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34 植物大博覧会、開幕 ①


 ギミック国王の研究所を訪れて、もう一週間が経った。

 ウルガのリン粉を使った栄養剤づくりは、ほぼ完成した。さすが植物学の権威といわれるだけある。国王の書いた論文のおかげで、栄養剤は想定以上の効力を発揮した。


 栄養剤は、リルムに渡しておいた。

 これも彼女のイメージをもりたてるため。

 彼女が持つ悪いイメージを払拭するため、功績を作るというのは、先のウルガ事件でかなり進歩した。けれど、かなり限定的な範囲だ。あの場にいたのは、ほとんどが軍の関係者。


 一般のエルフたちは、まだまだリルムたち家族のことをよく思っていない。

 そのためには、栄養剤をどのようなタイミングで披露し、使うのかが鍵となるだろう。


「今日が植物大博覧会の開催日か…………」


 国中の有力な研究者や学者が集まってコンペを開く。

 それが『植物大博覧会』の開催目的だ。

 大人向けだけでなく、子どもにも楽しめるような工夫が施されている。

 

 ギミック国王からペアチケットを貰った。

 妹と一緒に来てくれと言われたが、ファニーを連れて行く気にはなれない。

 一人で行くつもりだ。

 なぜ、ギミック国王が自分に研究所を見せたのか。

 大博覧会に招待して、なにを見せたかったのか。


 それを見極めるために。


「お兄様」


 そうこうしていると、ファニーがやってきた。


「植物大博覧会に行くのですか? ファニーも連れて行ってください」


「今日はお留守番してて。ニーチェさんやリルムさんと一緒にね」


 念押しに屋敷にいてほしいを伝えると、小さなほっぺたがむぅと膨らむ。

 よほど一緒に行きたいのだろうか、袖を掴んで離してくれない。

 

「ひとりは、やです」


「今日だけは許可できない。ごめんね」


 真剣な雰囲気が伝わったのか、ファニーは袖を離した。


「……はーい、なのです」


「いい子だ」


 ファニーの頭を撫でてから、屋敷を出る。


 自然と共存することで発展を遂げたドラの国では、毎年のように大規模な植物博覧会が執り行われている。

 植物の細胞から採取された新薬の発表、品種改良で荒れた大地で根を張る野菜など、有力な研究者たちが壇上で発表を行う。

 一日の来場者数は一万人を優に超えるという。

 国中が注目する大イベントを主催するのは、ギミック・ベル・ウルク・アルカバリア八世。

 

 国が未曾有の危機というときに、何もしようとしなかったロザー元国王に替わり、現国王の座を勝ち取った。持ち前の才色兼備さから男女とも絶大な人気を誇るという。


 ヴェルデライトが入場すると、すぐ現れた。


「──なるほどねぇ」


 前を歩くギミック国王。


「ぼくの行動に疑問を抱いたから、ここにいる。そして、見張っているというわけか」


「否定はしません。僕は、ウルガの巣穴を隠していたのはあなただと確信していますから」


 研究所で見た犬のガラス化がまさにその証拠。

 巣穴で感じた魔力の残滓も、ギミック国王のものとよく似ている。

 彼は、自分が美しいと思う芸術作品を作り上げるため、ウルガのリン粉を集めている。効率的に採取するため、わざわざドラの木の真下に巣を作らせた。誰にも見つからないように、穴を擬態化させる魔術まで作って。


 リン粉から薬を作ろうとしているヴェルデライトとは、真逆だ。

 

「表立ってぼくの行動を妨害しないところをみると、さすがに国王相手に博打は打てなかったって感じかな。それとも、いま捕まえてみる?」


「遠慮しておきます。客観的証拠を掴んでいない今では、逮捕されて終わりです」


「さっすがー。いいねぇ、ぼくは頭のいい人は好きだよ」


 そう、今は何もできない。

 ドラの木で感じた魔術の残滓も、第三者に説明できることではない。

 研究所で見た犬やエルフの彫像だって、押収したわけではない。賢いギミック国王なら、きっともう証拠を隠している。


 ヴェルデライトは、具体的な行動を起こせる立場にない。


「ティーゼ君」


「はい」


「どうぞ、ここがプレミアムルームだよ」


 ギミック国王が案内したのは、いわゆるボックス席だった。

 会場が一望できる絶好のポジションで、ここからだと壇上がよく見れる。


「あんたを招待した理由は、この素晴らしいショーを見てほしいと思ったからさ。ほら、ここならアイツの顔もよく見えるよ」


「アイツ……?」


「ロザー・ベル・ウルク・リードリッヒの最後の壇上。ここはその特等席さ」


 ちょうどそのとき。

 眼下の会場で、一際大きなブーイングが沸き起こった。

 

「なぜ今さら姿を出しやがった!!」


「信じていたのに、あいつは裏切りやがったんだ!!」


「死ね!! おまえなんて消えちまえ!!」


「だれだ、誰があいつをこの会場に招き入れたんだ!!」


 壇上に立っていたのは、大柄な男だった。

 目鼻の整った顔立ちでありながら、頬には深いしわがきざまれて、少しこけている。

 未だ健全な鋭い眼光が、罵声の満ちた会場を静かに見つめている。


「あれは──」


「ロザー元国王だよ。いやぁ、すごい批判だねぇ。あぁーあ、いくら誘ったからって、のこのこ来なかったら良かったのにねぇ。大事な娘の汚名を晴らすだか何だか言ってたけど、これじゃあ逆効果だよねぇ」


 思わず呟いたヴェルデライトに、豪奢な赤色のソファに腰をかけて、ギミック国王は答えた。

 大きなグラス入ったワインを一口、あおって。


「もう一回聞いておきたい、ヴェルデライト・アレク・ティーゼ君。本当にぼくの部下になる気はないかい?」


「何度も言いますが、僕はあなたの部下にはなりませんし、これからも誰の部下にもなるつもりもありません」


「そっかー。うん、残念」


 言いながらも、ギミック国王は全然残念そうな顔をしない。

 余裕ぶった笑みで、


「せっかくだし教えてあげるよ」


「なにを?」


「ぼくね、ロザー伯父さんのこと大嫌いなんだよねぇ。理想主義っていうの? みんな平等にとか、貧富の格差をなくそうとか、もっと植物と寄り添いましょうとか、そんなこと言う偽善者が大嫌い」


「…………」


「しかもさぁ、アイツぼくよりも先にメルラントに手を出したんだよ。彼女はぼくのモノなのにね」


「お言葉ですが国王陛下──」


「だから、ロザー伯父さんに復讐することにしたんだ」


 その瞬間──

 部屋中に仕掛けられていた緑色の魔術印が発動した。

 魔術印から出てきた緑色の鎖が容赦なくヴェルデライトの体を締め上げ、地に伏せさせる。

 立て続けに展開されたのは特上の重力魔術。空中で360度から押しつぶされ、大量の血が彼の口から漏れ出ていく。

 

「部下になってくれたらこんなことしなくて済んだんだよ? ついでに言うと、その拘束魔術は、従妹のリルムですら解くのに丸一日かかった。さすがのティーゼ君でも解術するのに時間かかるじゃないかな?」


 狂気に嗤う国王は、プレミア席から会場を見下ろした。


「最高のショーが始まる。これでいよいよ、リードリッヒ一族の終焉の幕があがるのさ」



 



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