、面子を保てなくなったから押し付けたのかもしれんがな」
「ぴったりだと思うよ」
リルムが女王陛下になる。
軍の総司令官を努め、いまのとなっては国一番の魔術師である。
愛情と慈しみを併せ持ち、涙もろい彼女にはぴったりだと、ヴェルデライトは思った。
「貴様に礼を言うのを忘れかけておった」
「お礼? あぁ、転移魔術で全員を屋外に飛ばしたこと?」
「あぁ。あの魔術がなければ、父君も母君もわらわも、もちろん会場にいた民たちも危険な目に遭うところじゃった。本当に感謝してもしきれない」
「あのときは僕も相当頭にキてたから、ファニーに怖いとこ見せたくなかっただけなんだよ」
本音だ。あのときは、自分でも驚くくらいギミック国王にキレていた。
転移魔術で屋外に飛ばしたのは、どんな魔術で二次被害を出すか分からなかったため。
結果として、それは吉と出た。
リルムたちがいち早くドラの木の異変に気づき、駆けつけられたからだ。
「そう言うと思ったわ。全く、どれだけ妹にベタ惚れなんじゃか」
「たった一人だけ生き残った家族なんだから、当たり前だろう?」
リルムは納得したように深く頷いていた。
「安心せい。大図書館で貴様が貴族の息子だという話が出て以降、ファニーには何も言っておらん。まぁ、誰じゃって兄妹に隠したいことの一つや二つはあるじゃろうからな」
「そうしてもらえて助かるよ。僕だって、いつ話そうか迷ってるんだ」
──僕とファニーは、ラキール王国の貴族の子ども。
──それも、ただの貴族じゃない。
──こんな残酷な話を、いつ話せばいいんだろう。
ヴェルデライトだけが覚えていて、ファニーは覚えていないこと。
すべては、ファニーが生まれる13年前に起こったことだ。
「そうじゃ」
リルムはそう言って、ついて来るように言う。
「貴様の協力を仰ぐ条件──アヴィアンヌのパーツを返さねばな。あれじゃよ」
リルムの指差した方向は、噴水だった。
不思議な形をしている。
まるで城の屋根部分のような…………。
「なんであんなのになってるんだい?」
「ちょうど芸術的な噴水を作りたいと思っておったからの。カルデラの外に落ちていたアヴィアンヌのパーツを拾って、ここに置いておいた」
「粉々に砕かれるよりかはマシだけど。……まぁいいや、ありがとう、リルムさん」
「おう。さ、早く屋敷に戻るぞ。もう全員揃っておるじゃろう」
リルムに引かれて、屋敷へ。
中に入ると、鼻腔をくすぐる良い匂いがただよってきた。
「もうこの国を出るのじゃろう? その前に、女王として送別会をしておこうと思ってな」
そこには全員が揃っていた。
ロザー元国王、メルラント夫人、使用人のニーチェ、タリマン、ファニー、たぬ吉もいる。
「お兄様お兄様、これすっごく美味しいのですよー。一緒に食べましょう!」
ファニーが大きな肉を頬張って幸せそうな笑みを浮かべている。
少しだけ話をしていると、そこにメルラント夫人がやってきた。
淑やかな微笑を浮かべている。
「二日ぶりです、ティーゼさん。その折はお世話になりました」
「メルラント夫人もお元気そうで、安心いたしました」
「本当に、あなたがたご兄妹に救われました。本来なら、もっと豪勢なおもてなしと贈り物をしたいのです。なにか欲しいものはありませんか?」
そこへ、ひょっこりやってきたのはロザー元国王だった。
あのときの傷はすっかりよくなっているようで、元気そうだ。
「そうだ、代々リードリッヒ一族に伝わる宝石なんてどうだろう? 交友の証として是非受け取って欲しい」
すでに国から多すぎるくらいのお礼をもらっている。これ以上はいらないとやんわり断った。
「遠慮するでないぞ。いまの父君なら家中の金銀財宝とて気前よく投げて寄越すぞ?」
「と言われても。あ、じゃあ、たぬ吉をくれるかい? 元の飼い主はリルムさんだろう?」
「ぬっ。…………せっかく犬ぼうと再会したのに」
と言いつつ、リルムの視線はたぬ吉に大きな肉を与えるファニーへ。
リルムもたぬ吉が大好きなのだろう、その横顔には確かな哀愁が漂っていた。
「わらわより、ファニーのほうによく懐いておる。寂しいが、わらわも女王の仕事で犬ぼうとも遊んでやれぬ。その点、ファニーは毎日たぬ吉と遊んでやれるじゃろうからな」
視線に気づいたのだろうか、ファニーがこっちを見て手を振った。
たぬ吉は、尻尾をぶんぶん振ってリルムの顔を舐め始めた。
「たぬ吉にとって、二人共飼い主なんだよ。どっちかひとりじゃない」
「そうじゃな。また大きくなった姿を見せに来い、犬ぼう」
「わおん!」
そして、最後に。
タリマンとニーチェがやって来たので、挨拶をしておく。
ニーチェは名残惜しそうな表情で微笑み、小さく頭を下げている。
相変わらずタリマンはふてぶてしい表情をしていたが。
「あいだっ!!」
ものすごい怖い顔をしているニーチェに足を踏まれていた。
「貴様、最後くらいお礼を言ったらどうだ? ニワトリ頭の分際で生意気だな、また私に締められたいのか?」
「ヒッ」
さすが暗器使いのニーチェだ。相手が総司令官でも物怖じしていない。
これからもみんな、元気にやっていくだろう。
「とにかく、みなさんお世話になりました。僕たちはもう行きますね」
「おう。元気でな、ヴェルデライト、それにファニー」
──お、初めて名前で呼んでくれた。
今までティーゼという家名呼びだったのに。
少しだけ嬉しく思いながらも、ヴェルデライトはファニーの手を掴んで宙に浮かぶ。
天空で待つアヴィアンヌのもとへ。
「また会おう!! 今度来る時は、もっと美しいドラの国になっているぞ!!」
大きく手を振って、ヴェルデライトとファニーは彼女たちに別れを告げた。
これにて、第4部は終了です。
あと5話でアヴィアンヌも完結となります。
それでは引き続き、物語をお楽しみくださいませ。




